第23話 ダークシード
「海、だァァァァァ‼」
テンション高く夏美が叫ぶ。
彼女の前には青い大海が広がっている。
「うるせぇぞ、夏美。ちょっと見るだけだって言っただろ。ご近所迷惑になるじゃないか」
大場家、橘家+本郷春奈が来た場所は小さな港町。所咲から車で二時間ほど行ったところで、観光名所もなく、海水浴場も申し訳程度の小さな砂浜しかない。
だが、釣りの名所らしく、それが楽しみで湊はその港町を選んだ。
丈に叱られた夏美は堤防の上で頬を膨らませる。
「私だってテンション上がるときはあるの。それに、いつもはしゃぎそうな真冬ちゃんがエンジンかかってないし、ねぇ、真冬ちゃん」
「え?」
ボーっと立ち尽くしている真冬はハッとして夏美を見る。
「ごめん、聞いてなかった」
「も~……春奈さんも何か言ってあげてくださいよ」
「え、ああ、そうですね。できるだけ努力します」
いきなり話を振られた春奈がきょろきょろしながら拳をぎゅっと握りしめた。
「………何を?」
「え?」
「春奈さんもテンション低い~」
「…………」
ジッとそんな真冬と春奈を見つめている湊。
♥ ♥ ♥
小さなさびれたホテルにチェックインをし、湊と丈、真冬と夏美と春奈でそれぞれ個室をとった。
海辺の傍には小さな山もあり、そこの緑が窓から見えて絶景だった。
「いい場所をとったな湊。窓から見える景色がいい」
窓を開けながら伸びをする丈。
「丈、気が付いたんだけどね。その、僕たちもしも、ここに敵が出たら変身する前提で来てるじゃない?」
湊が重要なことに気が付いたように深刻なトーンで話す。
「お、おう、そうじゃないと俺が来た意味がないからな。旅行に来てわざわざ娘たちに戦わせるつもりはないぞ」
扉へと歩いていく湊。
「今まで僕たちは寝ている娘の部屋にこっそり忍び込んで、フェアリージュエルを回収して変身してきた。だが、だ」
スッと胸ポケットからカードを取り出す。
それはこの2010室のカードキー。
「このホテルは全室オートロックだ」
「ハッ!」
つまり、敵が出ても、フェアリージュエルを手に入れることができない。
真剣な顔をして見つめ合う湊と丈。
「どうしよう……」
「……後で考えよう。とりあえずは」
スッと丈は釣竿を持ち上げた。
♥ ♥ ♥
「ねぇ、二人共! 窓からの景色が最高だよ!」
窓から身を乗り出して手を広げる夏美。
「………」
「………」
真冬と春奈は椅子に座って、暗い顔で考え事をしている。机の上に置いてあるお菓子も全く手を付けようともせずに考え込んでいる。
「も~、どうしたの⁉ 二人共暗いよ~!」
夏美が頬を膨らませても、二人は反応しようとしない。
「………どうして」
「どうしたの? 真冬。フェアリージュエルをじっと見つめて」
手の上のフェアリージュエルを見つめながら考え事をしている真冬の視界に夏美が割り込む。
「夏美……もしかしたら、私の正体がお父さんにバレちゃったかもしれない」
「え⁉ ちょっと、今その話は……」
チラチラと横目で春奈を見やる。
「あ……ごめん、何でもないんです春奈さん!」
真冬は危うく自分が魔神少女エンシェントフェアリーズであるとばらしかけていたと気が付き、あわてて訂正する。
が、
「ハァ……」
「春奈さん?」
春奈は自分の考え事に没頭して、真冬の呼びかけにも答えない。
気が付く様子がない春奈に疑問を持ち、夏美が首を傾げる。
「どうしたんだろう、春奈さん」
「忙しくて悩んでいるみたいなの。なんでも……」
春奈と夕焼けの河原道でした話を思いだしてしまった。
夜な夜なおじさんの相手をしている春奈の姿を、また想像してしまい顔を真っ赤にする。
「真冬ちゃん?」
いかがわしい妄想と悩みを振り払うように首をぶんぶんと振る。
「そうだそうだ……! 今は私の事は置いておく時だ! 春奈さんを励ますための旅行なんだ。春奈さんが小説を書き進めるように、その妨げになる会社を辞める勇気が出せるように、私たちが春奈さんに勇気を上げるときなんだ!」
拳を振り上げてやる気を出す真冬。
「お~、ようやく元気が出てきたわね~」
夏美が隣で手を小さくたたいてほめたたえる。
目の前で自分を励ますと息巻いているのに、春奈は全く気が付いておらず、変わらず自らの思考に没頭していた。
「……私は」
春奈は握りしめていた手のひらを開く。
そこには小さな種があった。茶色い皮が付いた一見ただの種で、ピスタチオのように見える。
「これを使って……」
それはただの種ではない。
春奈に与えた相手はグンジョウだ。話は今朝の集合時間の一時間前にさかのぼる。
♥ ♥ ♥
ボストンバッグを持って田有にあるアパートから出る。
「おはようございます~、ローズブーケさん。いい朝ですね」
最も出迎えられたくない人物、グンジョウに出迎えられる。
「グンジョウさん……一体何の用ですか? 一応、あなたの作戦通り、エンシェントフェアリーズの二人を仲間に引き入れるためにこれから一緒に遊びに行こうとしてるんですけど」
「ええ、その手助けをしてあげようと思いまして」
「手助け?」
手を上げ、手を握り、開きを繰り返す。
グンジョウが手を開いたり閉じたりを繰り返していると、いつの間にか手の平の上に二つの種子が乗っていた。
「その種は?」
「ダークシード。そのままですね。これを体に埋め込まれた人間は悪い人間になります。これをエンシェントフェアリーズの二人に埋め込みなさい」
「そんなことできるわけが……それに真冬ちゃんと夏美ちゃんは体もだけど、心も強い。そんなもので簡単に悪に寝返るとは思えませんけど……」
「裏返りますよ。人の心は簡単に。ただ、きっかけが必要ですけどね」
「きっかけ?」
「体に埋め込んだからと言って、すぐに悪に染まるわけではありません。きっかけがなければ善の心を持ったまま。傷が必要なのです。自分の存在、心を揺らす傷が。それは小さくても構いません。ダークシードがどこまでも広げ、この世界自体に絶望させるほどの傷にし、良心を消し去ってくれます」
「傷……」
あの二人の心に傷を……。自分にそんなことができるのだろうか。
「グンジョウさん、私にはできません。あんないい子たちを悪に染めることは良心が痛みますし、私があの二人が悪に染まるほどの心の傷をつけられるとは思えない。やる気もやる方法も私にはありません」
グンジョウはわざとらしく目を丸くした。
「良心なんて、そんなものないくせに」
「ありますよ。グンジョウさんと違ってこっちは元々普通の人間なんですから、ただ、普通のアルバイトだと思ってラファエロに行ったら改造されて怪人になっただけで」
「時給3000円がそんな簡単にもらえるわけがないじゃないですか」
「それでも拒否権無しでいきなりやるのはひどすぎませんか⁉ まぁ、給料はちゃんともらって生活に苦労してないからあんまりしつこくは言えませんけど。とにかく、そんなもの使っても無駄ですからね。寝返り作戦はじっくりきっちりやらせてもらいます」
ダークシードを手に取らずに、グンジョウの脇を通り過ぎようとする。
だが、グンジョウは春奈の手をがっしりと掴み、無理矢理ダークシードを握らせた。
「ちょっと何を!」
「埋め込むのはタダですから、埋め込むだけでもやってくださいよ。ね?」
「そんな……」
無表情のグンジョウの顔を見ると、春奈はグンジョウに突っ返すこともできずに手のダークシードを見つめた。
「お願いしますね。それに、それ持ってるとちょっとの心の刺激で皮膚を突き破って、肉体にツタが侵食してきますから危ないんですよ。くじ引きで凶を引く程度でも発動しますからね」
「…………」
必死にダークシードをグンジョウに突っ返そうと揉み合ったが、結局敗北し、持たされた。
♥ ♥ ♥
持っているだけでも危ないのに、そんなものをこの純粋な少女たちに……。
「ハァ……」
そう思うと憂鬱でたまらない。
「春奈さ~ん、お~い」
ヌッと手が春奈の眼前にかざされる。
「え⁉ あ、何⁉」
気が付けば、真冬と夏美が心配そうに春奈の顔を覗き込んでいた。
「お菓子を食べましょうよ、せっかくホテルで用意されてたんだし」
机の上には部屋に元々用意されていた、ビスケットと柿ピーが広げられていた。
「柿ピー……この中に仕込ませれば……」
春奈の瞳孔が開いていき、視界が柿ピーで覆いつくされる。
「春奈さん? どうしたの? 思いつめた顔をして」
「え、あ……何でもないのよ。ちょっと柿ピーを」
「柿ピーが食べたいの?」
「あ、ちが、違うのよ?」
「もうピーナッツ持ってるみたいだけど?」
「え?」
真冬が春奈の手にあるダークシードに気が付く。
「食べれば?」
「え⁉」
この子は何も知らないゆえの残酷な提案をしてくる。これを食べてしまえばどんな大変なことになるのかわかっていないのに、澄んだ目でそう言ってくる。
「……い、いやあ……ちょっとトイレに行くわね。ごめんね」
「あ、はい」
首を傾げる二人を残してトイレへ向かう。
「捨てよう……」
やっぱりダメだこんなの。私には悪は向いていないんだ。
トイレに流して捨ててしまおうと、便器を上げて手を広げた。
「あれ? ない……」
さっきまで持っていたはずのダークシードがどこにもない。
「まさか!」
慌ててトイレから出る。
部屋を見ると、ボリボリと真冬と夏美が柿ピーを食べていた。
「モグモグ……トイレ行ったんじゃなかったの?」
「むしゃむしゃ……春奈さん……あ、先に柿ピー食べてま~す」
「あ、どうぞ、お構いなく……」
トイレに戻る。
柿ピーをぼりぼりむさぼる音がトイレにまで聞こえる。恐らくダークシードごと食べている音だ。
春奈はトイレに戻り、便座に腰を深く沈めて頭を抱えた。
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