第21話 「中途半端なままではあなたは一生私の下に居続けますよ」

 旅行に行く予定を立てた後、春奈は真冬たちと共に帰ることにした。

 原稿を広げる気分にはなれなかったし、湊の世話になるのも悪いと思った。

 いや、本音を言ってしまえば早く一人になりたかった。

一人になってゆっくり考えたかった。今後の事を、仕事の事を、自分の夢のことを。

「じゃあ、春奈さん。土曜日にね」

「それでは~、大変でしょうけど、お体には気を付けてくださいね~」

 所咲駅前で真冬と夏美が手を振る。

 真冬は彼女たちと違い、所咲街に家はなく、三駅離れた田有から所咲の大学に通っている。

「ええ、真冬ちゃんと夏美ちゃんも体は壊さないようにね」

 春奈が手を振り返すと、二人の少女は一礼して去っていく。

「体は壊さないように、か。どの口が言ってるんだか」

 自嘲気味につぶやき、改札をくぐった。

 春奈は真冬と夏美の裏の顔を知っている。

 数か月前に何と出会い、彼女たちが人知れず、何と戦っているのかも。

「まだ電車は着いてないか」

 ホームで時刻表を見て、到着までまだ結構時間があり、ベンチに座って一休みする。

「何やっているんだろうな、私。あんないい子たちを痛めつけて」

 頭を抱える。

 仮面をつけて、日々あのいい子たちに手を上げていた。そんな自分が嫌で、最近は何にも身が入らなくなっていた。


「良心の呵責に苦しんでいるんですか? ローズブーケさん」


「!」

 いつの間にか隣にスーツの男が座っていた。

 金髪の鉄面皮、会社で見慣れた顔がそこにあった。

「グンジョウさん……怪人化してないときはその名前で呼ばないでくださいよ。私のコードネームはグンジョウさんと違って日本社会だと浮くんですから」

「これは失礼。春奈さん、でしたね。つい会社にいるときと同じ気分で話してしまいました」

 眉を顰める春奈ことローズブーケ。

 つい先日、株式会社ラファエロにアルバイトの面接に行ったのが運の尽き。それからアルバイトだというのに体を怪人にされ、この男に馬車馬のように働かされた。

「………どうしてグンジョウさんがここにいるんですか? まさか、エンシェントフェアリーズと」

「ええ、戦ってきましたよ」

「さっき、真冬ちゃんがいなくなったのはそういう……だけど、彼女たちが無事だってことは、グンジョウさん負けたんですか?」

 あれだけ大口をたたいておきながら、いざ自分が戦うとあっさり負けてしまったのか。

 顔には出せないがそう思うと愉快でたまらなくなる春奈だった。

「ええ、負けましたよ。貴方の事を笑えませんね。私も魔人を一体失ってしまいましたよ」

「……ッ!」


 ザマァ~ミロ‼


 心の中で春奈は指さして笑った。

「だけど、グンジョウさん全然疲れた様子とか、傷がないですね。どうやって負けたんですか?」

 笑いを必死にこらえながら尋ねる。

 奇妙と言えば奇妙だった。負けたと言っておきながらグンジョウの顔には汗一つなく、スーツもピシッと整えられた状態だ。とても負け戦の後だとは思えない。

「いえね、あと一歩というところまでは追い詰めたのですが。彼女たちにとどめを刺そうと近寄った瞬間、臭いと言われましてね」

「臭い……?」

「ええ、加齢臭がする。親父の臭いがする。耐えられない、と」

「………プッ!」

 こっちの笑いも耐えられそうにない。

 春奈は両手で口を押えてあふれ出る笑いを押さえつけた。

「ダ、ダダダ……大丈夫ですよ、グンジョウさん……ププ、グンジョウさんそんなに臭くないですよ」

「下手なフォローは要りません。私、本当にショックを受けたのです。臭いという一言は、何と人を傷つけることか。私が固まって動けなくなっているうちに、D・フリーザーを倒され、冷凍保存していた住民たちが解放されてしまい、私の作戦は水泡に帰しました。二重にショックです」

 グンジョウはショックだと言いながら淡々と話す。

「……ッ!」

 全力で笑い飛ばしたかったが後が怖いので必死にとどめる。

 だというのに、グリンと無表情のままグンジョウは春奈へ顔を向ける。

「君の気持ちがわかりましたよ。あの二人は手ごわい。だから、私は計画を変更することにしました」

「計画変更。もしかして、フェアリージュエル回収を諦めるということで……」

 淡い期待を持つが、グンジョウは首を振る。

「あなた、あのエンシェントフェアリーズと、随分親し気でしたね」


 まずい――――。


 春奈の頬を一筋の汗が流れる。

「見てたんですか?」

「はい、ばっちりしっかりきっちりと。いえいえ、別に怒っているわけではないですよ。ただ……都合がいいかと思いまして」

「都合がいい?」

「ええ、単刀直入に言いますと、あの二人をこちら側に引き込んでほしいのです」

「……えぇ」

 無茶ぶりだ。そんなことできるわけがないし、したくもない。

「できるわけがないじゃないですか。あっちは正義の魔法少女で、こっちは悪の組織ですよ。世界征服をしようとしているこっちに寝返る理由がないし……」

「寝返る理由なら、多分……あると思うんですけどねぇ」

 そんなものがあるのか。真冬たちは正義のために戦っている純粋な女の子たちだ。

 聞きたいような聞きたくないような。

「そ、それってなんなんですか?」

「いえ、多分といったでしょう。あるんじゃないかなと思うだけで、それを手に入れるのがあなたの仕事ですよ」

「えぇ! 困りますこれ以上負担を増やされても……」

「だから、負担を減らすために人員を増やそうというのではないですか。それにあなたは小説家を目指しているのでしょう?」

「そ、それが今何の関係があるんですか?」

「常人が普通の倫理観、価値観で普通の体験をしていて面白い話をかけるとお思いですか? そう枠にはまっているからデビューができずに私にこき使われる毎日から脱却できないのでは?」

「…………ッ!」

 グンジョウの言葉はなぜか春奈の胸に刺さった。

 思うことはあった。

 凡人の自分が今のままで天才が魑魅魍魎のごとくいる世界に入っていくことができるのだろうか。

 無理なんじゃないか、と。

「何が言いたいんです?」

「枠から外れましょうよ。今のままの中途半端な悪ではなく、人を染めるほどの完全な悪に。中途半端なままではあなたは一生私の下に居続けますよ。いいじゃないですか。魔法少女を一人二人かどわかすぐらい。一緒に悪の道に落としてあげましょうよ。誰も知らない見たことのない景色を見せてあげましょうよ。それを文字にするだけで、あなたはきっと面白い小説が書けますよ」

「そ、んな……」

 言い返すことができなかった。

 グンジョウの言葉通りかもと思った瞬間、春奈の正義感は足をとられ泥の中に沈んでいった。

 グンジョウの手がポンと肩に置かれる。

「大丈夫ですよ。十四歳の女の子など、芯が通っていない粘土細工と同じです。少し押せばフラフラとブレ出しますよ。芯と呼べるものがまだない心は、少しの色ですぐに染まってしまいます。白を一滴垂らせば白になるように、黒を垂らせば容易く黒に染まる」

「…………」

 言い返すことができない。反論の言葉がどうあがいても浮かんでこない。

「私は、私は……」

「面白い小説を書くことが、貴方の人生の最大の目的でしょう。そのために手段は選んではいつまで経っても、書けませんよ。期待しています」

 そんなことはない! いつかは、きっといつかは!

「…………そんなことはッ!」

 言い返そう、そう決意してグンジョウの方を見ると、そこにすでに彼はもういなかった。

「……あれ、グンジョウさん?」

 駅のホームを見渡してもどこにもいない。彼は煙のように消えてしまった。

「私が、真冬ちゃんたちを……」

 残された春奈の憂いを振り払うようにホームに電車が到着した。

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