第19話 その日の夜、

「……今、僕を呼んだかい?」

「いやぁ、別に……」

 バー、「ザルクシックス」でいつものように盃を友人の丈へと提供する湊。

 誰かに呼ばれたような気がして窓の外を見る。

「?」

 当然外には誰もいない。

 夜空の上で月が輝いているだけだ。

「いやぁ、それにしても最近の僕たちの活躍は目覚ましいな」

「はぁ? 何を言っている? 夏美が寝れるようになったのはいいが。あのラファエロとかいう敵はしつこすぎるだろう?」

 嬉しそうにつぶやく湊に丈は眉をしかめる。

「だけど、その分僕たちの活躍が増えていいじゃないか。ああ、早くラファエロの怪人が出ないかなぁ」

「出ないに越したことはないだろう。今のお前の状態を何と言うか知ってるか?」

「何だい?」

「調子に乗ってる」

「うるさいよ。でも仕方ないだろう。一週間ずっと敵が出てきて、連戦連勝しているんだから」

 この一週間、夜になると必ず、ローズブーケとラファエロの魔人が出てきた。

「だけどずっと必殺技を出したことがないんだよな……」

 D・アンテと戦った次の日出たのは掃除機の怪人だった。それは、湊が卍固めをしているうちに絶命し消滅した。

 次の日に出たテレビの怪人は丈が魔法で出した手りゅう弾で爆散した。

 その次の日の電子レンジの怪人は湊がバックドロップで、その次の日は丈が何かしらの武器で……と、必殺技を出す前の、いわばジャブで怪人たちは倒れていったのだ。

「でも、丈。君の魔法はもうちょっとどうにかならないかい? この一週間、君が戦っているのを見ていたがとても魔法少女……いや、、もはや魔法使いの戦い方じゃない」

 丈が初日に服から武器を取り出す手品のタネがようやくわかった。

 丈は自分の想像した通りの生成することができる魔法が使えたのだった。

 だから、想像することができればこの世全ての重火器が生成可能である。が、内部構造も把握している必要があるので、その武器の内部構造を知らないもの、見たとしても理解ができない核兵器などのものは作り出せないという制限がある。

 だが、十二分に有用な能力だ。

「うるせぇ、俺にはあれが合ってんだ。それにあれはあれで体力物凄く消費すんだぞ? 一日のカロリー全部持っていかれる」

 小さな拳銃一つ作るのにも、五キロのマラソンをした後のような疲労感が襲ってくるらしい。

 どこまで、大きなものを作れるのかと実験的に戦車を作らせたが、砲塔を作っている途中で丈の意識はなくなった。

 生成できるものの限度は一メートル強。だが、それで作ったサブマシンガンで障害物に隠れながら銃撃するスカートの男というのは、不気味そのものだった。

「カロリー云々はダイエットになっていいじゃないか。だけど、もう少し魔法少女的な戦い方はできないものか? 魔法のバトンで戦うとか」

「それはお前が折ったじゃないか」

「う……僕の押し入れにしまってある折れたステッキは今関係ないだろう。そういえば丈はあれ使うことができるのかい?」

「多分なぁ、使い方が分からんから、使おうとは思わんが」

「真冬に悪いことしたなぁ……あれがないと戦闘で困ることがあるだろうに……まぁ最も、戦闘は最近僕たちしかやってないから大丈夫だと思うけどね」

「夏美が戦わなくて済むのはいいことだ」

 グッと酒で喉を潤す丈。

「これ、麦茶じゃねぇか」

「そうだ、これから禁酒をしてもらう」

 アルコールの味がせずに丈は顔をしかめる。

「あ? 何で⁉」

「魔法少女が酒入ったまま戦って良いわけないでしょう?」

「ふざけんな! だったらこの店来ねぇぞ! コンビニで酒買ってくる」

「待て! 君は本当に魔法少女の自覚が足りないな!」

「自覚ができてたまるか!」

 床を踏み鳴らして扉まで歩いていく丈。

 だが、彼が扉を開ける前に外側から扉が開けられた。

「ど、どうも~」

「あ、春奈ちゃん」

 本郷春奈だった。今日は髪が整えられ、落ち着いたブルーで固めたファッションでいつもよりおめかしをしているように見える。

 春奈が来たことにより、外に出るタイミングを失って丈は手を閉じたり開いたりさせて、考えをまとめ、やはり外に出ようと顔を上げる。

 春奈の背後には二人の少女がいた。

「夏美?」

「パパ、こんな時間から飲んでるの?」

 嫌そうに夏美が顔をしかめる。彼女の隣にいるのは湊の娘の真冬だ。

「夏美ちゃんに真冬? どうして店に?」

「ちょっと話があって」

 手を頭の後ろに回し、照れたように笑う真冬。

「真冬……どうしたんだい? 顔に怪我が……」

「え⁉ あ⁉ ちょと転んじゃって」

 気まずそうにたはは、と笑うが、もう湊にはそれが嘘だとわかっている。

 よく見れば、夏美の方にも体の至る場所に細かい切り傷があった。

「…………」

 丈と顔を見合わせる。

 ラファエロの怪人が出て、真冬たちは戦ったのだ。

「おい、夏美お前ら……」

「待て、丈!」

 丈をカウンターの方に呼び寄せて真冬たちに聞こえないように小声で話す。

「何だよ?」

「魔法少女の事を言うつもりじゃないだろうな?」

「娘たちが傷ついているんだぞ? やめろというのが親の役目というものだろう」

「いや、あの子たちなりに考えて戦っているんだ。僕たちがどうこう言うものじゃない。そりゃ僕だって止めたいけど……」

「それはお前が魔法少女大好きだからだろう。普通の親ならな、娘があんな化け物と戦うなんて気が気じゃないんだよ」

 湊を振り払い、夏美の方へ向かおうとする。

 だが、丈の手を掴み、真実を告げることを食い止める湊。

「だからと言って、何と説明する気だ? 丈」

「何?」

「僕たちがあの子たちを魔法少女だと知った経緯さ。君たちが休めるように、夜の間僕たちが魔法少女をやっていたことを説明せずにできるのかい?」

「ぐ……」

 湊は一応、駅まで彼女たちが戦っているのを見たので何とか説明はできるのだが、丈は湊から魔法少女に変身するように要請されたのが最初だ。だから、ネオと知り合った経緯も、その後自分が戦ったということを下手したら説明しなければならなくなってしまう。それを丈は恐れているのだ。

「娘にあんな格好しているとバレたくないだろう? 僕たちは運命共同体だ。だから、心苦しいが、今はまだ黙っていよう。いずれ、いずれ手を打とう」

「…………」

 丈は何か言いたそうだったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 顔に手を当て気持ちを落ち着け、夏美に顔を向ける。

「で、こんな時間に何の様だ? 子供が外に出歩いていい時間じゃないぞ?」

 本当は魔法少女など辞めてしまえと言いたいところをグッと抑え込んで、二人に語り掛ける丈。

「いいじゃない。パパだって帰ってこないんだもの。話があるなら、ここに来るしかないじゃない」

「話って……いったいどんな話だ?」

 真冬と夏美が春奈を見る。

 春奈は照れくさそうに顔を赤くして俯く。

「春奈さん、どうしたの?」

「だって、大学生の私から旅行に連れて行ってって言うのは恥ずかしいし……そもそも湊さんと私は親戚でもなんでもないし……」

「春奈ちゃん?」

 春奈の声は小声で聞き取りにくい。

 湊は彼女が何か用があるのだと察したが、それよりも彼女の顔色の方が気になった。

「春奈ちゃん? 最近おいしいもの食べてる? 顔色が悪いよ? もしかして小説とバイトと大学であまり寝れてないんじゃない? 最近ここにも顔を出していなかったし」

 実は春奈が来るのも一週間ぶりぐらいだ。あの日、所咲駅前でエンシェントフェアリーズとローズブーケが戦っているのを見た時以来だ。

 そういえばあの時の五百円、まだ返していない。

「そうだ、春奈ちゃん。あの時にもらった五百円……」

「あ……」

 春奈も思いだしたようだ。飲んでもいないコーヒーにお金を払ったことを。

「返すよ」

「いえ、一度払ったものですし……」

「だけど、君に僕は何もしてあげていないのにお金をもらうわけには」

「……そうか」

 春奈が何か思いついたようにハッとする。

「湊さん、じゃあ、その五百円で私のお願い聞いてもらえますか?」

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