第17話 旅行に出かけよう!

 夜に魔法少女として出ていかなくなって、一週間の時が経った。


 この一週間、昼すらラファエロの魔人も出ていない。

 最近はよく寝て、最近は身が入っていなかった部活も全力で励めるようになった。


「フン~、フフ~ン♪」


 こんな日々が続けばいいと思わず、鼻歌を口ずさんでしまう。

「はぁ~……」

 ベンチの上でため息を吐いて沈み込んでいる女性を発見する。

 眼鏡をかけた文学少女然とした女の人で、確か父と親交があった、

「こんなところで何をやってるんです? 春奈さん?」

「真冬ちゃん?」

 大学生で父のバーの常連、本郷春奈が顔を上げる。

「ど、どうしたんですか? すごく疲れた顔をしていますけど……」

 目が若干虚ろで顔色が悪い。大学とはよほど忙しいのだろうか。

「違うのよ。仕事が忙しくて」

「あれ? 春奈さんってまだ大学生じゃ」


「アルバイトのつもりだったんだけど、いつの間にか社員扱いされてて無茶ぶりをすごく要求されるのよ。夜のお勤めに出ろって言われたり、変な格好のおじさんたちの相手にしろって言われたりとか……おかげで湊さんのお店にも顔を出せなくなって、小説の方も……」


「……………」

 真冬の表情が固まる。

 そして、春奈の衝撃的な言葉で停止していた思考が加速度を上げて、回り始める。


「えっっっ⁉」


 顔を真っ赤にして驚く。

「何っ⁉ 何で大きな声上げたの真冬ちゃん⁉」

「だって! 夜に変なおじさんの相手っていったら‼」

「え……」

 指摘されて、春奈は漸く気が付く。

 脳天から湯気が上がるのではないかと思うほど、急速に顔が真っ赤に染まる。

「ちがう! 違うのよ⁉ おっさんの相手と言ってもいかがわしいやつじゃなくて! 戦ってて」

「それは夜のプロレスというやつでは?」

「それに、私自身はあまり戦ってなくて!」

「夜のプロレスの斡旋を⁉ 春奈さんはお局的な奴なんですか⁉」

「私自身も相手をすることもあるけど、極力触れないようにしてるし!」

「やっぱり相手をしてるんじゃないですか! それにたまには触れてるんですね⁉」

「ちが、ちが、ちがう~~~~‼」

 顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振り否定する。

 真冬は姉的存在が意外と汚れていると思い込み、顔を赤くしたまま全身を震わせた。

「はぁ~……真冬ちゃんたちの相手をしているときは良かったんだけどなぁ」

「私たちの相手⁉ え、なんの話です⁉」

 ズササッと後ずさり、春奈と距離を置く。

「あ~……もう、何言っても駄目ね。最近、真冬ちゃん、調子はどう? 体調とかは?」

「え、それはもう、好調ですけど……」

「そう、それは良かった。私としても、心苦しかったのよね。成長期の中学生を精神的に追い詰めるようなやり方は」

「……?」

 寂しそうに春奈は微笑むが何を言っているのかわからない。

「……わからなくていいわよ。多分、私はもうあなたたちに手を出さない。もう一人の私はこれからずっとおじさんの相手をして生きていくのよ」

「おじさんの相手、しなければいいんじゃないですか?」

「それができたら……」

 かすれた声で呟き、春奈は自嘲気味に笑った。

 そんな春奈を真冬は放っておくことができなかった。


「春奈さん! 旅行に行きましょう」


「へ?」

 春奈の手を握り、彼女の眼をじっと見つめる。

「りょ、旅行ってどこに?」

「どこでもいんです! 一緒に行きましょう! 私と夏美と、お父さんもいるから四人ですけど。パーッと弾けて気分転換しましょうよ!」

 どうして、真冬がそんなことを言うのかわからず、ぱちぱちと目をしばたかせる。

「そんな、どうして私を……?」

「そんな目をしてるからです。この世の終わりみたいな寂しい目をしているのを放っておけるわけないじゃないですか。夢を描く小説家を目指している人が、全てを諦めたような黒ずんだ目をしていてはいけないんですよ」

「!」

 顔に手を当てる春奈。

「そんな目してる?」

「してます! だから気分転換です! ね?」

 にこっと春奈へ微笑みかける。

 春奈はためらっていたが、やがて真冬につられるように笑った。

「そうね、できれば行きたいわね。気分転換」

「じゃあ、早速お父さんに話に行きましょう! きっとすぐにいいよって言ってくれますよ」

「え⁉ 湊さんに会うの? じゃあ、ちょっと髪とか整えていかないと‼ ちょっと待ってて!」

 ぼさぼさの髪を抑えて、走り去っていく春奈。

 なぜ父に会うのに身なりを整えなければいけないのかと真冬は首を傾げたが、大人の女にはいろいろあるのだろうと、深く聞こうとは思わなかった。

『真冬! 真冬‼』

 春奈と入れ違うように、頭の中に声が響く。

 ネオの念波だ。超能力で、どこにいても妖精の力を持った人間にネオは声を飛ばすことができるのだ。

 彼の声は切羽詰まっていた。

「どうしたの、ネオちゃん?」

『ラファエロの怪人が出た!』

 やはりか、ネオが念波で呼びかけるのはたいていがそれだ。

「わかった! 場所は?」

『君がいる場所から北西のスーパーマーケットだ。夏美もすぐに向かわせるから急いで』

「了解!」

 ネオからの念波が途切れ、真冬はその場を後にする。

 春奈が戻ってくるのに、その場にいることができないというのは後ろ髪引かれる思いがある。

 一応、メールで少し急用ができたので少し離れることを伝える。

「久しぶりでも……相変わらずタイミングが悪い!」

 現場に急ぎながら悪態をつく。

 どうせ敵はローズブーケだろう。

いつものように速攻でのしてやろうと真冬は息まいた。

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