第10話 ダンディな魔法少女誕生!!!!

 マンションの屋上に立つ、おっさん二人。

 大場湊と橘丈は月が輝く夜空の下で……固く手を握り合っていた。

「なぁ、これ気持ち悪いんだが」

 握り合ったゴツゴツの手を上げる。

「奇遇だな、僕も同意見だ」

「じゃあ、やめようぜ」

「仕方がない。変身のための必要なプロセスなんだ。さあ、フェアリージュエルを天に掲げて変身だ!」

「ぇえっと、やっぱやめ」



「プリティプリティオンステージ‼」



 青い宝石を月に向かって掲げる。


「ちょっと待って、今何て言ったの? もう一回言」


 シャラララララ~ン!


 戸惑う丈の言葉を遮るようにピンクの光の帯が二人の男を包んでいく。


「ンゥ!」

「ハァァン!」


 くたびれたバーテン服と、犯罪捜査で常に風にさらされていたコートがはじけ飛び全裸になる。

 だが、すぐに光の帯が肉体を包みこみ、服と化す。

 深い海と青い空のような鮮やかなゴシックロリータのドレス。純潔を表すかのような真っ白な手袋とスカートからはみ出た幼さを表すかのようなドロワーズ。

 可愛らしい蒼い魔法少女服を着るのは筋肉質の男性、大場湊・四十歳。

柔らかな服の素材の下から筋肉がところどころ漏れ出でる。



「魔法少女マジカル・湊、降臨!」



 真紅のバラの花弁を思わせるフリルのついた真紅のスカートをなびかせ、神秘とアダルティを秘めた黒の手袋とタイツが身を包む。

 ツンツンと強度の強い髪が刺ささりまくったカチューシャを身に着けるのは、所咲警察署刑事課警部橘丈。

 中学生になった娘に臭いと言われながらも、タイツの下からにじむ血と汗は凶悪な犯罪者相手に戦った正義の勲章。



「決め台詞別に言わなくてもいいだろ。ダメ? あ、そう……魔法少女……いや、中年だろ……マジ、マジ何とか、マジ何とかぁ!」



 顔を真っ赤にして叫ぶ丈。

 恥ずかしそうな彼とは対照的に湊は満足げにうんうんと頷いている。


「よし、これで……どうすればいいのかな」


「わからんのかい!」

「変身できたのはいいのだけれど、敵の位置が分からないことには……まさかゾンビを一々倒すわけにはいかないし」


「オ、オエエエエエエエエエエッッッ‼」


 まさかゾンビが屋上まで上がってきたのかと振り返ると、吐しゃ物を足元にぶちまけるネオの姿があった。

「ネオ君! 丁度よかったこのエンシェントフェアリーズの説明をしてくれたまえ」

「変身させまいと急いで来たのに……おそ、おそか……うえぇぇぇ‼」

「気分が悪いのかい? 大丈夫かい?」

 白々しく心配する湊と、「わかる」と言うように頷く丈。

「敵の居場所が分からないんだが、何かそういう能力はないのかい?」

「能力……エンシェントフェアリーズには備わってないけど、僕が相手の位置を指し示せるよ。あっちだ」

 ネオが胸ビレで指す方向は北西の方角。

「空港公園か……よし行こう、じょ……変身しているときはやっぱり別の名前がいいなぁ……ネオ君、何かいいのはないかい?」

「古代の妖精っていうのは、真冬たちが使ってるから……ロットンハウタニアとロットンラフレシアでどうです」

 湊をさし「ロットンハウタニア」、丈をさして「ロットンラフレシア」と命名する。


「ふむ、ロットンの意味はよく知らないがラフレシアと言うことは花の名前だね。良いだろう。僕は魔法少女、ロットンハウタニアだ!」

「えぇ……俺ラフレシアなの?」


「文句を言うな、ほら行くぞ!」

 渋る丈、いやロットンラフレシアを、屋上の柵の上に上りながら。

 もっとも、自分がラフレシア呼ばわりされたら文句を言っていただろうが。あれ、臭いし。

 丈は渋々、湊、いや、ハウタニアの隣に上り立つ。

「変身して身体能力が強化されてるんだよな。なんか体が軽くなるかと思ったけどそうでもねぇな」

「そんなものだ、なに、戦えば案外力強くなっているものさ。ほら行くぞ!」


 隣のビルへ向けて、湊は柵を踏みしめ、空中へ飛び上がった。


 屋上から隣のビルへ、姫が攫われるゲームの主人公の配管工のように放物線を描いて軽く飛び移る。そんなつもりのジャンプだった。

 ネオが飛ぶ湊を見ながら、口を開いた。


「あ、そういえば。多分魔法使えないよ。純粋な魔法を信じるピュアな心がないと魔法は使えないんだよ。どうして変身できたのか不思議なくらい」


「へ……?」

 湊の跳躍は一メートル弱で止まり、地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。


「み、湊ォォォォォォォォォ‼」


 ものすごい勢いで丈の顔が遠ざかっていく。


          ♥       ♥      ♥


 やばい、やばい、やばい! このままじゃ完全に魔法少女の格好をして屋上から飛び降りた、頭のおかしいおっさんだ!

 何とか魔法が使えないものかと両手を合わせて念じてみる。

「何か出ろ‼ 何か‼」


『エンシェントステッキって唱えるんだ! そうすると武器が出てくる! 魔法が使えればだけど!』


 頭の中に声が走る。余計な一言を付け加えて。

 この声はネオが念波で声をとばしているのだろうか。

 魔法は純粋な心がないと使えないのでは……? 純粋な心、純粋な心……!

 考えている余裕はない!


「エンシェントステッキ!」


 唱えると湊の目の前に白い星のオブジェが付いたステッキが出現した。

「出たぁ~‼ これで……」

 手に持とうとすると間違って指で弾いて取り損なってしまう。


「ああちょっ、空中だからとりにく……」


 ドスンッッッ‼


 マンション前のコンクリートが割れ土煙が上がる。

 全く落下のエネルギーを殺せないまま、湊は十五階建てのマンションの屋上から、落ちた。

 大きな音が響き、「角刈りゾンビ」たちが寄ってくる。


「み、みなとぉぉぉぉぉぉぉぉ………!」


 屋上の上から親友の死を嘆き悲しむ慟哭が響き、


『おかしい人を亡くした……』


 念波でお悔やみの言葉を述べられ、

「おおおぉぉぉぉ……!」

 状況もよくわからないゾンビたちは土煙を取り囲む。

 土煙が揺らめいた。



「どっこい! 生きてる!」



 風が舞い、土煙が晴れ、大場湊が姿を現す。

 蒼いドレスをなびかせ、囲むゾンビたちを睨み、拳を鳴らした。


『アレ、どうして生きてんの?』

『わかんない、大人になったら妖精の力は使えないはずなんだけどなぁ。もしかしたらものすごく純粋な心の持ち主なのかもしれない』

『つまりは馬鹿だから魔法少女力を使えていると』

「お~い、上の二人。テレパシーか何かわかんないけど思いっきり会話が頭の中に響いて聞こえてるぞ」

『『……やっべ』』


「ったく、さて、とりあえ向かってくる敵を倒しますかね」

 拳を打ち鳴らし、ゾンビたちを見据える。

「うああああああっっ……」

 襲い来るゾンビたち。


「はああああああっ!」


 ボキィッッ……‼

 果敢にフライングボディプレスをかまし、ゾンビたちを押し倒し、一人一人首を掴み捻る。

「……グェ!」

 次々と気絶していくゾンビたち。

「おおおおおおっっ……!」

 押し倒したゾンビ以外にも多数のゾンビが群がってくる。

「多いな、まだいるのか。仕方ねぇ」

 気絶しているゾンビの足を掴み、ジャイアントスイングの要領で振り回す。

「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ‼」

 まるでコマのように湊の足を軸に回転し、周囲の空気が巻き上がり竜巻を作り出す。


「秘技! マジカル☆大旋風‼」


 巨大な竜巻が次々とゾンビたちを巻き込み、天に昇らせていく。

「うあああああ………」

 次第に回転を緩めていくと、ゾンビたちの上昇が止まり落下していく。

「ふぅ、よし、片付いたな」

 回していたゾンビを投げ捨て、手をはたく。

 彼の周りには気絶したゾンビたちが死屍累々と横たわっていたが、皆辛うじて息はある。

「やりすぎだ。馬鹿」

「って!」

「うわぁ……滅茶苦茶だァ」

 頭をはたかれる。

 いつの間にか丈とネオが降りてきて、非難の目を向ける。

「すまん、つい魔法の力を試したくてな。なるべくゾンビはスルーするようにしよう」

「魔法の力使えないはずなんだけどなぁ……」

「あ~あ、こりゃ立派な傷害罪だぞ。全く」

「正当防衛だ、仕方がないだろう。それより、丈はどうやって来たんだい? 君は魔法が使えたりしたのかい?」

 自分は重力のままにまっすぐ落下したが、丈の様子は落ち着き払っており、あんなびっくり体験をえてここまで来たようには見えなかった。

「エレベーター」

「ああ……そう」

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