第9話 相棒を求めて
湊はフェアリージュエルを握ったまま、「角刈りゾンビ」が練り歩く外へ出て、そいつらに見つからないようにある家を目指して歩いた。
「ここって……」
湊がたどり着いたのはマンションの一室。
橘――――。
扉よこの標識にはそう書かれていた。
「夏美の家じゃん。あ!」
ようやくネオは湊のやろうとしていることに気が付いたようだ。
「夏美と変身しようと⁉」
「惜しい」
「惜しい⁉ 違うんじゃなくて惜しい⁉ どこに惜しい要素があるのか気になるんですけど⁉」
ピンポ~ン……。
時間はもう午前三時になろうかとしている。
こんな時間に尋ねるなんて非常識にもほどがあるが……。
「でないな……」
ピンポ~ン、ピンポ~ン……ピンポンピンポンピポピポピポピポピ!
「っるっせぇ‼」
勢いよく扉が開け放たれ、中から橘丈が出てくる。
「丈、良かった、起きていたか」
「バリバリ寝てたよ馬鹿野郎! 今何時だと思ってんだ!」
怒る丈を無視し、湊は空中を浮遊するネオを鷲掴みにして、丈の眼の前に差し出す。
「突然なんだがこれを見てくれ」
「んだこりゃ? ぬいぐるみか?」
首をかしげる丈の目の前で、ネオをゆっくり話す。
ネオは地面に落ちずに浮遊し続け、気まずそうな目を丈に向ける。
「ど、どうも、妖精のネオと言います……ドルフィリア妖精帝国から来ました」
「……………」
浮くネオをじっと見つめて、言葉も発さず、表情も変えずに丈は固まり……、
「夢か」
扉を閉めた。
ピンポンピポピポピポピポピポ!
「んだよ! っるせえな!」
「話は終わってないぞ」
インターホンを連打して再び丈を呼びだす。
「それは一体何なんだ⁉ どういう仕組みだ⁉」
「仕組みも何も彼が言った通り、妖精だよ。妖精の世界からやってきてエンシェントフェアリーズに力を貸しているんだ」
「お前遂に魔法少女アニメ見すぎて脳が……」
「脳はやられていない。安心しろ、僕は正気だ」
「とてもそうは見えんが……」
「とにかく、エンシェントフェアリーズは本当にいるし、街を襲う怪事件はその妖精の力を狙って悪者が引き起こしている事件なんだ。警察なんだから、いろいろと心当たりがあるだろう?」
「…………」
ジッとネオを見つめる丈。
「お前、本当に生き物なのか? 機械とかじゃねぇよな? 触っていいか?」
「あ、はい。一応生きてます。妖精です」
背びれをフニフニと掴み、ネオが生物かどうか確かめ、丈の口が開く。
「本物だ……」
「わかっただろう。魔法少女が実在すると」
「いや、それとこれとはまた別……いや、待て、外が大変なことになっているっていうのはどういうことだ? どうしてそれで俺のところに来る」
「町中にゾンビが溢れている。ちょっと身を乗り出して外を見てみろ」
マンションの廊下から下の道路を見下ろすと、「角刈りゾンビ」たちがフラフラとどこかを目指して行進している。
「どうして角刈りなんだ?」
「その話は敵を倒した後だ。そして、何故君の家に来たのかという話なのだが、君も魔法少女になって欲しいからだ」
「………ん?」
「君も魔法少女になってもらう」
再び扉が閉められた。
ピンポンピポピポピポピポピポ!
「馬鹿野郎! こっちは寝てえんだよ! 帰れよ!」
「ああ、帰るさ! 一緒に魔法少女になって、敵を倒して、街を平和にしたらな!」
うんざりした顔で丈は湊を見つめ、頭を掻く。
「……後ろ二つは別にいいよ。俺だって警官だ。街を平和にしたいよ。だけど、その前になんて言った? どうやって街を平和にするって言った?」
「魔法少女になって、敵を一緒に倒しましょう」
丈が湊へ向かって、ビシッと人差し指を突き立てる。
「それ、それがおかしい。どうして、深夜三時におっさんに叩き起こされて一緒に魔法少女やんなきゃいけねぇんだ。普通に考えて……やると思ってんのか?」
「思ってる」
ぼそりと「こいつ頭おかしいのかな」とつぶやき、首をかしげる丈。
「なぜならば、君の娘が魔法少女だからだ」
「……何?」
ピクリと丈の眉が上がる。
「最近、娘の様子がおかしいとは思っていなかったか? 異常に疲れているような心当たりは?」
「……中に入れ、詳しく話を聞かせてもらおうか」
♥ ♥ ♥
家の中に入れてもらい、橘家のリビングに通される。
丈を前にし、湊はネオから聞き出した情報と、数日前に所咲駅前で体験を説明する。
丈は終始首を傾げていたが、一応「大体わかった」とは言ってくれた。
「つまり、娘が最近疲れ気味なのも、夜に出歩ていたのも、全部こいつのせいってことだな」
全ての話を聞いて、ネオを睨みつける。
「ヒィ……!」
「そして、俺が娘に嫌われているのも」
「それは関係ない。あんないい子に嫌われるのはどう考えてもお前が悪い。事情を聴いたのならわかっただろう。一緒に戦ってくれ。これは二人で一緒にじゃないと変身できないんだ」
「いやだよ」
「どうして⁉」
「どうしてもクソも、事情は分かったから嫌に決まってるだろ。大変なのはわかったが、魔法少女になる意味が分からん。いや、魔法おっさんか」
「ラファエロの魔人は妖精の力しか効かないんだ! だから、魔法少女の力がいるんだよ! 誰か代わりになる女の子知らないかな⁉ 夏美のパパさん」
「代わり?」
丈の眼が細められる。
「そう、代わりだ」
ネオが話す前に湊が浮遊するイルカを指さしながら答える。
「こいつは真冬と夏美ちゃんの代わりに別の女の子を戦わせようとしているんだ。そんなこと警察官のお前が許せるか?」
「………」
「随分人聞きの悪い解釈をするなぁ……おっさんが変身するよりははるかにいでしょう?」
「娘たちに前線に立たせて僕たちは後ろで守ってもらうつもりかい?」
「………」
腕を組んで沈黙する丈。
「大丈夫大丈夫、フェアリージュエルには古の妖精の力がため込んであるからよっぽどの敵が出ない限り負けないから、部活感覚で魔法少女させればいいよ」
「…………あん?」
ギロッとネオを睨む丈。
睨まれて怯えて彼から目を逸らすイルカ。
「ま、まぁ、部活もずっとしてると疲労は溜まるよね……」
「丈、こいつちょっと頼りないだろ? こんな奴に若い娘を任せて、戦わせるわけにはいかないだろう?」
丈は腕を組んで天井を仰ぎ、口を開いた。
「……俺しかいないんだな」
「いや、代わりはいくらでも……」
「そう、僕と丈しか戦えないんだ」
「いや、別に……」
「ネオ君はちょっと黙っていてくれるかな」
「え、ちょ……」
湊はネオの体を掴むと、近くにあった冷凍庫にぶち込んだ。
ダンダンと冷蔵庫が揺らされる音を聞きながら、静かに丈は頷いた。
「わかった。この街の、俺の、子供のために。一肌脱ぐとするか」
「良く言った丈。恐らく本当に一肌脱ぐ羽目になるだろうが、その決意もできていると!」
「いや、それはできて」
「早速、この蒼いフェアリージュエル対になる赤いフェアリージュエルを探そう! 夏美ちゃんの部屋はどこだい?」
「廊下の右側って……おい、話を聞けよ!」
夏美の部屋に入ろうとする湊の前に立ちふさがる丈。
「中に入るつもりか? 俺でも入ったことないんだぞ」
「街の危機なんだ! フェアリージュエルがないとゾンビになった街の人々を助けられないんだ」
「……わかった。俺が入ろう。お前に入られるぐらいならましだ」
悲壮な決意をした顔で丈は夏美の部屋の扉を見つめた。
「おう、早くな」
父親が回収してくるというのなら文句はない。
丈は冷や汗をたらしながら、夏美の部屋へと入っていく。
「失礼しま~す……」
小声で一応一言言って入り、扉を閉じた。
「………早くしろよぉ」
待っている時間がもどかしい。
バチ~ン‼
「!」
中から気持ちのいいビンタの音が響き渡った。
「勝手に部屋に入るなんて最低! 大っ嫌い!」
ドタバタと激しい音が聞こえ、やがて夏美の部屋の扉が開かれる。
「お待たせ」
顔に平手の跡と、ひっかき傷をつけた丈が出てくる。
「……おかえり」
「間違えて足を踏んじゃって起こしちゃった。すんごい怒られた」
「みたいだな」
「でも、目的のものは回収した」
虚ろな目をして赤い宝石を見せる丈。
「よくやった。行くぞ! さぁ、戦いだ!」
「戦い、戦いかぁ……勝っても娘の好感度は下がったままなんだよな……」
戦う前から士気が下がってしまったが、これで準備は整った。
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