第8話 娘を守るためにしなければいけないこと

 「角刈りゾンビ」は所咲商店街だけではなく、街の至る場所で発生していた。

 次から次へとゾンビは通行人を襲い、襲われた人間もまたゾンビになっていくというパンデミック状態だった。

 なるべく「角刈りゾンビ」に遭遇しないように裏道を通り、何とか自宅へとたどり着く。

「真冬……いてくれ」

 ゾンビに襲われていませんように、そして、無理をして戦いに言っていませんようにと二重の祈りを込めて階段を上がり、真冬の部屋の扉を開ける。

「良かった……寝てる……」

 ベッドですやすやと眠る真冬の寝顔を見てホッとする湊。


 が、


「起きて! 起きてよ! 真冬! ラファエロの攻撃が始まってるんだって!」

 眠る真冬を起こそうとしているやつがいた。

 そいつは水色の小さな体で、フォルムは魚類の形をしていた。


 イルカのぬいぐるみ。


 朝見たイルカのぬいぐるみが空中に浮いて、胸ビレを使って真冬を揺り起こそうとしていた。

「起きて、起き……ハッ!」

 湊が見ていることに気が付き、目が合う。

「き、君は……」

「僕、僕はドルフィリアンの……」

 湊は最初こそ驚いていたが、一度うなずくと、真剣な表情でイルカを見つめる。

「もしかして、いわゆる君は妖精ってやつかい?」

「え? あ、はい……ドルフィリアン妖精帝国の皇子、ネオと言います」

「妖精の国なのに帝政を敷いているんだね……ちょっと恐ろしくなってきちゃったよ。君がうちの娘を変身させる力を持っているのかな?」

「え⁉ ば、ばれてる⁉ 変身させてるのは僕じゃなくてフェアリージュエルですけど」

「フェアリージュエル? ジュエルってことは宝石かい? それで真冬が変身してるんだね」

「そ、そうです……嫌に理解が早いなこのおっさん」

「おっさんは余計だよ。無駄に魔法少女について勉強したからね。その手の下地はできているんだよ」

 意外と口が悪い妖精から必要な情報を聞き出し、部屋を見渡す。

「それで、フェアリージュエルというのはどこにあるんだい?」

「え、あ、え? ど、どうして欲しがるんですか? もしかしてパパさんも洗脳されて敵になったんじゃ⁉」

「違うよ。僕は常に正義の味方さ。ま、あの状況なら疑うのもわかるけどね」

 外を見ると、「角刈りゾンビ」たちがうようよと街をさまよい続けていた。

「じゃあ、どうして?」

「真冬は、今まで夜も戦っていたのかい?」

「え、いや、夜は敵が出なかったから……でも最近は夜遅くでも敵が出るようになって、学校もあるから、ものすごく真冬は疲れてる。だけど、真冬が戦わないと、この世界はラファエロの手に堕ちちゃうから。仕方なく……」

「また、真冬を戦わせる気なのかい?」

 悲しい顔をしてネオは頷いた。

「真冬も夏美も限界なのはわかってる。だけど……」

「そうかい。でも、無理に真冬を戦わせなくてもいいんじゃないかな?」

「でも……!」

「フェアリージュエルで変身できるのは、真冬だけなのかい?」

 じっとネオを見ると、ハッとしたように目が見開いた。


「そうだ‼ 真冬と夏美しか変身できないわけじゃない。妖精の血を引いている人間なら変身が可能なんだ! パパさん! 姪っ子さんとか、親せきの女の子は近くにいない⁉ 十歳から十四歳ぐらいの女の子で、体が引き締まっている女の子は!」


「うん、真面目に言ってるんだろうけど、はたから聞くとどうも犯罪チックだからやめようね。ちなみに聞くんだけど、妖精の血とは何だい?」

「えぇ⁉ もう、代わりの女の子を探しに行かないといけないのに!」

「設定……ンンッ! 失礼、失言だった。君たちがどんな存在でどんな力で戦うのか知っておきたいんだよ」

 焦るネオは部屋中を飛び回っているが、冷静に湊は問いかける。


「あぁ、もう! 僕たちは別の世界、妖精の国からやって来た妖精で、その神秘の力の結晶、フェアリージュエルでエンシェントフェアリーズは変身して戦っているんだ。どうして妖精の力を人間が使えるのかというと、元々人間と妖精は一つの存在で、神秘の力が使える妖精と使えない人間が分かれてしまって、妖精たちは別の世界で暮らすことを決めた! 以上説明終わり! これで満足⁉」


「うん、よくわかったよ。ありがとう」

 早口で説明を終えたネオをねぎらう。

「つまり、人間と妖精の間に生まれた子供は一部こちらに残り、その子孫がフェアリージュエルの力を使えるというわけだ。それはどこに?」

「ここだよ」

 ネオが真冬の枕元に置いてあった蒼い宝石を口に咥える。

「はやくこれを誰か女の子に渡さないと!」

「その必要はないよ」

「え⁉」

 湊がスッとネオに向けて手を差し伸べる。

 フェアリージュエルを渡せというように。

 湊の眼は真剣そのもの。

その迫力に押され、ネオはその手の上にフェアリージュエルを置いてしまった。

 湊は、魔法少女に変身するアイテムを握りしめ、こう言った。



「僕が変身する」



 時が、止まった。

「はぁ?」

 ネオが険しい顔をして首を傾げた。

「あの、早く女の子探しに行きましょう……」

「いや、この僕が変身するからその必要はない」

「必要あるわ! あんた正気か⁉ フェアリージュエルは女の子のピュアな心に反応して力を貸してくれるの‼ おっさんになんか力は貸さないの」

「これを握りしめるだけじゃ変身できないよね。具体的にはどうやって変身するんだい?」

「聞けよ!」

「呪文を唱える系かい? それとも何か別のアイテムにこれを装着させる系かい?」

 ネオを無視して真冬の枕元をあさる。

「あの、さっきから気になってるんですけど、随分魔法少女に詳しいですね……もしかしておじさんはオタクというやつなんでしょうか?」

「フ……パパさんから呼び方が少しランクダウンしたね。まぁいい、そうさ。僕は娘が見ていた『魔法少女ミラクル☆スミー』から続く、ミラクル魔法少女シリーズを全て視聴し、古今東西あらゆる魔法少女を見続け、勉強した男だ」

「何のためにそんな……」

「当然、こんなことがあろうと思ってだ」

「来なきゃよかったのにこんな日……」

「それよりも、どうやって変身するのか説明してくれたまえ、魔法少女の変身アイテムはどうやらこれだけのようだが」

「…………」

 ネオは言いたくなさそうに口を結ぶ。

「言うんだ。街が大変なことになっているんだぞ。今、戦えるのは僕だけなんだ」

「何その脅迫……見たくない……あのフリルのついた格好をしたおっさん何て見たくない」

「黙れ、君のそのわがままで街には「角刈りゾンビ」が増え続けている。僕はそれを許すわけには行かない」

 湊は決意を込めて、フェアリージュエルを握りしめた、つもりだった。

「おっさん、嫌に目がキラキラしてますけど」

「そんなバナナ」

「ハァ……」

 ネオは諦めたように深いため息を吐いた。

「プリティプリティオンステージって唱えれば、」



「プリティプリティオンステージ‼」



 フェアリージュエルを握りしめた手を天に掲げて叫ぶ。

「早いよ! まだ言ってる途中だったじゃない! 躊躇も全くなかったたし!」

 だが、何も起きていない!

「変身しないじゃないか」

「あ~……ウチの変身システム二人用なんですよ~……」

「二人用⁉ どういうこと……いや、なるほど理解した」

「理解できるんですね……」


「つまりは二人の魔法少女が手を繋いで一緒に呪文を唱える必要がある。そういうパターンのやつだね?」


「あ、はい。それしか知らないんでパターンがあるかどうかは知らないんですけど、まさにその通りです」

 ヒントもなしにズバリ正解したというのに、ネオは驚くどころか呆れていた。

「だから、おっさん一人じゃ変身できないんですよ」

「もう一人いるってことか……仕方がない」

 考え込んでいる湊の目線は真冬へと向けられていた。

「え、え? もしかして真冬と一緒に変身するつもり? それこそ本末転倒だし、できないよ⁉ その蒼いフェアリージュエルと対になる赤いフェアリージュエルが必要だから」

「なるほど、じゃあ、やっぱり僕のとる選択肢は一つというわけだね」

 早足で真冬の部屋を出ていく湊。

「おい、おっさん!」

「君どんどん口が悪くなるね。君におっさんと言われるいわれはないよ」

「いや、大いにあるでしょ⁉」

 若干言い争いながら、ネオは湊の跡を追った。

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