第5話 魔神少女・エンシェントフェアリーズ♥

 所咲駅へ向かって走る。

 久しぶりに走ると、体がすぐにきしみ始める。これが四十代の肉体の限界か。

 深夜の人通りの少ない商店街を抜けて駅前へ出る。

「春奈ちゃ……!」


 湊の視界いっぱいに黒い影が広がった。


 巨大なコンクリートの塊が湊めがけて吹っ飛んできたのだ。


「ん………ッ!」


 恐怖で思考が停止し、その場から動けなくなる。



「危ない!」



 小さな人影が高速で飛来し、コンクリート製の岩塊を砕いた。


「え……」


 小さな少女だった。


 真冬と変わらないくらいの身長で、クリっとした目と、薄いコバルトブルーのツインテール。オレンジ色のフリルが施されたドレスを身にまとった彼女はさながら、いや、まさしく魔法少女そのものだった。


「大丈夫で……」


 岩を素手で砕いた魔法少女は、助けた人間の無事を確認するため湊の顔を見て、


「すかぁ⁉」


 面白いほど歪んだ。


「………真冬?」


 湊を助けた魔法少女の顔はよくよくみればうちの娘だった。

 髪形や色が違うので、別人かと思ったが、近くでまじまじと見れば見間違うはずはない。

 大場真冬が、魔法少女のコスプレ(?)をして、父の目の前に立っていた。


「ち、違う‼ 私は真冬じゃなくて! エンシェントネリネ! 古の清きプリンセス、エンシェントネリネよ!」


 びしっとポーズを決めているエンシェントネリネさん。

 だが、その顔は羞恥で真っ赤に染まり、苦しまぎれに名乗ってごまかそうとしているのがまざまざと伝わってくる。


「いや……どう見てもまふ……」


「どうしたの、真冬? 敵がまだいるの……」


 赤い髪をして、鮮やかな蒼いゴシックロリータを着た少女が飛んできて、エンシェントネリネの隣に着地する。


「ちょ、変身してるときは本名呼ばないでって言ってるでしょ⁉」


 ネリネは隣の赤い魔法処女の口を慌てて塞ぐ。

 やっぱり真冬じゃないか、どうしてそんな恰好を? と、隣の魔法少女の顔を見てみると、


「夏美ちゃん?」


「あら?」


 赤い髪の魔法少女は、どう見ても丈の娘、橘夏美だった。


「あら~……どうして湊おじさ」

「だから~! 違うでしょ⁉ 私らとこのおじさんは初対面! 私はエンシェントネリネで?」


 夏美に名乗りを促すネリネ。

 夏美は「あぁ~」と理解したように声を上げ、手をぐるっと回して決めポーズをとる。


「気高き古代のフェアリー、エンシェントサンシャイン!」

「二人合わせて?」


 エンシェントサンシャインとエンシェントネリネは頷き合い、二人背中合わせでポーズを決める。



「「魔神少女・エンシェントフェアリーズ!!」」



 これがアニメだったら、彼女たち二人の背景に爆発が起きていただろう。

 完璧な決めポーズだったが、どう見てもうちの娘たちだ。


「あの……」

「なので! 私たちはあなたとは一切関係ございません! 質疑応答は一切受け付けませんのでご了承ください!」


 顔を隠して遠ざかっていくネリネ。


「じゃあ、ちょっとここら辺危ないので逃げてくださいね、湊おじさん」


 微笑んで手を振りネリネについていくサンシャイン。

 残された湊は茫然とするしかない。


「ゆ、夢でも見てるのか?」


「ホーッホッホッホッホ‼ ホーッホッホッホッホ‼」


 駅前に響く高笑い。

 聞こえた方角は二人の魔法少女が立ち去っていった方角。

 所咲駅の駅舎の上。

 黒いマントを羽織った女が立っていた。

 彼女は真下にいる魔法少女二人を見下ろし、高笑いをし続けていた。


「ホーッホッホッホッホ‼ ホーッホッホ……ゲッホゲホッゲホッ‼」


 むせた。


「待たせたわね、ローズブーケ‼ 今日という今日は絶対に許さないんだから!」


 ネリネが高笑いしているマントの女、ローズブーケに指を突き立てる。


「あら、貴方みたいにな非力な女の子に何ができるというのかしら?」


 マントの女との距離は遠くて顔はよく見えないが、それでも挑発的に笑い、ネリネたちを見下しているというは何となくわかる。


「この……D・バリカーンと超常力回収要員兼戦闘員のローズブーケに勝てると思っているの⁉」


 駅舎の後ろから山が段々と盛り上がっていく。


「な、でか……」


 山ではない、巨人だ。


 湊の周囲が暗くなる。

 十階建てビルほどの高さのある巨人が立ち上がり、街に影を落としたのだ。

 だが、そのフォルムはおもちゃのようでなにかおかしかった。

 巨人の顔は剃刀のような刃の形をしており、両手も巨大なバリカンをそのまま腕にとりつけたような手だった。


 あ、だから「バリカーン」なのか……。


「このD・バリカーンでこの街の人間皆「角刈り」にしてやるわ!」

「角刈り……?」


 角刈りっていうのは……髪型の事かな? あんな巨体でやること……それ?


「バリカァ~ン‼」


 D・バリカーンが吠え、両手のバリカンからビームを出す。

 ビームは駅前の通行人に命中し、


「うわああ! 俺の頭が角刈りにッ⁉」

「いやぁぁ‼ これから合コンなのに! こんな頭じゃいけないわ!」


 ビームが命中した人間の髪が切り取られ、綺麗な角刈りとなっていった。


「何てことを‼ 許さない!」


 次々と角刈りにされる人々を見て、拳を振り上げて怒るネリネ。


「人の頭を断りもせずに角刈りにするなんて‼ 殺人も同然よ!」


 そうかな……そうかも……。

 ネリネとサンシャインは、町中にビームを放ち続けるD・バリカーンへ向けて飛び上がった。



「「ハアアアアッッッッ‼」」



 二人の魔神少女は一気に五十メートル程度跳躍し、D・バリカーンの顔面に拳をお見舞いした。


「バリカァァン………」


 拳がめり込み、ゆっくりとD・バリカーンの巨体が後ろに傾く。


「すげぇ……」


 思わず湊の口から声が漏れ出てしまった。

 ズシンと音を立てて、D・バリカーンの巨体が倒れる。


「ああ⁉ 何をやっているの情けない! 立ちなさいバリカーン! 魔神少女たちを倒すのよ!」

「バリ、カァァン‼」


 ローズブーケに叱られ、立ち上がるバリカーン。

 落下中の魔神少女に向けて横薙ぎの裏拳を放つ。


「「きゃあああああ‼」」


 空中でよけることもできず、二人は吹き飛び、ビルに突っ込んだ。


「真冬‼ 夏美ちゃん‼」


 湊の背筋が凍った。

 ゆうに時速二百キロは超える速度でビルに背中から突っ込んでいた。

どう見ても人間が耐えられる衝撃ではない。

 思わず駆け出そうとした瞬間、土煙がD・バリカーンへ向けて伸びていく。



「何ッッッッ、すんのよぉぉぉぉぉぉ‼」



 エンシェントネリネだ。

 顔や服にすすが付いているが、激しいダメージを受けた様子はなく、拳を振り上げて果敢にD・バリカーンへ突貫する。


「らあッッ‼」


 衝撃波が響き渡り、ネリネのパンチがD・バリカーンへ突き刺さる。

 強いエネルギーがD・バリカーンの足から大地に伝わり、足元のコンクリートが波状に割れていく。


「バリ、カァァァァン‼」


 だが、今回はしっかりとD・バリカーンはガードしていた。

 D・バリカーンの反撃が始まる。


「バリバリバリバリバリバリィィッッッ‼」


 高速のラッシュ!


 あの巨体でなぜそんな速度で動けるのか、凄まじいパンチのしぶきがネリネを襲う。


「ら、ら……らららららララララララララララララアァァァッッッ‼」


 ネリネは、巨人の高速のラッシュを……真正面から受け止めた。

 小さな魔神少女も対抗して放つ高速ラッシュ。

 二人の力は拮抗していた。

 体格が全く違う……いや、そういうレベルではない。アリと象が互角に張り合っているような光景だ。

 ネリネの小さな拳は巨人の拳を受け止めはじき返し続ける。

 そして、彼女の拳の速度は加速し続けていた。


「ラララララァァァッッ‼」

「バリッ…………!」


 競り……勝った。


 ネリネが渾身の力で放った拳はD・バリカーンの巨体を後方へとゆっくりと倒し始めた。


「ネリネは熱くなりすぎよ。女の子はおしとやかに……」


 穏やかな声が、D・バリカーンの足元から聞こえた。


「バリッ⁉」


 エンシェントサンシャインは両手を地面に向けて掲げて、目を閉じる。



「ロック・オン」



 十字と〇が組み合わさった、シューティングゲームのターゲットポイントのような魔法陣が出現する。

それは地面へ向けて倒れていくD・バリカーンの背に出現し、巨体を受け止めた。そして、電磁波を放って体を拘束する。


「バリィッッ……!」

「サンシャイン!」

「アレをやるわよ。ネリネ!」 


 空中で制止するD・バリカーンを足場に、サンシャインがネリネへ向けて跳んでいく。


「ええ、とっとと倒して帰りましょう!」


 空中でサンシャインの手を握り、二人並ぶ。

 ネリネは右足を、サンシャインは左足をD・バリカーンへ突き出し、飛び蹴りの態勢になる。



「聖なる妖精よ!」

「悪しき魂を浄化せよ!」



 魔神少女たちの足が光輝く。




「「エターナル・ストリーム‼」」




 光に包まれた二人の少女の体は矢のように打ち出され、巨人の胸を貫いた。


「バリ……カァァァァン………‼」


 巨人は光に包まれ、光の柱が天に上った。


「「哀れな魂よ。天に還り給え……」」


 光の柱から粒子が町中に降り注ぎ、光の柱が消えていく。

 そこに巨人の姿はなかった。


「く、くやっっしぃぃぃぃ‼ 覚えておきなさい! エンシェントフェアリーズ!」


 敗北を悟り、ローズブーケは駅舎から飛び降りる。


「ま、待ちなさいローズブーケ!」


 ネリネが追おうとするが、ローズブーケは着地した瞬間、足元にあった影に吸い込まれるようにして消えていった。


「あ……」

「いいじゃない。今日も街を守ったんだから」


 ネリネの肩にサンシャインがポンと手を置く。


「ありがとう! ありがとう! エンシェントフェアリーズ!」

「ありがとう~~~~~~‼ 今日も街を守ってくれて、可愛いわよ~~~~‼」


 通行人たちが手を振って、魔神少女に感謝の声を上げる。

 彼らの髪は角刈りのままだが。


「ありがとう~、どうも~」

「あら~……照れちゃうわねぇ」


 ネリネは元気よく手を振り返し、サンシャインは照れて頬に手を添える。


「あ、そうだ」


 戦闘が終わり、ハッとする湊。

 事情を聴かねばと魔神少女たちへ向けて足を踏み出すと、ネリネが湊に気が付き、


「やば! 帰るよ、サンシャイン!」

「え⁉ えぇ⁉」


 サンシャインの手を引いて、ジャンプし、夜の闇に逃げるように消えていった。


「あ……」

「もう行っちゃったな、エンシェントフェアリーズ」

「今日は結構戦闘終わるの早かったな」


 ショーが終ったあとのように通行人が散らばっていく。


「ちょっと待ってくれ。エンシェントフェアリーズって有名なのかい?」


 角刈りの男女カップルを呼び止める湊。


「あ、はい、怪人を倒す正義の味方って。ネットでは結構有名ですよ……」

「そ、そうだったのか、知らなかったよ……」


 愕然とする港にお辞儀をして、角刈りカップルは去っていく。


 チャリン……。


 手の力が抜けて五百円玉が地面に落ちる。


「あ」


 先ほどの騒ぎで春奈に五百円玉を返すのをすっかり忘れてしまった。

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