第4話 街で起きる奇妙な事件
仕事が終った橘丈が、いつものようにバー「ザルクシックス」へ行くと、首を傾げながら出ていく客とすれ違った。
「ザルクシックス」の中を覗き見てみると、店内は暗い。
「今日は店閉めてやがんのか? あいつ」
コートをなびかせて店中をぐるりと見渡すと、かすかにカウンターや、一部の客席に灯りが灯っている。
「『open』、だな……」
扉の傍のかけ看板がちゃんと『open』になっていることを確認して、中に入る。
「お~い、湊! 今日はやってねぇのか……って……」
中に大場湊はいた。
だが、彼の体はバーの上に寝そべり、胸の上に手が添えられている状態だった。
「し、死んでる……」
「丈か……好きに飲んでくれ。僕はもう何もする気がしなくてねぇ……」
寝そべり、目を閉ざしたまま口だけ動かす。
中にいるのは湊だけかと思ったが、いつもの席に春奈も座っており、丈へ何かを言いたそうな目を向けていた。
「……そこを降りろ。そこは客が使う場所だ」
とりあえず、カウンターから湊を蹴り落とした。
「なっ、何をするんだ⁉」
「何をしているはこっちのセリフだ。客が来たんだから酒を出せ、酒を。カルーアミルク」
「………」
肩を落としながら渋々と、湊を見つめ、安心して胸をなでおろす春奈。
「何があったんだ? まさか、真冬ちゃんに『魔法少女ミラクル・ミライ』を見ていることがバレたのか?」
湊のカクテルを振る腕がピタリと止まる。
丈は湊を指さし、
「ダ~ハッハッハッハッハァァァァッ‼ バレてやがる! バレてやがんのこいつ! 案だけ見つからないとか言っててバレてやがんの!」
大声で笑い飛ばした。
湊は丈の嘲笑を震えながらも甘んじて受ける。
「ダ~ハハ……あ~、笑った。全く、そんなアニメ見てるから娘に嫌われるんだお前は」
「そんなアニメを見てもいないのに嫌われている親父もいるけどな」
「何をぉ?」
「できたぞ、カルーアミルクだ」
睨む丈の前に注文の酒を置いてやる。
「……俺だってな、嫌われたくないさ。だけどな、あいつはこっちの心配をよそに何も言わずにいろんな場所に行くからな。だから、ついつい怒っちゃうんだよ」
「いろんな場所って、中学生にもなったんだから、どこにでも行くだろう。そりゃこないだの深夜徘徊は一言言ってやりたくなるもんだが」
「なぁ、お前、ちゃんと娘のこと見てやっているのか?」
急に真剣な目で丈が尋ねる。
「何を……見てるさ。妻を亡くした僕のたった一人の家族なんだぞ?」
「そうかい? お前は自分自身が秘密を抱えているから、娘の顔もろくに見ていないんじゃないか?」
「……おいおい、今の俺は落ち込んで気が立っているんだ。そう挑発するなよ。どうなるかわからんぞ?」
ピリピリしていく店内の空気に春奈があわあわと慌て始める。
丈はギロッと強い目で湊を睨みつけていたが、
「ウッ、ウゥ……」
突然破顔し泣き始めた。
「ごめんよぉ~! 娘の顔も見てないのは俺の方なんだ~! 夏美が俺に何か隠してるんだよ~。パパは寂しくてたまんないんだよ~!」
「お、おいおい、まだ一口しか口を付けていないじゃないか⁉ お前そんなに酒に弱かったのか?」
慌てて湊がなだめると、すぐに丈の涙は引っ込んだ。
「悪い……疲れてるんだよ……最近変な事件が多くてな」
「変な事件?」
「普通に外を歩いていただけなのに、髪の毛をボーズ頭にされるとか、犬が突然喋り出すとか」
最近は暖かくなってきたから変な事件というか変になった人が多いのだろう。
「……それは何ともいえず、ご愁傷さまです」
「訴えてきてる人間は複数いる。集団が突発的に幻覚を見るとは考えにくい。だが、どれもこれも致命的じゃない……ああ、命を奪うような目的で起こしている様子ではない……何といえばいいのか……」
「子供のいたずらみたい?」
「そう、それだ! この街、いや、その周辺も含めて規模のでかい子供のいたずらのような事件が勃発してるんだよ。まぁ、どれも事件が収束するまでの時間が非常に短くて、警察が現場に着いた頃にはほとんど終わっているんだけどな」
「正直、話を聞いているだけだと、にわかには信じられないな」
一応、丈は所咲署の刑事なので確かにその事件は起きているのだろうが、内容が突飛すぎて少し丈の嘘なのではないかと疑ってしまう。
ガタッ!
「……どうしたの、春奈ちゃん?」
椅子が勢いよく引かれ、春奈が真っ青な顔で立ち上がっていた。
「い、いえ、何でもないんです! 今日はもう私は帰りますね」
「え、コーヒーの一杯でも飲んでいきなよ。今日はまだ何も飲んでいないじゃない」
湊が真冬に叱られていたショックで、春奈へいつものコーヒーを全く出ししていない。
「お、お気遣いなく! わ、私帰ります。お代はここにおいて行きますので!」
「え、ちょ、ちょっと!」
湊が止める間もなく、春奈は鞄を持って去っていった。
「何だったんだ?」
「さぁ……あ、本当にお金置いて行っている……」
何も飲んでいないというのに、彼女が使っていた机の上には五百円玉が置かれていた。
湊は五百円を拾い、見つめる。
「どうしよう、彼女一杯も飲んでないんだぜ?」
「今度来た時に渡すかおごればいいだろう。春奈ちゃんは毎日のように来てくれるんだし」
「だけど……」
店を出ていくときの彼女の青い顔が妙に気にかかった。
もしかしたらもう会えないんじゃないかという予感が走る。
「いや、やっぱり届けてくる。丈、しばらく店の留守番を頼む」
「お、おいちょっと!」
決めるや否や、エプロンを投げ捨て外へと駆け出す。
残された丈は嘆息して、遠ざかる親友の後姿を眺めた。
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