第3話 バレるときは、あっさりバレる
再び日曜になり、『魔法少女ミラクル・ミライ』が八時半から始まる。
仕事終わりで疲れた体に鞭を打ち、真冬に朝食を提供しながら八時半になるのを待つ。
「ねぇ、お父さん。今日なんかそわそわしてない?」
スマホを操作しながらパンを食べている真冬がスマホから視線を外して湊の顔を見る。
「食べているときは携帯を置きなさい」
「は~い、で、何でそわそわしてるの?」
真冬は携帯を置いて再び尋ねる。
「それは……その……」
湊は何と答えようかと悩み、真冬の顔を見ていると真冬の眼にもクマが浮かんでいるのに気が付く。
「真冬、疲れた顔をしているが、夜はちゃんと寝てるのかい?」
「え⁉ 嘘ッ⁉」
顔に手を当てて、手鏡で確認する。
「うわ~、やっば~、こんな顔皆に見せられないよ~。う~ん、ま、いっか」
「何か悩みでもあるのかい? あるのなら相談に乗るぞ」
真冬は手を後ろに回し、苦笑する。
「たはは……大丈夫大丈夫、最近敵が強くて、ちょっと苦戦することが多いだけだから」
「敵? 真冬は陸上部だろう? 陸上競技に敵なんて出るのかい?」
「⁉」
湊に指摘された瞬間、わたわたと慌てる真冬。
「あ、違う違う! あの……陸上競技じゃなくて、ゲーム! ゲームの話! だから、最近寝不足なの!」
「ゲームだって? そうか、ならほどほどにしなさい。疲れが残るほど遊ぶなんて、健康に悪いぞ」
「たはは……気を付けます」
よし、娘の事は心配だが、話をうまく逸らせたと内心ガッツポーズをする。
「ところで、丈から聞いたんだが。この間、丈の世話になったみたいだな」
「え⁉」
「夏美ちゃんと一緒に夜の街を歩いていたところを警察に保護されたとか。その後、所咲警察署刑事の丈にたっぷりと説教をされたと聞いたよ」
「そ、それは……」
真冬の顔が青ざめていく。
「何かいかがわしいことをしているんじゃないだろうね?」
「んなわけないじゃん! あんな時間に出てくるあいつらが悪いんだって!」
机を叩いて講義する真冬。
だが、湊には彼女が言っているあいつらというが誰なのかさっぱり見当がつかない。
「?」
「あ、ちが……あいつらっていうのは……」
「友達にでも呼びだされたのかい? もしかしてゲームの友達か? そんな悪い友達なら縁を切りなさい」
「違う友達でもなくて………あ~、ごめんなさい」
しゅんと、俯く真冬。
しおらしくしているのを見てしまうと怒る気をなくしてしまう。
「真冬。僕たちは親子だ。こうやって同じ時間を過ごしているときもあれば、違う時を過ごしているときもある。なんでも全て話さなくてもいいけど、力になれることがあったらいつでも頼っていいんだぞ」
「お父さん……ありがとう!」
「………!」
多分、その時の湊は世界中の誰よりも幸せな笑顔を浮かべていた。
「あ、そろそろ時間! 練習遅れちゃう! 行かないと!」
時計を見上げ、朝食を腹に入れて立ち上がる真冬。
「疲れているんだろう? 今日は休んだらどうなんだ?」
「そこまでじゃないよ! 行ってきま……っとそうそう……」
リビングを出ようとした真冬の足が止まる。
「?」
真冬は時計を見たあと、視線をゆっくりとテレビに落とし、
「ハードディスクに『魔法少女ミラクル・ミライ』って録画されてることがあるけど、お父さんこの時間に何か録画してるの?」
「⁉」
やばい、リアルタイムで見た後、二度見をするために録画していたデータを消し忘れていた!
「録画失敗したみたいだよ? 代わりにアニメが入っていたけど……この時間ってニュースしかやってないし」
だけど、純粋な娘は父親が『魔法少女ミラクル・ミライ』を見ているとは毛ほども思っていない。
「こ、この前、駅伝があっただろ? お父さんお前が陸上やってるから興味が出てさ。録画してたんだよ。ただ、間違って週間予約にしてたみたいだからそれで録画されてたんじゃないかな?」
「ああ、なるほど。お父さんがあんなアニメ見るわけないもんね!」
「あんなアニメって……」
人生の至高の楽しみを、あんなアニメ呼ばわりされて深く傷つく。
「どうしたの? お父さん?」
「い、いや、見るわけないじゃないか! お父さんだぞ?」
「そうだよね。お父さん興味なさそうだもん」
「あ、ああ……」
かつてこんな胸が苦しくなることがあっただろうか。いや、ない。
「どうしたの? お父さん」
「な、何でもないよ……あ、時間が迫っている早く行きなさい」
「うん、行ってくるね!」
今度こそ、真冬はリビングを飛び出して、学校へと向かった。
湊は机に残った皿を片付けながら、仏壇を見る。
仏壇には優しい笑みを浮かべた女性の遺影、真冬の母親大場恵の写真がある。
「恵さん。僕と君の子供はだいぶ大きくなって、反抗期もなくいい子に育ったよ。だけど、僕の趣味を見たら流石に反抗するかな?」
朝食の片づけを終え仏壇の前に座り、恵の遺影を見つめる。
全てを許してくれそうな優しい、聖母のような微笑だ。
『笑って許してもらえると思いますよ!』
以前に春奈が言っていた言葉が頭をよぎる。
「そうだよね。恵さん。僕たちの娘だ。きっと許してくれるよね」
遺影の恵も「せやで」と、なぜか関西弁で湊の背中を押してくれている。気がした。
「さて、じゃあ、気合入れてみますか!」
奮起して立ち上がり、リモコンを握りしめる。
テレビをつける。
『みんな~、あつまれ~! 魔法少女ミラクル・ミライ! はっじまっるよ~!』
どんなに疲れていても、どんなに気分が落ち込んでいても、この言葉を聞くだけで活力がもらえる。
湊は最高にだらしなく、クシャッと笑った。
「忘れ物忘れ物。携帯忘れちゃった」
リビングの扉が開く。
学生鞄を持った慌てた様子の真冬が入ってくる。
彼女は机の上に置きっぱなしの自分のスマホを手に取り、ほっと胸をなでおろした。
テレビから流れるポップな音に気が付き、フッとそちらを見た。
そこには、魔法少女アニメを楽しそうに眺めている父の背中があった。
父が「おっと」とつぶやき、ペン入れに手を伸ばす。
何を取り出すかと思えば、ピンク色のおもちゃのペンライトを光らせ、テレビに向かって振っていた。
「がんばえ~! ミライ~!」
振る動きと、声に迷いはなかった。きっといつもやっていることなのだろう。
「お父さん………」
娘の声に気が付き、父の体が凍り付く。
まるで壊れたブリキの人形のようにギィギィギィ、と音を立てながら振り返る。
「真、冬……!」
この世の終わりが来てもこんな顔はしないだろう。
それほど、絶望と、驚愕と、悲痛に満ちた顔をしていた。
『ミ・ミ・ミ・ミラクル! ゴウ、ゴゴウ! コールミー‼ ミラックル・ミ~ライ~!』
凍り付いたリビングに楽しい歌が流れるが、この空気を溶かしてはくれない。
「きもちわる」
ゴミを見るような目で真冬は父をまっすぐ見つめていた。
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