第2話 大場湊、バーのマスターやってます。
湊たちが住んでいる
バー、「ザルクシックス」に来ている今日の客は二人。
一人はカウンターで静かにワインを飲んでいる右目の上に傷があるワイルドな男。
そして、眼鏡をかけ、原稿用紙を広げた豊満な胸を持った真面目な女学生風の女だけだ。
ワイルドな男はワインを愛おしそうに見つめ、眼鏡の女はペンをあごに、物憂げに外の景色を見つめていた。
「なぁ、湊。お前まだ『魔法少女ミラクル・ミライ』とかいうアニメを見てるのか?」
「ブフッッッッッ~~~~~~~………‼」
ワイルドの唐突な発言に、眼鏡の女は思いっきり噴き出してしまった。
「おいおい突然何を言い出すんだい? 店でそういう話はやめろって言ってるだろ、
ざわめく心を落ち着かせる。そして親友であり、また過去にライバルでもあった
「娘の話はいいだろう。最近反抗期でな。あまり話しかけても返事してくれないんだよ。お前のところの真冬ちゃんはどうだ? 夏美と同い年だろう?」
「うちのは思春期ではあるが、反抗期ではないな。僕の言うこともよく聞いてくれて、僕には勿体ないよくできた娘だよ」
「ウチの夏美と同じクラスで友達同士なのに、どうして夏美はああなってしまったのか……あぁ、なぜパパは嫌われてしまったんだ……」
顔に手を当ててさめざめと泣く丈。
「おいおい、男が泣くもんじゃないぜ。みっともない。男なら黙って子供に背中を見せる。たとえ娘から何を言われようと、どう言われようと、立派な背中を見せ続けることが男親の生きざまってもんだぜ」
丈の前におしぼりを置き、肩にポンと手を置いてやる。
丈は、「へッ」と笑い、涙をぬぐった。
「みっともないところを見せてしまったな。だけど、お前に言われたかねぇな。『魔法少女ミラクル・ミライ』を見ている背中が男親が娘に見せる背中か?」
「ブフッッッ~~~~‼」
再び、眼鏡の女が『魔法少女ミラクル・ミライ』の単語を聞いた途端に噴き出した。
「そ、それは……ンンッ! 娘に見せないからいいんだよ。男はかっこいい背中だけを見せ続ける。それこそが……」
「卒業しろっつってんだ、馬鹿野郎」
「何ィ~、この野郎!」
静かな雰囲気がどこかに吹っ飛び、荒々しく湊は丈の胸倉をつかみあげる。
「いい年こいて何が魔法少女だ。そんなもん見てるよりも競馬でも見てろ、馬鹿野郎。真冬ちゃんがそんな姿を見たら泣くぞ」
「見せねぇからいいっつってんだろ。お前は『魔法少女ミラクル・ミライ』の良さを知らないからそんなことが言えるんだよ。一度見てみろ。そりゃもうドはまりするぞ」
「見ねぇよ。そもそも対象年齢が違うだろが」
「あの、お二人共そこまでに……」
怒る湊と丈を心配して眼鏡の女が仲裁しようと立ち上がる。
「対象年齢だったら、ちゃんと公式ホームページに『女児4~6才 男性20才以上』って書いてあるわボケ」
「嘘こけ、女児アニメが男性をターゲットにしているわけねぇだろ、馬鹿」
「あの」
おずおずと眼鏡の女が手を上げ、タブレットを差し出す。
「書いてあります。ホームページに『女児4~6才 男性20才以上』って」
彼女が開いた『魔法少女ミラクル・ミライ』の公式ホームページの対象年齢欄には確かに『女児4~6才 男性20才以上』と書かれていた。
「おいおいマジかよ……」
静かになったフロアに、乾いた丈の声が響いた。
♥ ♥ ♥
夜明けの所咲の街を朝日が照らしていく。
「ザルクシックス」の裏で湊はダストボックスにゴミを入れながら朝空を仰ぐ。
今日も何事もない一日だった。
「あの、湊さん」
顔を赤らめた眼鏡の女性が鞄を腕に下げて湊を見つめる。
彼女は開店から閉店までずっと「ザルクシックス」の窓際の席に座り、ひたすら原稿と向かい合っていた。
「春奈ちゃん! 今日はごめんね。うるさくしちゃって集中できなかったでしょ?」
眼鏡をかけた小説家を志す大学生、
「い、いえ! ずっと席を使わせてもらうだけで私としては凄く助かってます! バーなのにコーヒーを出してもらって、それだけでずっといさせてくれるなんて……湊さんは本当に優しい人です」
「そんなことはないさ。未来の小説家さんのために、僕としては精いっぱいやれる手助けを、してやりたいだけだよ。もうすぐ賞の締め切りが近いんでしょ?」
「は、はい……でも、今ちょっとスランプで……アルバイトの方も忙しいし……」
春奈の目元をよく見ると、うっすらとクマが浮かんでいる。
「ちょっと待ってて」
「あ、あの、湊さん⁉」
湊は、春奈を置いていったん店の中に引っ込むと、栄養ドリンクを両手に持って出てきた。
「はい、これ。夜を戦う者の必須アイテムさ」
片方のドリンクを春奈に差し出す。
「でもこれ、湊さんのじゃ……」
「いいさ。遠慮なく持っていってくれよ。大丈夫、買いだめして僕はたくさん持ってるから」
ウィンクをする湊。
春奈は安心して、栄養ドリンクを鞄にしまった。
「ありがとうございます。そういえば、湊さん。聞きたいことがあったんですけど……」
「ん? 何だい?」
「魔法少女って本当にいるって知ってます?」
カチンと湊の体が凍り付いた。
春奈の目を見ると、彼女は試すような目をしていた。
湊は深く考え、最適解と思われる答えを口にした。
「それは、君が今書いている小説の書き出しかな?」
湊の答えを聞き終わると、春奈の頬が膨らみ、やがてこらえきれなくなって笑いが漏れる。
「フフ、アハハ……! わかっちゃいます?」
「おいおい、もしかして僕をモデルに小説でも書いているのかい? やめてくれよ。女児アニメを見ている四十路おやじなんて気持ち悪くてたまらないだろう?」
「そんなことないですよ。とっても、面白いです。気持ち悪くなんてありません。そんなことで私が湊さんのこと好きなのは変わりませんよ」
「え?」
「あ……」
カァという音が聞こえそうなほど、急速に春奈の顔が真っ赤に染まる。
「そ、それは! 素敵なおじさまとして、お父さんみたいな意味での好きで、別に恋人にとかそんなんじゃなくてですね!」
「わかってる、わかってるよ。だから、落ち着いて」
わたわたと慌てる春奈の手を握り、安心させてやろうとする。
「――――ッッッ!」
安心させてやるつもりが春奈は沸騰するかのように頭から湯気を出して飛び上がり、俯いて沈黙した。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫ですから、手を放してください……」
「あ、ごめん」
と、春奈の手を放す。
「あ、やっぱり放さないで」
「どっちなんだい?」
「あ、いえ、やっぱり何でもないです。じゃあ、そろそろ帰りますね。昼から大学のゼミがあるので寝ておかないと」
ぺこりと一礼すると駅へ向けて駆けていく春奈。
「ああ、気を付けてね! 小説も大事だけど、無理のし過ぎはよくないよ!」
湊が声をかけると、春奈はくるりと振り返る。
「大声で小説のこと言わないでくださいよ! ……あ、真冬ちゃんにアニメ見てるって堂々と言ってみたらどうですか⁉ 笑って許してもらえると思いますよ!」
言い終わると春奈は駅へ向かって走っていった。
湊は肩をすくめる。
「外で、堂々と言わないでくれよ……全く春奈ちゃんは……」
でも、優しい娘だから、真冬に言っても案外許してくれるかもなと、湊は店の清掃に戻った。
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