第8話
「ラウラ男爵令嬢が消えたんですか?」
朝食が終わったら、父の私室に来る様に言われた。そこで父から開口一番に聞かされた言葉を復唱する。
「ああ、昨日の夜に報告があった。きれいさっぱり消えたそうだ」
パンケーキを頬張る王こと、父。
小さい頃から朝食は別だった理由が分かった気がする。自室で甘い朝ごはん食べてたんだ。
俺の治療が終わった翌日。同じ様に洗脳されていた、攻略対象達にも薬が投与された。全員があっという間に正気に戻ったらしい。
オカンの薬すげーな。
そしてその日の夜。ラウラ男爵令嬢が消えたと言う。
「アイマーロ男爵にはラウラ嬢の事を聞いたんですか?」
「覚えてない……いや、あれは知らないだな。記憶がすっぽり抜けている様だ」
「記憶が?」
「そうだ。そもそも、アイマーロ男爵の息子は死んでいなかった。確かに駆け落ちはしたそうだが、隣国で商売を営んでいた。経営は順調だ。アイマーロ男爵も、孫の姿を見て2人の仲を許したそうだ」
父が報告書に目を通す。
「孫の年齢は10歳と7歳。両方とも男の子だ」
どうなっているのか分からない。そもそも、今まで王家の諜報機関を持ってしても発見されなかった事が、どうして今さら分かったのか。俺と同じ様に皆が狂わされていたのか。
心の奥が冷たくなる様な感覚に襲われ、聖剣ヴィアラッテアを握りしめる。
「ラウラ男爵令嬢がいなくなったと同時に、もたらされた情報だ。おかしな話だ。小娘1人に国中が踊らされるとは」
父が深いため息を吐く。
彼女は何者だったのだろう。
俺達5人の男を手玉に取り、誰にも気付かれず消える等、1人でできる事とは思えない。
裏に何か組織があるのか……。
「まぁ、情報の少ない事件の事を今考えても仕方ない事だ。もう少し情報を待とう。アダルもこれからは王侯会議に出るが良い」
「あ、ありがとうございます。精進いたします」
フォルトゥーナ王国の政策全てを、そこで決定すると言っても差し支えないのが、王侯会議だ。国の重鎮が集まっての会議。
今までは出る事を許可されていなかったが、これからはそれに出ることが叶う。本格的に国の政策に関わる事が出来るのは、とても嬉しい。
「あの小娘のした事は煩わしいが、一つだけ良い事があったな」
「良い事、ですか?私にはそうは思えません」
「確かにお前は被害者であろう。だがな、あの小娘に関わるまでのお前は、生きていながら生きていなかった。私も王妃も心配していたのだ。大きくなるに連れ、人間味がなくなっていくお前を」
「私が、ですか?そう、でしょうか」
どう言うことだろう。記憶が戻る前も俺は王太子として必死に頑張っていたはずだ。
だが、思い当たる節もある。セピア色の記憶。
父が深いため息をつく。
「アダル、あの小娘に会う前のお前に、好きな人はいたか?もしくは嫌いな人間。関わりたくない人間」
その目は王の目ではない。父親の目。俺の事を心から心配している瞳だ。
「嫌い、とは考えた事もありません。私にとっては全ての人々が、守るべき民であり、慈しむべき存在です」
「それがおかしいのだ」
「しかし、王太子教育では!」
「もちろん!臣下や国民の前ではそうあるべきだ。だが、我々も人間だ。反対意見を言われれば腹も立つ。生理的に受け付けない人間もいる。気が効く人材を重用したくもなる。王として、それらの気持ちを隠しながら政をしていくのだ」
「私は……」
声が出ない。好きとか嫌いとか、俺は思った事があっただろうか。両親も誰も彼も同じに見えていた気がする。婚約者であるエヴァ嬢ですら、なんとも思ってなかった。美人だと気付いたのも、最近だ。セピア色の記憶の原因は、俺自身なのか?
「私は、たぶん何も考えてませんでした。エヴァ嬢が美人だと思ったのも、つい最近です」
「私の甘い物好きを気持ち悪いと思ったのも、ついこの間だな」
ニヤっ笑う父。ヤバい。顔に出てた?
「あ、その」
「良い良い。ちょっと前までのお前は、私が甘い物をどれだけ頬張ろうと、気にしていなかった。目の前にいても、心がここになかった。頑張って食べてたのにな」
「父上は、実は甘いものは苦手なのですか?」
「好きだぞ?」
(えー?どう言うことですか……)
「そうやって顔に出るようになって、嬉しいと思う時がくるとは。人生分からないものだ。ただ、髭に生クリームが付いていたら教えてくれ。この間、とても恥をかいた!」
「ああ、それは失礼しました。言うタイミングを逃してしまって」
噛み殺しながら笑う。そう言えば、父の前で笑ったのは何年振りだろうか。
「では、申し上げますね!甘い物の食べすぎですよ。腹が出てきてますよ」
「それは王妃にも言われておる!」
ふくれる父。かわいいな。
今度、街で評判のケーキを買って来てあげよう。
◇◇◇
「そんな話があったんだよ」
ソファの肘掛けに両腕を重ね、その上に顎を置く。ああ、ラッキーがよくこのポーズを取っていたな。
「ふーん、スイーツ王も、ちゃんと見てるのね。見直した」
答えるのはオカン。
今日、オカンことエヴァ嬢は、俺の部屋に遊びに来た。最近は周りが当たり前の様に、二人きりにしてくれる。その意図は、分かってるけど、現実にする気はない!
今日もオカンは細身の紫のドレスだ。ホルターネックのマーメイドラインのドレスは、背中がぱっくり開いている。ドレスの上に纏う長いケープには、繊細な金の刺繍がされている。
これでもかと俺の色を入れてくる!
そして俺は、赤い服に紫のマントだ!つまりオカンの色!
オカンからの訪問伺いの手紙に、洋服の色指定がされていた。バカップルかよ!と、突っ込みたい所だが、ここは我慢だ。対外的にも仲が良い事を見せつけないといけないから。
でも、こんな事やってて、婚約破棄とかできるのかなぁ、と不安になる。
「しかし、ツルペタって何者かしら?痕跡残さず消えるって、あり得ないわよ」
俺はソファでゴロゴロしてて、オカンはカウチで、くだ巻いてる。恋愛要素は0。まぁ、親子なんだから、当然なんだけどね。
「まぁ、いいわ!ポジティブに考えましょう。これで、あんたが死ぬ要素は無くなった、と思いましょう。だから、次行くわよ!」
「つぎ?」
「そう、次!雅也さんを探すわよ!」
「オヤジを?あてはあんの?」
キッと睨まれた。
(あ、はい。座ります。姿勢を正します。はい!)
「あんたと私って同じ誕生日、ほぼ同軸刻に生まれたでしょ?」
「それはやっぱり、一緒に死んだからかなぁ」
俺達は交通事故で死んだ。高速道路を走行中、追い越し車線を走っていたトラックが暴走し、横転した。そこまでは覚えている。だからそこで死んだんだろう。運転してたのは母。母の後ろに俺。父は助手席だった。
「そうでしょ、たぶん。だから雅也さんが転生してるとすれば、私達と同じ日、おおよそ同じ時刻に産まれてるはず」
オカンが空間から紙の束を取り出す。
「そして、これが王都内で私達と同時期に産まれた子供のリストよ!」
バサッとテーブルの上に広がるリスト。結構いるよ?これ。
「余裕を見て、1時間前から6時間後までリストアップされてるわ」
「オカン、このリストってどうやって手に入れたの?」
リストに目を通す。産まれた日時、名前、住所、職業、趣味が書かれてる。
このリスト、怖‼︎
「私の手の者に頼んだのよ?」
「わたしの……てのもの??」
「悪役令嬢には必要でしょ?」
必要なのかな?そこは同意しかねるけど、突っ込んだら、怒られる気がする。
「それで、この人達をどうするの?」
「もちろん、会いに行くのよ!あんたと私で!」
「え?俺達二人で行くと目立つよ。護衛とかも引き連れて行く事になるし」
王太子と王太子婚約者が王都に出るとなれば、侍従、メイド、護衛騎士を引き連れての行幸となる。簡単にできる物ではない。
「あんたがいれば護衛なんていらないでしょ。まぁ、でも目立っちゃダメよね。そこは分かってるわ」
自信満々に語り出したオカン。前世の経験から分かる。これは何かをしでかす時の顔だ。
「変装して町に出かけましょう。二人で!これから毎日、あんたの所に来るからさ。二人で抜け出して、会いに行けば問題ないでしょ」
「はー⁉︎何言ってんの!問題ありありだよ。城内の警備を抜けて、街に行った事が知れたら、警備隊長の死活問題になっちゃうよ!」
「バレなきゃ良いでしょ。ヘタレねぇ。あんたは」
そう言う問題じゃない!と言って、出来ない理由を並べたいが、そこはオカンも分かっているはずだ!ここは別方向から攻めるべきだと、策を巡らす。
「俺、庶民の服とか持ってないし」
「あるわよ。ほら」
当たり前の様にずるっと空間から服を出す。この作戦は失敗する予感はしてた。次だな。
「いや、でも誤魔化せるのって1時間くらいでしょ?それで、王都と王城を行き来するの厳しいんじゃ……」
「あんた、転移魔法使えるんでしょ?それでパッと行って、パッと帰って来れば良いじゃない」
「あれは先に転移陣を設置しないとダメなんだよ。今から王都に向かうと設置して蜻蛉返りする事になる」
「今日はそこまでで良いわよ。明日から、探せば良いんじゃない?」
「でも……
「でもでもでもでも、うるっさいわね!あんたを助けるために、私が何年間尽くしたと思ってんの!18年間よ!18年間、雅也さん探し諦めて、あんたの為に頑張ってやったんでしょうが‼︎」
立ち上がって叫び出すオカン。
作戦失敗!しかも火がついた!関係ない所にも飛び火してる‼︎
「あんたのために、寝ずにおっぱいあげてやった恩も忘れて、あげくこの18年間もない事にするってわけ!親不孝にも程があると思わないの⁉︎本当なら、あんた放っておいて、雅也さんを探しても良かったのよ‼︎」
あ、これ選択肢ないやつだ。前世の記憶で良く分かる。
「あんたの答えはYESしかないの!それ一択なの!グダグダ言ってる暇があったら、さっさと着替えなさい!こっちは一分一秒だって惜しいのよ!」
「あ、うん。分かった」
(ゴメンナサイ。ワガママ言いません。許して下さい)
「わかった~⁉︎それ違うでしょ!」
鬼の形相で睨まれる。そうだね。子供の頃から、こう言う時の返事は決められてたね。
「YES、マム」
「よろしい」
満足顔のオカン。
いつも思うけど、このセリフってなんなの?
◇◇◇◇◇◇◇
隠蔽魔法を行使ししながら、空を飛ぶ。
オカンは医療系魔法と生活魔法しか使えないと言うので、俺がお姫様抱っこする。ドキドキするかと思ったけど、全然しなかった。運んでいる間も、子供の頃のことをあーだ、こーだ言われる。
お陰で俺の精神はズタボロだ。
「とりあえず、大聖堂の近くに陣を張るよ。都市の真ん中だしね」
「こんな目立つ所で大丈夫なの?」
俺が陣を作ろうとしてるのは、都市の中心部にある大聖堂を取り囲む門の、角。人の行き来があるところだ。
「大丈夫だよ。俺にしか見えないし、俺にしか使えない。しかも、転移する時には認識阻害の魔法を組み込むから、周りには俺達が何をやってるか分からないから」
「へー、伊達に聖魔法士団長なんてやってないのね」
聖騎士団長も聖魔法士団長も、血統で選ばれるんじゃないですよ。オカン。実力主義なのよ。オカンも大概、俺に興味ないよな。今更だけど。本当にオヤジしか興味ないんだな。
オヤジはとてものんびりした人だった。オカンがギャーギャー言って怒っている時に、いつもまぁまぁって言いながらニコニコ笑ってた。
趣味は料理。両親は共働きだったから、料理は家にいる誰かが作る、が我が家のルールだった。でも圧倒的にオヤジが多かった。
趣味だから良いんだよーって笑ってた。
ちなみに俺はオヤジに怒られた事がない。そもそも、そんなに怒られる事をした覚えもない。そう言えば、反抗期もなかった。
逆らっても無駄だと、思っていた。オカンに。
オカンと呼び始めたのは、小学校高学年の頃。ママと言うのが嫌で、母さんって呼んだら怒られた。じゃあ、お袋って言ったら、更に怒られた。オカンなら良いよ、って言うから、オカンになった。理由は良く分からない。ちなみに、マムでも良いよって言われたけど、それは俺が却下した。
オヤジは何でも良いよ~って言うから、オヤジ。
俺達親子は仲が良かった、と思う。家族で年2回は旅行に行った。二人とも休みは不定期だったけど、俺の休みに合わせて休みを取ってくれた。ラッキーが生きてた時は、ラッキーも一緒に車で国内旅行。犬と泊まれる宿は限られるけど、ペットホテルに預ける事なんて出来なかったから、どこまでも一緒に行った。
オカンは、ラッキーは良い子だからペットホテルでも大丈夫、って言ってたけど、俺が無理だった。でも、俺だけじゃない。オヤジも預けるつもりはなかった。
ラッキーは老衰で眠る様に亡くなった。
看取ったのは俺とオヤジ。二人して、涙が枯れるまで泣いた。オヤジは俺を抱きしめてくれたけど、そうしないとオヤジも耐えられなかったんだろう。今なら分かる。
麗と付き合いたいと相談したのも、オヤジだった。麗の病気の事を誰よりも分かっていたオヤジは、辛い事になるかもよ、っと哀しそうな顔で言った。でも、反対はしなかった。
一緒にオカンを説得しよう、って言ってくれた。
オヤジは看護師だった。温厚で、気が回るオヤジは、実は人気だったらしい。
オヤジに一目惚れしたオカンは、ライバルを跳ね除け、時には蹴落とし彼女の座をゲットしたらしい。そしてオヤジは、入婿になり、三角雅也になった。
実は私も燈子さんに一目惚れだったっんだよ。ってオヤジに聞いた事がある。
恥ずかしいから内緒だって言ってた。
だから、この事はオヤジと俺だけの秘密だ。
「今日はここまでね」
腕組みし、大聖堂の大時計を見るオカン。
実は城に来た時の服装のままだ。現在、俺達2人には認識阻害の魔法をかけている。正直言うと、自身に大量の防御結界を張っているオカンに、魔法をかけ続けるのはメンドイ。だから着替えようと思った。
オカンがドレスの着替えを手伝えって言うまでは!
なんでこんなにデリカシーがないんだろう。
オヤジ、俺にはオカンの良いところを見つけられないよ。一刻も早くオヤジを見つけたい。胃に穴が開いちゃうよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます