第7話
目覚めと同時に大きく息を吸う。
呼吸が思いっきりできる幸せを噛み締める。
手を握る、開く。なんとスムーズに動く事か。
勢いをつけて起き上がる。勢いがつき過ぎて、でんぐり返しをしそうになる。
ギシギシ言うベッドは床板が腐ってきてる。譲り受けた物だから仕方ない。あるだけマシだ!
かび臭い部屋で背伸びをする。西向きの屋根裏部屋には、小さい天窓が1つあるだけ。換気もできない。
雨が降ると水が漏れる天井。布団はびしょ濡れになり床も水浸しになる。お陰で部屋は常にかび臭い。
冬は隙間風で凍りつく。薄いかび臭い布団と、数えるほどしかないボロボロの洋服を重ね着する事で耐えてきた。
ご飯は1日1食。家族が食べ残した食事を必死で漁る。食べ残しがない時には、空腹のまま眠る。
こんな最悪な環境にも関わらず、風邪一つ引かず、元気だ。健康って素晴らしい!
食事を満足に取れないから、体は骨と皮だけでガリガリだけど元気に動く。
朝早くから屋敷の掃除をし、次は洗濯。終わったら庭の草むしり。それが終わったらお風呂を沸かす。
その後はお待ちかねの、家族の夕飯の片付け。この間は羊肉の骨つきロースに肉が少し残ってた。嬉しくて涙が出た。肉は何ヶ月ぶりだったか。
私の名はコスタンツァ・メルキオルリ。メルキオルリ伯爵家の長女。
メルキオルリ伯爵家の家族構成は父、母、そして双子の妹。両親は双子の妹を溺愛していて、私はいないモノとして扱っている。
昔は違った。両親は私と妹を分け隔てなく慈しんでくれていた。私が生活魔法を使えなくても、『そのうち使える様になるよ』と慰めてくれてた。
この国の貴族の子供は12歳になった時、大聖殿で洗礼を受ける。洗礼と言っても何かの儀式をするわけでない。魔力の保有量を測るのだ。大きい魔力を持つ子供は将来の展望が開ける。逆に少ない子の将来は暗い。
その為、おおよその貴族は洗礼の儀の前に、知り合いの神官に魔力量を測ってもらう。恥をかきたくないからだ。我が家でも例に漏れず、魔力量を測ってもらうことになった。先に測った妹は貴族としては標準値と言われた。喜ぶ両親。標準値あれば問題ない。
次は私。
私の魔力量は0。無能だと判定が出た。
あの時の両親の顔。一瞬にして人ではない何か見る蔑む視線。
あれほど恐怖を覚えた事はない。
それからは地獄だった。温かい南向きの部屋から、西の暗くて狭い天井部屋へ追いやられた。いつの間にか洗礼の儀も終えた事になっていた。私を見た神官に賄賂を渡して、洗礼の儀を受けた事にしてもらったらしい。
初めは与えられていた食事。育ててやった恩を返せ、と掃除や身の回りの世話を命じられ時に、拒否してから食事はなくなった。
それでも家族だったからと、助けを求めた。返って来たのは強烈なビンタだった。
口の中に血の味が広がっていく事に、恐怖した。
その後は使用人以下。奴隷の様な扱いだ。
単純な暴力は人の心を縛る毒だ。
恐怖で身動きできなくなる体。助けを求める気力すらなくなり、ただ自分を卑下するばかりになる。全て悪いのは自分だと、自分で自分を縛り付ける。
そうやって生きていく事しかできなくなり、下を向いて歩く日々。楽しい事も何もなかった。
それでも人は生きていけるらしい。
無気力のまま生き続け、私は15歳になった。
その頃、お友達ができた。小さな小鳥さん。庭掃除をしていると、私の肩に止まってくれた。そんな事で幸せを感じられる様になる。
私の心に温かい何かが灯る。
それが癇に障ったのだろう。
屋根掃除をしている時に、何かに引っ張られ落ちた。落ちる際に、中庭にいる妹が見えた。満足そうな下卑た笑み。私は頭から落ち、そのまま意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夢の中で男の子に会った。
両親が嫌いと泣きついた。
僕は○○○ちゃんが好きだよ。
そう言ってくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目を開けたら、小鳥さんが覗きこんでいた。屋根から落ちたはずなのに、傷1つなかった。古傷もなくなっていた。
なぜか夢の中の少年を思い出した。
それからは地獄の日々が増した。嫌な事があれば呼び出され、殴られる。殴られるだけじゃない。鞭で叩かれ、熱い鉄の棒を押し当てられる。
だけど火傷の跡も鞭の痣も、いつのまにか消える。殴られて蹴られて骨折しても、気が付けば治っている。
(なんの回復魔法も受けてないのに)
不思議な事だと思ってる。それは周りも同じ様に思っているのだろう。益々、不気味な存在として扱われる。
仕方ないと思うしかない。たぶん、私はこうやって生きていくのだろう。
お友達の小鳥さんが天窓に降りてきた。私の唯一の友達。
時折り夢に出てくる少年と小鳥さんだけが私の心の支え。
私の夢の中の恋人。
名前は、サクヤ。
黒髪、黒目の男の子。
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