第18話

「「「「ありがとうございました」」」」


 バレー部の練習試合も無事うちの勝利で終わり、僕も最後に助っ人らしいことをすることが出来た。人生初のスパイクが試合の決定点になるとは思いもしなかったが、存外気分の良いものだった。


「あのぉ~。お名前教えて貰ってもいいですかァ~?」


「あ、ワタシも~」


 綾瀬はと言うと、先程まで敵対視されていた相手チームの選手に囲まれている。試合後に綾瀬の爽やかな笑顔で「良い試合だったわ」と言われれば誰でも堕ちるだろう、しかしそのカリスマはもはや洗脳レベルにまで到達している気がするのは僕だけだろうか。


 一方の僕というと、最後にスパイクを決めたのにも関わらず特に何も言われるでもなく、コート外のベンチでこうして座っている。横には鼻血が止まったつくしがいる。


「いやぁ~凄かったっスね」


「あいつは完璧だからな。敵だった子も綾瀬に夢中になる、そういう人間なんだよ」


「あ、自分が言ったのは奥路センパイのことっスよ?」


「僕が?」


「最後のスパイク、めっちゃかっこよかったっス! やっぱりどこかでバレーやったことあるんじゃないんスか? 前半のサーブもやばかったし、絶対経験ありまスよね?」


 つくしは疑うような、期待するような、そんなどちらとも取れない視線を僕にむけてくる。一体僕になにを期待しているんだか。繰り返すようだが、僕に部活動の経験などない。バレーなんて中学と高校の体育で何回かやったことがある程度だ。


 それに僕が凄いというなら、綾瀬はどうだ。綾瀬も当然バレー部に所属したことなど一度もない。僕と同じく授業でやった程度の経験しかないはずだ。だというのに、本職の平川と遜色ない活躍をしている。褒めるなら綾瀬の方だろう。僕ではない。


「綾瀬先輩は出来て当然って感じあるじゃないスか。何をされても逆に驚かないっス」


「……あいつもあいつで、周りの期待に応えようとしてるんだよ。その点僕は誰にも期待されてなかったから、ちょっと活躍しただけで驚いて貰えるのさ。注目度の違いだろうね」


「そんなことないっス、少なくとも自分は最後のプレー、奥路センパイのこと応援してたっス!」


「なら、僕が頑張れたのはつくしのおかげかもな」


「えへへ……照れるっス」


 つくしは照れ隠しなのか髪の毛を指でいじって誤魔化す。恥ずかしがるだなんて、快活そうな外見の割に可愛い一面もあるではないか。僕はつくしの頭を撫でて、綾瀬の方へと向かう。



「綾瀬、お疲れ様」


「真ちゃん。最後のあれ、格好良かったわ。流石真ちゃん、決めるところで決めてくれるわね」


「あれは運が良かっただけだよ。それより綾瀬が来てくれて本当に助かったよ。親戚の家から帰ってきてすぐなのに、悪かったね」


「いいのよ。真ちゃんに誘われたのって久しぶりだもの、たとえ用事があったとしてもすぐに駆けつけるわ」


 実際、僕からの連絡を受けて数分もしない内に学校に到着したのだから、綾瀬の言葉の説得力が凄い。綾瀬の家から学校まで数十分かかるはずなのだが、一体どういうことやら。


 もしかして僕に呼び出されるのを予期してスタンバイしていた、なんてことは無いだろうなと思うが、あり得そうで怖い。


「ところで真ちゃん、私に助けを求めて私は協力したわ。つまり、何かしら報酬があっても良いと思わない?」


「報酬? 何だ、お金なら持ってないよ」


「もう! 誰もそんなものが欲しいなんて言ってないわよ。私はご褒美が欲しいの、ご・ほ・う・び♪」


「そんなこと言われても、僕があげられるものなんてない。そりゃ、綾瀬には感謝してるけどさ」


「じゃあ考えておいて。いつでもいいから、待ってるわ」


「あ、ああ……分かったよ」


 ご褒美、か。菓子折をあげるとかで済むわけ、ないよな……。


 仕方がない、いずれ今日の件の礼をするまでに、何が良いか考えておこう。とはいえ、ゴールデンウィークももうすぐ終わるし、月末には中間テストがある。何かするなら今月中旬までにはやらないといけないな。


「楽しみにしてるわね♥」


 うぅ……そう言われるとハードルが上がるな……。





「平川……」


 着替え終わった後、僕は体育館の外にいた平川に声を掛ける。平川は一人先に着替え終えると、それまた一足先に体育館を出たので、気になって追いかけたのだ。試合が終わってから何だか元気がない。疲れが溜まっているのだろうか。


「奥路、最後のスパイク凄かったじゃんか。やっぱ、私が見込んだだけはあるな」


「たまたまだって。でも、助っ人として最低限の仕事は出来たようで良かったよ。お前の顔に泥を塗らなくて済んだ」


「いや、どうかな。少なくとも私は、ちょっと残念だったぞ」


「え?」


 平川の不満そうな声に、思わずドキリと心臓が跳ね上がる。やはりあの程度の活躍では不服だったと言うことか。それも仕方がない、結局三セット目は僕は一点しか取れていないのだから。しかも最後の決着点だけを持って行くという美味しいとこ取りだ。


 だが、平川は予想外の言葉を口にした。


「綾瀬さん。最後のスパイクの時、奥路との息がピッタリだったじゃん」


「あいつは、他人のアシストに回っても上手いんだろう」


「そうかなぁ……。少なくとも私にトスする時よりも、もっと……」


「……?」


「いや、何でも無い! 悪いな、何か愚痴っちゃったみたいだわ。用事あるし、私帰るわ!」


「あ、おい平川! ……何を言おうとしたんだ、あいつ?」


 綾瀬が僕に出したトスが上手いことに不満を持ったのか? だが、何故そんなことを気にするというのだろう。バレー部の自分よりもトスが上手いから対抗心を燃やした、なんて単純なことではないだろう。


 平川の表情、とても複雑な感情を抱えている、悩める少女の顔だった。一体、何を考えているのだろう。僕には知る由もない。


「平川、綾瀬。何がどうなっているんだ、分からない……全然……」

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