第16話

「スパイクくるわ!」


「あっ」


「ナイシャッ!」


 こちらのスパイクがシャットされてしまい、相手の得点となる。状況は16ー12。一セット目に比べたら勝負になっているが、このままだと追いつくのも難しい。既に一年生は息切れしている子も出てきている。圧倒的に不利な状況だ。


「えい!」


「くそっ!」


 高い打点から放たれる相手のサーブ。僕は精一杯引きつけて腕でボールの勢いを殺し、味方にボレーを上げる


「ナイス奥路! もってこい一年!」


「平川先輩、お願いします!」


「しゃあっ!」


 平からの足にバネが生えたかのような跳躍力から放たれる、渾身のスパイク。それは相手チームのブロックを打ち破り、見事得点をものにする。流石はエース、だが平川にばかり頼っているのも危険だ。相手も平川をマークし始めるだろう。


「奥路、次のサーブ頼む」


「えぇ、僕か……。流れを引き戻さなきゃいけないこのタイミングで……」


「奥路センパイがんばるっスよ! ガツンと行っちゃってくださいっス!」


 いつの間にか後輩のつくしまで僕を応援してくれている。これは失敗は許されない流れだ。慎重に入れていこう、ネットに当たってサーブ失敗なんてオチになれば再び相手の流れに戻ってしまう。


 僕は大きく深呼吸をして、ボールを真上に投げる。そして、一気にエンドラインに向けて助走をつける。大きく跳躍してスパイクの打点と同じ高さに到達する。今だ、と思い切って腕を振り抜く。


 スパンッ! と気持ちの良い音が響く。すると審判役の顧問がこちらのチームの得点であることを告げる。それはつまり、サービスエースってこと……なのか?


「馬鹿野郎奥路てめぇ~! いきなりジャンプサーブやるやつがあるかよ! 失敗したらどうすんだこら~! でも決めるところで決めやがって、こいつ~!」


「凄いっス! めっちゃ打点高かったっス! 奥路センパイ、身長高いだけはあるっスね~!」


「えっと、あの、ありがと。ところで、点取ったからまた僕がサーブしなきゃいけないの? 交代とかしちゃ駄目な感じかな」


「駄目だ!」「ダメっス!」


 どうやら拒否権は無いらしい。たまたまいいサーブが打てただけで、次もあんなサーブを打てる自信はないし、今度こそ失敗しそうで嫌なのだが……。サービスエースを取ってしまったせいで、相手校からも不穏な目を向けられてしまったようだし。



「なにあいつ、さっきまで素人っぽい動きしてたくせに」


「タッパがあるからって調子乗ってんじゃ無いの。才能があれば技術はいらないって感じ? ムカつく」


「ていうかさぁ、何でウチらがこんな弱いやつらとガチで試合やっちゃってんの。ウケるわ」


「それな-。こんなやつらさっさと倒して休みたーい」



 格下と見くびっていた相手にまさかの失点を許してしまったからか、それとも試合も後半に差し掛かり集中力が切れたのか。相手チームの愚痴がぽつぽつと湧き始める。


 運動部とはこのような会話を日常的に行っている連中なのだろうか。とてもじゃないが僕には馴染めそうに無い。他人の悪口を言うこと自体は仕方がないと思うところはある、しかし本人に聞こえるように言うのは違うだろう。それはもう、明確な悪意だ。


 思えば試合前からそういう態度が散見されていた。最初はこちらに一年生が多いから、そういう文句を言われても仕方ないと思っていた。しかし――



「特にあのポニテのやつ、下手なくせに必死こいてプレーしてて、見てるこっちが恥ずかしくなるんですけど」


「ほんとそれ、ダサすぎてかわいそーよね」


「あはは! ほら駄目だよ聞こえちゃう~!」




「あ、あはは……。じ、自分やっぱり下手なんスかね……」


 つくしが気まずそうに両手の指を絡ませながら、その場に立ち尽くす。二セット目から復活した元気の溢れ出したような表情も再び曇ってしまった。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。つくしのその様子を見て、相手チームの声量はますます大きくなる。


 コートの向こう側から聞こえる声は、もはやひそひそ声という域を超えていた。これは明らかに中傷行為だ。いくら何でもここまでやっていいわけがない。


 気付けば僕はネットの前まで歩み出していた。


「なぁ、君たち」


「はい? 何か用ですか。あ、もしかして降参ですかー? だったら全然オーケーですよ。ウチらもこの後予定入れてるんでー」


 キャプテンらしき子が何の悪びれも無い顔でそんなことを言った。


「さっきからダサイとか恥ずかしいとか言ってるけど、一生懸命に頑張るのがそんなに恥ずかしい? それっていけないことかな」


「え~聞こえちゃってました~? いや、ウチら別に悪口言ってたわけじゃなくて~つい口にしちゃったっていうか? ねぇ~」


「ダサイやつをダサイって言っちゃいけないんですかー?」


「いや、君らが何を思おうと勝手にすれば良いけどさ。本人に聞こえるように言うのは違うんじゃ無いかな」


「すみませーん、次から気をつけまーす」


 にやにやとした笑みを浮かべたまま、相手チームは各自のポジションに戻っていこうとする。どうやらこちらの意図は届いていないらしい。それならそれで仕方ない。どうやったって話が合わない人はいるものだ。こちらが熱くなるだけそんというもの。


 ならば目には目を、試合でやられたら試合でやりかえせというのがスポーツマンシップに則ったやり方だろう。

「一応聞いておくけど、バレー未経験の子に負けるバレー部ってダサイと思う?」


「はぁ? そりゃそーでしょ。そんなの恥ずすぎてバレー部辞めるレベルって感じ」


「そうかい、なら安心だよ」


 僕はボールを拾い、再びコートの外まで歩いて行く。そして先程と同じ、いやそれ以上の力でサーブを放つ。またもやスパンッと心地の良い音が体育館に広がった。


「え……」


「まだまだ行くよ」


 スパン! スパン! と連続して音が鳴る。僕がさらにサーブを打とうとすると平川に止められる。何か問題でもあっただろうかと不安に思うと、スコアボードは16ー25と表示されていた。


 一セットが二十五点マッチだから、二セット目はこちらが取ったことになる。次の三セット目を制したチームが今日の試合の勝者となるというわけだ。これは俄然やる気が湧いてくる。


「なんなんスか奥路センパイ!? 実はバレーの経験があったんスか?」


「それならそうと言ってくれよな。私にまで隠してるなんて酷いじゃないか~」


「いや、だからバレーは素人だって言ってるだろう? 小学校から授業で毎年やってるけどさ」


「じゃああのサービスエースの山はなんなんスか! あれが素人のやることっスか!」


「あれはほら……あっちの子たちにつくしの頑張りを馬鹿にされたのがイラッときたから、つい張り切っちゃったというか」


「うぅ~……奥路センパイいい人っス~……!」


「泣きながら抱きつくのはやめようね……。そ、そんなことよりまだ試合は終わってないんだから集中しないと」


「そ、そうっスね。自分も気合い入れ直すっス」




 流れが完全にこちらに来ていると思っていたのもつかの間、二セット目を取られたことに怒った相手チームは鬼気迫る勢いでサーブやスパイクを打ってくる。こちらも一生懸命食らいつくが、どうしても実力差が出てしまい徐々に点数が話されていく。


 そんな時――


「痛っ」


「余所見なんかしてるから怪我するのよ! ふん!」


 つくしの顔に相手のスパイクが直撃してしまうアクシデントが起きた。つくしは鼻を押さえながら「大丈夫っス」と言うが、鼻血が流れているのが分かり、一旦休憩が挟まれることとなった。


 僕はつくしを外の手洗い場まで連れて行く。手洗い場まで到着するとつくしは手を鼻から離す。するとどくどくと鮮血が溢れ出してしまう。口の中にも入ってしまったのだろう、つくしは咽せってしまう。つくしの背中をさすり、ぽたぽたと垂れる鼻血を蛇口の水で流すくらいしか出来ない。自分の不甲斐なさを痛感してしまう。

「大丈夫か……?」


「ずびばぜん、おう゛じぜんばい……」


「ごめん、まだ鼻血出てたね。無理して喋らなくて良いよ」


「けほっ。でも、自分のせいでメンバーが足りなくなるっス……」


「怪我したんだもの。仕方がないさ」


「自分……やっぱりダサイんスかね……。下手くそなりに頑張っちゃいけないんスかね……」


 いつの間にかつくしの瞳から大粒の涙が零れ始めていた。悔しさと、切なさ。それ以外にも彼女の中に色々な感情が渦巻いていることだろう。この涙はそんな彼女のたくさんの思いがごちゃまぜにされた結果漏れてしまったのだ。


 悔しそうに唇を噛みしめて泣くつくしを見て、僕は上手く慰めることが出来なかった。何と声を掛ければ良いのか、部活をやってない僕には分からない。声を掛ける資格も無い。偉そうに何かを言える立場では無いと思ってしまうのだ。


 しかし、つくしが絞り出した言葉に僕は突き動かされることとなる。



「好きだからって理由だけじゃ、駄目なんスかね……!!」


「っ……」


 好きだから。理由はそれだけしかない。実力が伴っていなければ、好きという感情さえ許されはしないのか。それは誰が決めたことだろう。「好き」に周りの許しがいるのだろうか。それは誰に請えばいいのだろう。誰かの「好き」が違う人の「ダサイ」になるとして、それで行動してはいけないことになるはずがない。


 そうだ、好きだから。かつては僕もそれだけを理由にあの子と一緒にいた。それがいつしか、周りの誰かに「気持ち悪い」と言われたから、それまでの好きまで嘘のようかに扱って。自分の好きと周りの嫌い、あの時の僕はどちらが大切だったのだろう。どちらが大切と思い込んでいたのだろう。



 僕はスマホを取り出し、RINEでメッセージを送る。送信先からは数秒もしないうちに返事が返ってきた。あまりのレスポンスの良さに少し怖いと思うくらいだが、この時ばかりはありがたかった。


「つくし、お前の好きって気持ち。僕はとても綺麗だと思う」


「奥路センパイ……」


「だから、後は僕に任せて。つくしは鼻にティッシュでも詰めて、ゆっくり観戦してくれ」


「え、でも自分のせいでメンバーが足りないんじゃ……」


「待たせたわね真ちゃん! 綾瀬姫乃、ただいま島根より帰還したわ!」



 メッセージのやり取りから僅か数分、綾瀬姫乃が学校の体育館前に現れた。


「真ちゃんからRINEしてくれたの数年ぶりよね。しかも内容が【力を貸して】だなんて、そんなの……貸すに決まってるじゃない!!」


「うん、ありがとう綾瀬」



 こうして、完璧幼馴染の綾瀬がバレーボールに参加することが決まった。

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