第15話

「ふっ!」


「スパイク来るぞ! ブロック!」


 相手校の選手がスパイクを打ち、それをこちらの選手がシャットしようとするも、相手はブロックの隙間を抜いて得点を決める。


「ナイスキー、ナイスキー!」


 これで点数は22ー8。相手チームはレギュラーが勢揃いしているだけあってかなり強い。ベンチにも余裕があるため、六人ギリギリしかいないこちらと違いスタミナで困ることは無いだろう。


 こちらのチームは正直に言ってしまうと平川のワンマンチームだ。一年生も頑張っているが、まだまだ実力が足りない。しかし入部したばかりの一年生に多くを求めるのは酷だし、仕方のないことだと思う。僕はというと、飛んできたボールを拾うのが精一杯。足手まといにならないようについていくのがやっとというのが実情だ。


 なんとか試合の形になってはいるものの、このままでは敗戦濃厚だろう。チームの事情が事情だけに、負けても仕方のない試合ではあるが、助っ人に参加した試合で負けてしまうと僕の責任もでかく感じてしまう。


 平川は額から流れ落ちる汗を拭いながら、悔しそうに呟く。


「くそ、押されてるな……」


「やっぱ一年ばかりじゃきついっスよ平川センパイ~」


「諦めるな、まだ試合は終わってねえ。それに中途半端なプレーをしたら相手に失礼だろ」


「でもぉ~」


 暗い雰囲気が漂うチームに何とか勇気を奮い立たせようとするものの、この状況ではそれも難しい。一セット目の後半にして、早くも諦めムードが蔓延してしまっている。かく言う僕も既に心が折れかかっている。助っ人に来ておいて全く活躍出来ていない焦りから、コートに立っているのが申し訳なく感じてしまう。


 だが試合は終わっていない。相手選手はボールを空に浮かし、サーブするどいサーブを打つ。ボールは不運にも僕の元に吸い込まれるように飛んでくる。


「くっ……!」


「チャンボ!」


 僕の懐へ食い込むような球を何とか拾うも、甘い返球を許してしまう。ボールは緩い山を描きながら相手コートに返っていく。そのまま相手のスパイクへと繋げられ、またもや相手の得点とされてしまった。


 その後も相手の好プレーで連続得点を許し、一セット目を逃してしまうのだった。



「ごめん、下手こいた」


「いや、奥路はよくやってくれてるよ。うちの一年より動けてるし、本当助かってるわ。お前がいなかったらどうなってたことか……」


「僕がいないなら人数が足りなくて練習試合が中止になってただけだ。買いかぶりすぎだよ」


「ったく、褒めてんだから少しは素直になれっての。けどまぁ、このままだとストレート負けだな。去年の大会を見てたから、もう少し勝負になると思ってたけど甘く見てたわ……」


「どうだい、僕を呼んだこと少しは後悔した?」


「いや、尚更呼んで良かったって思ってるぜ。お前のカッコいいところ、滅多に見られねえからな」


「はぁ……?」


 かっこいい? 僕が? 平川のやつ僕をからかっているのか。それともお世辞なのか。


 今日の試合を見て僕が活躍してると判断する人はいないだろう。見る人が十人いれば十人とも、こちらのチームで活躍しているのは平川だと答えるだろう。僕がやっていることと言えばレシーブかトスだ。しかも先程甘い返球をするというミスも犯している。


 まぁ平川のことだ。きっとミスをして気まずく思っている僕に気を利かせてくれたのだろう。その気持ちだけはありがたく受け取っておくことにしておこう。




「はぁ……せっかくの初試合なのに、だめだめっス……」


 平川の横で溜息をつく子がいた。今日の練習試合に参加した数少ない一年生の中の一人だ。明るい色の髪をポニーテールに纏めている、一年生の中でも一際活発そうな子。練習の時は声出しを積極的にしていたが、試合が進むごとに元気を失ってしまったようだ。


 どうやら高校からバレーを始めたようで、一セット目は初々しいプレーで何とかボールに食らいつこうと頑張っていたのが印象的だった。


 その子の顔を覗くと、涙ぐんでいた。待ちに待った練習試合で、あまりにも差が付きすぎて悔しくなって泣き出しそうになっている。


 こういう時、先輩としてどうしたらいいのだろうか……。


 今まで部活動に所属したことが無いため後輩というものを持ったことが無かった僕は、どうしたらいいか分からず、何となくその子の肩を叩いて励ましの声を掛ける。


「ナイスプレー。一セット目は取られちゃったけど、良い動きだったよ。次のセットもその調子で頑張ろうね」


「え、ないすぷれー? 自分がっスか?」


「ああ、だってそうだろう? 相手のセットポイントになってもあきらめず、ボールを拾おうと必死に頑張ってた姿が、悪いプレーなわけないじゃないか。僕なんて半分、諦めてたもの」


「そ、そうっスかね。自分、頑張ってるんスかね……」


「うん。負けるにしても、君は試合を投げ出さずかっこいい負け方を選んだ。それは中々出来ることじゃないよ」


 試合を投げ出したことのある僕だから分かる。結果が出ることを恐れて、逃げ出して。そのことをずっと引きずってしまった過去。後悔の渦に飲み込まれて、考えること全てが暗い方向へと傾いてしまう日々。


 彼女はそんなかっこ悪いことを選択せず、負けることを選択した。いや、それも違う。彼女はただ目の前のことにがむしゃらに挑んでいるだけだ。結果を恐れることもせず、現状に立ち向かったのだ。


 それは何と勇ましいことか。そこにはバレーの初心者も経験者もない。ただ一人の、かっこいい少女の姿があった。それを笑う者がいたら、僕はそいつを打ち飛ばすだろう。彼女は果敢な挑戦者なのだ、その歩みを笑うことが誰に許されるというのだろう。


「なんか、思ってたよりいい人なんスね……奥路センパイって」


「名前覚えててくれたんだ」


「そりゃ、部活の助っ人なんて目立つっスから」


 初対面の子に名前を覚えられ、さらには先輩と呼ばれることに今まで味わったことの無いような感動を覚える。これが後輩を持つということか……! いや、正確には僕の後輩ではなく平川の後輩なのだが。


 しかし「思ってたよりいい人」という言い方が少々引っかかるが、深く追求すれば後悔しそうなので踏みとどまるのだった。こういうところでグイグイと行けないところが僕の悪いところなのだろうな、と少しだけ反省する。


「あ、そういえば君名前は?」


 目の前の少女に名前を尋ねた。僕の名前を覚えて貰っておいて、こちらが相手の名前を知らないというのも不親切なものだろう。この際だから、彼女の名前を教えて貰っておこう。


 少女はニカっと笑い、練習の時と同じ朗らかな声で自分の名前を明かすのだった。


「はい! 自分は下地つくしって言うっス! つくしって呼んでください、奥路センパイ」


「つくしね、次のセットも頑張ろう」


「はい、頑張るっス!」


 ポニテの少女ことつくしは嬉しそうに頷き、僕に拳を突き出してくる。運動部のノリに疎い僕は、たどたどしく右手を出して彼女の拳に合わせるのだった。さっきまで先輩風を吹かせていたのに、こういうところでかっこ悪いのが僕らしい、と思わず自嘲してしまった。

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