第14話
待ちに待ったゴールデンウィークが訪れる。僕の両親は夫婦で三泊四日の旅行に行くことになった。熊本の観光地を巡る温泉旅行とのことだ。三泊四日とはまた気合いの入ったことだが、夫婦仲が良好なようで娘としても一安心。
家を出る前に両親が最後の確認をしてくる。
「本当についてこないのかい?」
「うん、友達と約束があるから。二人は気にせずに温泉楽しんできてね」
「私心配だわ、真が一人でお留守番出来るのか」
「母さん、僕ももう高校生だよ。四日間くらいどうってことないって。変に気を使ってないで、ゆっくりしてきなよ。二人きりで旅行なんて久々でしょう?」
「それもそうね。じゃあ鍵をしっかりしめて、火の元には注意するのよ」
「お土産いっぱいかってくるからね。楽しみにしてなさい」
「うん。いってらっしゃい」
ガチャリ、と玄関の扉が閉まる。家の中は先程までの時間が嘘のように、がらんと静かになる。家に一人きりというのは慣れっこではあるが、これから四日間続くと思うと少し寂しくも感じる。真っ暗な玄関がとても怖く感じてしまうのは、僕がまだ親離れ出来ていない証拠だろうか。
足早にリビングに戻り、テレビを点ける。画面には新幹線が満員で、駅には人が溢れている映像が流れている。リポーターがゴールデンウィーク終盤にはUターンラッシュで混み合うだろうと注意を促していた。なるほど、両親が三泊四日にしたのはUターンラッシュを予想してのことだったのか。それでも十分人は多いだろうけれど。
いつの間にか画面は新幹線の駅から、全国各地の人気観光地の映像に切り替わっていた。九州から北海道まで、あらゆる場所が紹介されている。島根の紹介がされた瞬間、僕は脳裏に綾瀬の顔を思い浮かべた。
綾瀬は今頃、親戚の家に向かっている頃だろうか……。
テレビを見て、漫画を読んで、宿題をして。暇になれば友達と通話をしたり、近所の店に買い物に行く。そんな風に普段の休日と変わらない生活を送っていると、気付けば既にゴールデンウィークは四日目となっていた。
貴重な連休を無為に消化したことにどことなく罪悪感を覚えるも、これと言ってやりたいことも無かったから仕方あるまい。それに一ヶ月前の今頃はまだ春休みだったのだ。それにあと三ヶ月もしない内に夏休みになる。ゴールデンウィークくらいだらだらと過ごしても誰も責めはしまい。
もっとも、これは学生だから許される怠惰であろう。大人からしてみれば、若い内にやりたいことをやっておかないと後で後悔すると説教をくらうこと間違い無しだ。
「ん……そろそろ時間か」
時計を見ると午前十時を過ぎたところだった。そろそろ出かける準備をしよう。僕はタオルと水筒、あと念のために着替えの下着をバッグに詰めて家を出る。母に言われたように、玄関の鍵をかけることを忘れないようにする。
今日はバレー部の練習試合の日で、助っ人に行かなければならない。連休前に平川にRINEで「事前に練習とか出たほうがいい?」と聞いたのだが「問題ナッシング!」と返されたため、一切練習をしていない。本当に大丈夫であろうか……。
学校へ向かう途中、僕は今更ながら少しくらいはバレーの練習をしておくべきだったなと反省するのだった。
学校に着くと、校門には平川がユニフォーム姿で待っていた。流石バレー部のエース、平川は僕より身長は低いが、運動に適した体型をしている。そのため遠目から見ても手足の長さが目を引きつける。ユニフォームから露出した手足は程よく筋肉が乗っていて、日頃の練習の努力が読み取れる。
「お、来たな奥路。いや~マジ助かるわ~」
「友達の頼みだからね、あまり無碍にするのもどうかなと。とは言っても本当に突っ立ってるくらいしか出来ないぞ?」
「だいじょぶ、だいじょぶ! 試合に出てくれるだけで万々歳だよ~。ほい、これユニフォームな。私のお古」
「ええ、お前のサイズなんか着れるかなぁ」
「お、何だ? 喧嘩か、喧嘩売ってんのか? 私の胸が小さいって言いたいのかこのやろうが~!」
「やめろ、胸を触るな。そうじゃなくて、僕の方が身長一〇センチ以上高いだろ。丈とか大丈夫かなって」
「それは安心しろ。お古と言っても間違ってデカいサイズ買っちゃって使わなくなったやつだから」
「それならいいけど、買う前にサイズの確認くらいしなよ」
平川からユニフォームを受け取り、体育館へ向かう。体育館には既にバレーボールを使い、トス回しをしている子たちがいた。なるほど、この子たちがバレー部の新入部員なのだろう。平川と比べるとまだ体も鍛え上げられていない。一年生の内、何人かはトスがぎこちない子もいる。高校からバレーを始めたのかもしれない。
「みんな、こいつが今日助っ人に来てくれた俺の友達、奥路だ。挨拶!」
「「「「よろしくおねがいしゃーす!!」」」」
「……二年の奥路です。バレーは初心者だけど、足引っ張らないよう頑張るんでよろしく」
一通り顔合わせを済ませた後、体育館の隅で服を脱ぎ、ユニフォームに着替える。サイズが合うか不安だったが、いざユニフォームに袖を通すと僕の体にジャストフィットした。体を動かして特に問題が無いことを確認する。
平川は満足そうに頷くとトス回しに参加するよう促した。僕は一年生に混じり、慣れないバレーボールの感触を両手に感じながら、ボールを空に浮かせるのだった。
時計が十二時を回った時、体育館の扉が開かれる。外からバレー部の顧問が他校の生徒を引き連れて体育館に入ってくる。僕らは練習を止めて、相手校のバレー部に挨拶をする。試合の相手は隣の区の学校だ。バレーの成績はうちの高校とあまり変わらず、中堅レベルだと平川が言っていた。
それぞれの高校の顧問が握手を交わし、試合前の挨拶をする。
「本日はお忙しい中、練習試合を引き受けてくださりありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ願ったり叶ったりです……といいたいところですが、事前にお話ししたとおりウチの部員はほとんど休みでして。いやはやお恥ずかしい」
「仕方ありませんよ、ゴールデンウィーク直前に申し込んだのは我々ですし。それに今回は新入部員の実力も見ておきたかったので、お互い都合がいい……ということにしましょう」
「助かります」
どうやら対戦を申し込んできたのは相手の方かららしい。考えれば当然か。練習試合を申し込んだ側の部員が、連休だから休んでいるなんて失礼な話だ。こちらの顧問も事前に部員のほとんどが欠席することを伝えていたのだろう、両者の間に特に険悪な雰囲気は感じられない。
だが選手間は別だった。相手校の選手は溜息をつき、かったるそうに準備運動をしている。まぁ対戦相手からすれば一年生だけのチームが相手など不服なことだろう。いくらこちらに非が無いとはいえ、新学期最初の練習試合にしては張り合いが無いのも事実だ。
「はぁ、せっかく試合が出来ると思ったのに残念だわ」
相手のキャプテンらしき少女がこちらに聞こえるような声量でぼやく。明らかに挑発の意図があるひと言だ。それを聞いてうちの一年生たちは眉をつり上げる。いくら新入部員ばかりのチームだと言っても、そうはっきりと口に出されると面白くないだろう。
平川はそんな一年生の雰囲気を感じ取ったのか、まぁまぁと宥める。自分で良い先輩と言っていただけあって、後輩への気配りはしっかりとしている。
一年生たちは不服そうにしながらも、とりあえず全員落ち着きを取り戻したようだ。下手をすれば一触即発の雰囲気を何とか納めることが出来た。試合となればお互い正々堂々、不満はコートの中で解消しようと平川が活を入れたことも効いたのだろう。
「「「「よろしくおねがいします!!」」」」
こうして、僕たちの練習試合が始まった。
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