第13話

 四月も終わりに近付くある日、体力テストの結果が配られた。新学期の最初の週に実施された体力テストは、クラス替えしたばかりの雰囲気もあり、みんな気合いを入れて取り組んでいた。あれはまだ綾瀬に告白される前だったか。


 この数週間、色々なことがありすぎて体力テストが遠い昔のように思えてしまう。それ程密度の濃い数週間だった。


「今年も綾瀬さんがどの種目もトップだったんだって? 凄いね綾瀬さん!」


「流石綾瀬さん、うちらとは格が違うわ」


「そんな、大したことないわ。みんなも頑張ってたし、単に私の運が良かっただけよ」


 クラスメイトの大半が綾瀬の成績に興奮し、彼女の周りを囲んでいる。完璧優等生の綾瀬は体育に於いても申し分ない成績を残す。去年に引き続き今年も体力テストで学年トップを取るとは、あの細い体のどこにそんな力があるのか謎である。


 彼女が言うように運だけで全種目トップを達成できるのなら誰も努力などしない。そんな偉業を成せるのはこの学校で綾瀬くらいのものだ。彼女は別格だと思わざるを得ない。それ程、僕らと綾瀬では人間としての出来が違うのだ。


 ……いやいや、僕は何を考えている。


 この前、綾瀬が自分も普通の女の子だと言ったばかりではないか。それを直接聞いた僕が綾瀬を特別扱いするのは違うだろう。完璧というレッテルを張り、綾瀬と他の人間を別のものとして見るなど、ある種の差別みたいなものではないか。


 とは言っても、綾瀬の成績が抜きん出ているのはどうしようもない事実だ。僕はそれを黙って受け入れるしか無い。手元にある成績表が、とても恥ずかしいものだと思えてきた。


「奥路~体力テストの結果どうだったよ~」


 平川が自信満々な顔で担任から手渡された紙を持って、僕の元へやってくる。恐らく成績がよかったのだろう、えらく上機嫌だ。こいつは去年の体力テストは学年上位の成績だったはずだ。きっと今年も好成績を残したことだろう。


「特筆すべき点のない、至って普通の成績だったよ」


「へぇ、見せてくれよ」


 僕が了承するよりも早く、平川は僕の体力テストの用紙を巻き上げる。手の早いやつだ、別に見られて困るようなものでもないから構わないが。


 平川はへぇと感嘆の声を漏らすと、自分の成績と交互に見比べる。そして全ての記録に目を通した後、にやりと口角を上げる。何か含んだようなその顔は、僕を不安にさせるには十分だった。


 不穏な空気が僕と平川の間に漂う。こいつが含み笑いをする時は大抵悪巧みをしていると一年の頃から付き合ってきて熟知している。おそらく今回も何か変なことを考えているのだろう。


「奥路にちょっと頼みたいことがあるんだけどさ~」


「断る」


「まだ何にも言ってないのに!?」


「どうせお前の考えてることなんてろくでもないことに決まってるだろう。その顔を見てたら察するさ」


「そんなこと言わずに頼むよ~。お前にしか頼めないことなんだよ~」


「……聞くだけなら聞いてやるけど」


「サンキュー愛してる!」


 平川は両手を合わせて感謝の意を表明する。まぁ聞くだけならただなわけだし、問題はないだろう。嫌ならば断ればいいし。さて、平川は僕に何を頼もうというのだろう。僕の体力テストの結果を見て面白いことでも思いついたのか。僕の成績は大して面白いものでもないというのに。


「ゴールデンウィークって予定ある?」


 ゴールデンウィーク? 何故急にそんなことを聞くのだろう。体力テストの結果と連休に一体何の関係性があるというのか。体育祭は夏休み明けだし、直近で体力を活かせそうなイベントなどあったかな。


「一生のお願いだ! バレー部の練習試合に助っ人で参加してくれ!」


「はぁ!?」


「奥路の身体能力ならなんとかなるだろ、なぁ頼む!」


「助っ人って……。僕に頼むくらいなら他に適任がいるだろう……例えば綾瀬とか」


「いやぁ、綾瀬さんにお願いするのは何だか悪いしさ」


「まるで僕に頼むのは悪くないみたいだな」


 僕をフリー素材か何かだと勘違いしているのではないか、こいつは。そもそも部活の助っ人なんていうのは、最低でも部員と同じくらいは動ける人じゃないと成り立たないだろう。バレーの素人である僕がバレー部員を押しのけてまで練習試合に出るなんておこがましいと思う。


 それに僕は部活に入ったことがない。団体競技の経験が無い僕がいきなり助っ人に行ったら、バレー部内に余計な亀裂をいれてしまう恐れがある。それでは助っ人どころか荒しのようなものだ。


「第一、どうして助っ人なんているんだよ。この前新入生が入部したって嬉しそうに言ってたじゃないか」


「それがうちの部員の半分以上が連休に予定あるみたいでさ。私と一年生しかメンバーがいないんだよ。まぁ練習試合自体、昨日決まったばっかだから仕方ないけどよ~。それで試合のメンバーがあと一人足りないってわけ」


「何ともまあ緩い部活だなぁ……」


「私を助けると思って協力してくれよ~。お前の身体能力ならやれるって~!」


「こんな平凡な成績によく期待出来るなぁ」


 綾瀬に次いで学年トップレベルの身体能力を持つ平川からすれば、僕の能力など大したことないだろうに。だがまぁ、友達が困っているのだ。人助けと思って協力してやるのもやぶさかでは無い。それに部員も一年生だけとなれば、そこまで気を使う必要も無いだろうし。


「分かった、行けたら行くよ」


「お前それ絶対来ないやつだろ~!!」


 実際のところ、ゴールデンウィークの予定が未定なのだから仕方がない。今日家に帰ったら両親に確認を取らなければいけないな、と頭の片隅にメモを書き記しておく。


 それにしても高校二年になって初めて部活に参加するとは。今年の春は本当に色々と起きる不思議な季節だ。新学期が始まった時は、今年も去年と同じ退屈な日々を送るものだと思っていたけれど。もしかすると、変われるのかもしれない。中学の頃から感じていた、変わらない毎日に抱く空虚さを。




「え? ゴールデンウィーク? 島根の叔母さんの家に遊びに行くけれど」


 とは言ったものの、念のため綾瀬に代打を頼めないか連休の予定を尋ねるも、既に先客が入っていた。島根の叔母さんといえば、幼い頃に綾瀬の家に遊びに来ていたのを覚えている。こちらでは珍しい方言の混じった言葉が印象的だった。


「真ちゃんはどこかに出かけないの?」


「分からない、親に聞いてみなきゃ。島根の叔母さんによろしくね」


「ええ、お土産買ってくるから楽しみにしててね♪」


 最近綾瀬と色々あったから、もしかしたら連休にどこか遊びに行こうと誘われるのでは無いかと思っていたが、どうやら僕の思い上がりだったらしい。今年のゴールデンウィークは中学の頃から変わらない、幼馴染とは別に過ごす連休になりそうだ。

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