第2話
「まずは猫、そしてトラック。最後に記憶消去。結構大変だな」
転移してきたのはカナタが事故に遭うきっかり五分前だ。午後三時十二分。交通量の多い道路。完璧だ。
「お、来たな」
まずは路地裏に入って自分の姿を消すところから。透過術を自らに施し、あとはカナタに幻術を仕掛ける。
「や、飛び出したな」
トラックは幻術と衝撃波の合わせ技だ。気絶するくらいのショックを与えてやればそれでいい。
悲鳴とブレーキの嘶き。連れ添って帰っていたあの子と飛び出してきた運ちゃんの記憶を改竄し、周辺の人間にもモヤをかける。気絶したカナタを神の元に転送させて、あとは各役所だとか親類縁者、同級生なんかから彼女の情報を丸ごと吹っ飛ばせばいい。
「妖精を使って、書類は盗んでシュレッダー。記憶は飛ばして、こんなもんか」
たったこれだけの仕事である。転送させたら後は神の仕事だし、正直なところ、この下請け作業だってあいつらがやればそれで済む。もっとスマートにできるだろうし。
「どうすっかな。報告に行く前に久しぶりの日本だ、ここでしかできないことをしようかね」
博打はどこでもできる。やばい薬もどこにだってある。しかし紙巻煙草はここが一番うまい。
コンビニで買おうとすると未成年かどうか身分証を出せと言われたので、彼女にも少し術をかけてごまかした。若く見られるが、時空も時間も飛び越える職業だ、年齢に意味はない。
近くの喫茶店はほとんどが禁煙で、かたっぱしからぶっ壊したくなったが、それは喫煙者の傲慢だ。駅の裏手にある小さな店だけが煙の立ち込めるコーヒー屋だった。
「いらっしゃい」
老人が一人で切り盛りしている。小さな液晶テレビは将棋の中継をしていた。
「アイスコーヒーね」
「あいよーアイスコーヒーねー」
卓上には軽食用の調味料、灰皿、それとそれからぽんと置かれた新聞。仕事終わりにはこの最低限な感じがたまらない。
(仕事終わりだし、少し休んで帰ろうか)
帰る場所は第三世界のぼろい宿の屋根裏だ。その前にアーリンに報告をすませ、報酬をいただく。大した労でもなかったし、もう一件くらいならやってもいいな。
一時間ほどのんびりと煙を愛し、会計を済ませた。今の間に妖精たちも仕事を終えただろう。
店から出ると、駅の改札に向かうカナタの友人が、どこか放心したように携帯端末を眺めている。
(こっちも仕事だ。悪く思うなよ)
忘れたんじゃなくて、消えたんだぜ。あんたの記憶は抜け落ちて、そこにはこれから新しい思い出が詰まっていくんだ。悪いことばかりじゃない。
(なんてのは、詭弁だ)
適当な路地で転移をし、アーリンに報告をする。彼女はかなり上機嫌だった。
「カナタちゃんね、もうすっごい頑張り屋さんなの。山奥に放り出しても平気な顔して、これじゃあピンチを欲しがってるようにしか見えないわよね?」
「いい性格だこと。いいから報酬をくれ」
「もう、付き合ってくれてもいいじゃない」
そうはいいつつ俺の胸に手を伸ばした。頭に直接ぶち込まれる不気味な文言とその効力、今回は無機物に意思を与えるという、規格外のものだった。
「あの子、気に入ったわ。それに相変わらず手際も良かったし」
「見てたのか?」
「ええ。あそこのコーヒー、今度一緒に飲みにいきましょうよ」
「……尻の軽い、いやフットワークが軽いのは嫌いじゃないさ」
「言い直したことは素直に評価するわ」
彼女はこれからもよき依頼主になる。異世界へと転生、または転移させ、そのねじ曲げた未来を覗き見することに飽きなければの話だが。
「ねえ、あなたも異世界に行ってみない?」
「自分で行くよ」
「それもそうね」
それができなくてはこの仕事はできない。
俺の名はジオ。そこらの学生や突然死をしたリーマン、それから老衰した爺さんや婆さんを転生させるのが仕事だ。
これからも依頼はひっきりなしだろう。だが俺が主役になることはない。このお茶目を気取るいい性格の神がそれを望まない限りは。
異世界転生させ屋 しえり @hyaru
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