過疎村戦記

私がこの寒村に来て早半年。

状況は緩やかに悪化していくばかりであった。


この村は行政地域から車で3時間行った場所にあり、人口も50人ほどの寂れた農村である。

私はこの村で、村民全員と顔見知りになり、その信頼を勝ち得ていた。


「村長さん、お帰りなさい」

「ただいま、みんな元気だったかい?」


私は、この村の長として君臨している。

しかしそれは名目上であり、実際は違う。

この村には村長など存在しないのだ。

私のことを村長と呼ぶのは、村人たちが勝手にそう呼んでいるだけに過ぎない。

私の仕事とは、村民たちの相談に乗り、アドバイスするだけのものだ。


「いや〜、行政書士の兄ちゃん居てくれて助かったよ。でもなあ…」


3軒となりの八百屋の主人がうなだれながら話しかけてきた。

彼はこの村唯一の商店主であるが、彼の悩みはもっぱら確定申告である私に関することだ。


「やっぱり兄ちゃんに頼んで正解だったわ。ありゃあもうダメだなぁ。どうにもならねえ」


恐らくポン中のトメ吉さんの事だろう。彼もまた、この村では重要なポジションを担っている人物である。


所有してる土地が電力会社や通信事業者にリースされ、寝ていても収入が入って来る彼の仕事といえば精々週3の駐車場管理であり、他の時間は大体覚醒剤をやってるのだ。

キマっててもせいぜい深酒した酔っぱらいと会話する程度の難度かつ、よくある妄想に脳を支配され迷惑行為や殺人事件などを起こしてこそ無いが、やはり自堕落になってしまっているので肝心な時に連絡が取れず困ってるのだ。

大抵女性をどこからか呼んでキメセクしてるらしい。


「まあまあそんなに落ち込まないでくださいよ。僕だって困ってるんですからね?それに、僕はあの人のこと嫌いじゃないんですよ」

「へぇー……あんた変わってんなぁ。あんなクズ野郎好きになるとか。俺はごめんだぜ」


確かに、初めてこの村に来た際に全裸のトメ吉さんがフラフラヘラヘラしながら村を徘徊してたのは驚いた。

初期の頃は頻繁に駐在に捕まって説諭されて帰されてたらしいが、トメ吉さんも流石に恥ずかしいと思ったのか最近はそういった外出を控えているようだ。

しかし、その代わりにデリバリーサービスで何か注文したり、よくわからない女を連れ込んではヤリまくっているようだ。


ちなみに私は、この村の人間ではない。

私は元いた都会の大学を中退した後、実家のある田舎へと舞い戻った。

理由は単純明快。金がないからだ。元々勉強が得意ではなかった私は、親の反対を押し切って上京し、アルバイトをしながら何とか一人暮らしをしていたのだが、不況の影響もあってバイト先の給料が激減してしまい生活が困難になった。

それでもなんとか頑張ってやりくりしていたのだが、ある時を境に家賃すら払えなくなり行政書士試験合格と同時にアパートを追い出された。

帰省し途方に暮れていた私だったが、ふと目に入った求人広告を見てここへ来たというわけだ。

正直こんなところで働く気はなかったが、時給1100円+歩合制+食事付きという好条件に惹かれてしまったのだ。

この村では、基本的に公務員以外は個人事業主扱いなので、税金を納めることは無い。

よって、住民税や固定資産税などは一切かからない。

つまり所得税も無いに等しいのである。

更に、村民のほとんどが農業従事者であり、副業として農家を営む者も多いため、税金を払う必要もない。

故に、村民たちは皆裕福である。

そのせいか、役場職員の態度は非常に横柄なものになる。

彼らは私のような無職者に対しては露骨に見下すような態度を取るくせに、自分より上の人間に対してはゴマすりをする。

彼らにとって、余所者は侮蔑の対象なのだクソ田舎者共が…おっと、危うく秘められし本音が漏れ出そうになったぞ……。


とにかく、私はこの村において貴重な収入源となっている。

とはいえ、それもこれも全ては結果論に過ぎない。

最初は本当にただのお手伝い程度だったはずなのに、いつの間にか村人たちの信頼を得てしまい、今では村長と呼ばれる始末だ。

この村の住民達は、非常に保守的な考えを持っている。

例えばそれは村八分という言葉に代表されるように、外部に対して排他的な態度を示す傾向がある。

また、それは高齢者に多い傾向にあり、若年者や新参者には比較的寛容な傾向にある。

この村には、若者が少ない。

若い者が少ないということは、老齢人口がどの地域より大きくなる…つまり、やがては人口減で廃村になってしまうということだ。

この村は、この先何十年もの間過疎化に悩まされることになるだろう。

しかし、だからといって今更この村を出ることは叶わない。

私はこの村で生まれ育ち、村の中で生きてきた。

村の年寄りが一人残らず死に絶えるまで私は墓守の如くこの村に留まり続けることになるだろう。

それはそれでいい。別に構わないさ。

だが、この村には娯楽が無い。

テレビやネットなどの情報媒体は皆無だし、そもそも携帯なんてものは使えない。

例外は前述のトメ吉だが…彼は覚醒剤中毒なので除外する。

そして、何よりも致命的なのが娯楽が何もないということだ。

毎日同じことをして過ごす日々。

退屈な日常に嫌気が差した私は、ついに禁断の領域に足を踏み入れてしまうことになったのだ……!


そう、猟銃を使った老人狩りだ。私は、狩猟免許を持っていた。

これは、この村に唯一ある教習所で取得できる資格だ。

この村の住民は殆どが農作業に従事しているため、あまり運転する機会はないのだが、たまにトラクターなどを乗る際に必要となるために取得している人が多いらしい。私は、この村の外に出るために免許を取得した。

勿論、村の外に出ることが目的ではない。

私の目的は、外の世界を満喫することにある。

そのために、まずはこの村から出ることが重要となる。

幸いにも、この村での生活は安定しており、食うにも困らない。

ならば、私がすべき事は決まっている。


「……よしっ」

「どうしました?」

「いえ、なんでもありません。それより、次の相談者の方はどちらですか?」

「あーっとねー……」


今日も、何時もの日々が始まる。

私の人生は、まだまだこれからだ。




終わり。

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