君と僕の大切な宝物は色違いだったね。
「藍、頼む。最後のお願いだ。これから僕が取る行動をしっかりと見ていてくれ!!」
――そして僕は最後の切り札を取り出した。手の動きに合わせて待機中電源を示す
きみさらずタワー、最上階展望台。先端には塔の
……もう間に合わないというのか!?
絶望的な思いに駆られて視線を落としたクーガーの前面パネルに光るオレンジ色の計器類。その中央に表示されたバッテリー残量はすでに
【この
心の底から湧き上がる予感というよりも確信めいた強烈な感情に全身を突き動かされてしまう。もう恥も外聞もない。そう思った瞬間、自分の喉の奥から声が出た。
「藍っ!! かくれんぼの勝ち逃げなんて卑怯な真似を僕は絶対に認めないからな!!」
藍と一緒に遊びまわっていた小学生のころに戻ったような叫び声を上げる。思わず言葉を発した自分自身でも
次の瞬間、無情にもBCLラジオ改のバッテリー切れを知らせる英語ガイダンスが耳もとのイヤフォンから流れた。同時にいままで目の前で稼働中だったクーガーの電源が完全に落ちてしまう。これで彼女との通信手段は途絶えたことになる。
ふたたび暗闇を取り戻した展望デッキにただひとり取り残される。僕は頭を抱えて途方に暮れるしかなかった。失敗の理由ならいくつも脳裏に思い浮かんでくる。藍の前で飾らない自分をさらけ出すのが遅すぎたのかもしれない……。反対に自問自答する。たったひとつの冴えたやり方は今回の計画にはたして存在したのだろうか!?
【おっとぉ!! イベントもいよいよ終盤ではございますが、ここで映画、
藍を連れ戻せず失意のどん底に沈みかけた自分には、いまも地上で行われている桜まつりの
【……いきなりお時間を頂戴してすみません。この会場のどこかにいるある人物に向けていますぐに伝えたいメッセージがありまして。まあ、原作者のわがままと思ってどうかお許しください】
……親父はいったい何を話しているんだ。どうしても伝えたい人って誰だ!?
【今回の原作小説である鐘ヶ淵の梵鐘には作者として並々ならぬ思い入れがあります。じつは過去にも映画化の打診を頂いていたのですが、すべてお断りしてきました。それはつまらないと思われるかも知れませんが、自分の若かりし日の恋文を世界中に公開するような気恥ずかしさも首を縦に振らなかった理由です。これまではそう思ってきましたが、そろそろ私も老齢の足音が聴こえてきました。叶えられなかった過去を手放すには遅すぎるくらいですが……】
【香月先生!! 老齢なんていうにはまだまだ早すぎますよ。主演の蒼木圭一郎さんと同い年な上に兄弟と見まがうほどのイケメンじゃないですか!!】
【ははっ、ありがとうございます。いまをときめく大スターに似ているなんて言われて、それはお世辞でも光栄です。帰ったらさっそく家族に自慢出来ますね。特に私に厳しい思春期の娘がいるんですよ。彼女にお墨付きを貰ったと伝えて驚かせてやりたいです】
司会者とのやり取りに会場は笑いと拍手に包まれる。親父。もうやめてくれ。茶番劇みたいなコメントなんて必要ないんだよ。……ちくしょう、僕は周りのみんなの協力を全部無駄にしてしまったんだ。
【そして映画イベントに参加して確信したことがあります。その事実を彼に伝えたい。……必ず未来は変えられる。俺の過去の失敗に捕らわれ過ぎるんじゃない。頭脳はクール、行動は
「親父――!?」
【おっと、最後は
【……香月先生、一向に構いませんよ。それに僕の遺作になりかけた映画ですから。先生の原作小説に抱く気持ちと同じように強い想い入れがありますので……
】
【これまた素晴らしいコメントの応酬です!! 皆様、おふたりに盛大な拍手を!!】
引用した名台詞は親父の
わざわざ親父が引用したのには何か
「……そうか!! こんな簡単な答えにどうして気が付かなかったんだ」
小説家が
もう一度彼女に向かって声の限り叫んだ。喉が枯れたって構うもんか!!
『藍っ、聞こえているんだろう!! クーガーがなくたって気配を感じるんだ。いまだって姿は見えないけど、差し向かいからこちらの様子をうかがっているはずだ。だってあの日とまったく同じだから。……君が神隠しにあったときもそうだった。藍が大事にしていたピンク色の携帯ゲーム機だけが、方角を示すこの円形プレートの上に置き去りにされていた。だから藍、もういっぺんあの日を仕切り直すんだ!!」
親父からのメッセージに僕はふたたび勇気を貰った。それは記憶を改ざんしてまで無様に逃げ回っていた自分の過去をもう一度やり直すという気概だ。彼女が神隠しに遭ったかのようにこつ然と目の前から消えたあの日の状況。蘇った記憶を頼りにそっくりそのまま円形プレートの上に再現する。このために持参した最後の切り札。言っただろう、これは何もお守り替わりじゃないんだって……。
「藍っ!! 答えてくれ。君にはこれまでの罪を償う義務がある!!」
もしも事情を知る第三者が傍にいたら僕は頭が
これは最期の賭けだ。お互いに傷つくのは承知の上で彼女のそこにあえて触れる。いますぐに伝えたい言葉があるんだ……。
方位を示す円形プレート。その台座の前に立つ自分の差し向かいに置いた藍の携帯ゲーム機。閉じられたままの
ピンク色の携帯ゲーム機の上ぶたが無人のまま開かれる。軽いクリック音を立てた後、上下二枚の液晶スクリーンが作り出した白色光が灯り周辺を照らし出す。
【け、恵一くん、私の携帯ゲーム機をわざわざここまで運んできてくれたの……!?】
辺りの静寂を破って彼女の嗚咽交じりの声が響いた。携帯ゲーム機の灯りに浮かび上がった懐かしい顔を見て思わず安堵のため息を漏らしてしまう。
「ありがとう、藍、やっと僕の前に姿を現してくれたね。元気そうで本当に良かった……」
藍の白い頬に浮かぶ涙の軌跡を見て、僕はその後の言葉を続けられなくなってしまった。どれだけ長い時間、彼女は泣きはらしていたんだろう。生き別れになった二年前と変わらない薄桜色のワンピースの裾がふわりと夜風に揺れる様をしばし見つめる。
「……」
藍の黒目がちな瞳に光彩が揺らぎ、また悲しみの色に染まりかける。はやる気持ちを抑えなから僕は彼女に向かってゆっくりと語り始めた。
「おかえり、藍。これまでひとりでよく頑張ってきたね」
僕の言葉を聞いた途端に彼女の表情が変化する。これまでこらえてきた感情が一気に溢れてしまったのだろう……。
「恵一くん、いままでずっと隠れていて本当にごめんなさい」
「藍、僕はどれほど君の無事を……」
いますぐにでも彼女を抱きしめてやりたい気持ちを必死で胸の奥に封じ込める。僕には先にやらなければならないことがある。
「やっぱり恵一くんは私のことを嫌いになったのかなぁ……」
「……何で藍はそんなふうに悲しい顔をするの?」
「だって、恵一君は私に言ったじゃない。これまでの罪を償う義務があるって!!」
涙で濡れた瞳が彼女の気持ちを痛いほどこちらに伝えてくる。だけど怯んではいられない。僕にしか出来ないことを続けよう。
「そうだね。確かに言ったよ。だけど償う方法を僕はまだ話していない。亡くなった相手の存在を知って自分ひとりが幸せになることに強い罪悪感を感じているんだろう。君がもうひとりの世界線に存在した自分に向けた想いはとても純粋でけなげに思えるよ」
「じゃあ、どうして恵一くんは……!?」
「最後までよく聞いて欲しい。むこう側の君を誰よりも近くで見ていた奴の言葉を伝えるよ。いま藍が手に持っている携帯ゲーム機の中にその答えが入っている」
「私の携帯ゲーム機の中に恵一くんの答えが……!?」
今回ばかりは特に整理整頓の鬼できれい好きな妹のさくらんぼに感謝している。小学生時代にブリキの缶を宝箱に見立ててしまい込んだまま忘れていた僕の携帯ゲーム機が奇跡的にいまでも自宅に保管されていたんだ。上着のポケットから藍とは色違いのターコイズグリーンの筐体を取り出す。あちこち傷だらけでお世辞にもキレイな外観とは言えないが、僕にとっては懐かしい思い出の宝物だ。君と僕を繋ぐ大切な色違い。
「……勝手に君の宝物の中に僕の携帯ゲーム機で保存していたSDカードを入れてしまったことは最初に謝っておくよ。あの日のこの場所で出来なかった続き、どうしても藍に見て貰いたい物があったんだ。君の携帯ゲーム機のメニューにあるアルバムを起動してくれないか」
藍、その中には僕の想いが詰まっている。君の心にどうか届いて欲しい……。
次回に続く。
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