最上階に向かう階段
――
きみさらずタワーの名称には由来がある。ヤマトタケルと彼の妻、オトタチバナヒメ、古代史に残る悲恋の物語から取られたと聞いている。
父親に命ぜられ各地で
これがいまも語られる
現在の
【亡くなった君は私の心の中から決して消えることがありません】
この君不去の言葉に込められた意味には諸説あるが、亡くなった最愛の相手を想ってしばらくこの地から去らなかった……。いまの僕にはその言葉が一番しっくりくるような気がしてならない。
きみさらずタワーの頂上へと向かう複雑な構造のらせん階段は傾斜もきつく、小学生の子供なら大丈夫だが、大人がすれ違うには幅が狭い。子供のころ、
途中にある階段の踊り場から桜祭りの会場を見下ろした。握りしめた銀色の太い手すりがとても冷たく感じる。四月上旬の春先だが、タワーの上は夜風が強く吹き付け体感温度はかなり低い。厚手の上着を着てきたのは正解だったな。
見事な桜の花に覆われた桜祭りのメイン会場は上から眺めるとまるで薄桜色の雲に覆われているみたいだ。満開の桜の花の隙間から大勢の観客が見える。特設ステージのある場所から離れた所にもお花見のシートを敷いた家族連れや団体客も多く見受けられた。夜だと言うのにライトアップされた公園全体から活気が伝わってくる。僕は思わず動きを止めて踊り場からの景色にしばし見入ってしまった。
幸せそうなお祭りの空間に身を置けない寂しさを感じている場合ではないな。いまは目の前の計画に集中すべきだ。気を取り直し、さらに上の階を目指そうとした僕の背後から、ひときわ大きな歓声が桜祭りの会場全体に巻き起こった。
「……イベントのスケジュールどおりだ。親父よ、いつもみたいに挨拶で滑るなよ」
いや違うな、滑りつつ話をいかに長引かせるか? 今回の計画の中で親父が担当するイベントでの
【
これまで出演俳優、制作サイト、マスコミ、すべてに
藍の弟、
『恵一さん、何も不思議がることじゃないですよ。万が一のトラブル用にサブ機として用意していたのがスカイセンサーだったんです。それをあの日、
元々はガチガチの理系人間だった彼の口から、ごく当たり前の日常みたいに語られた事の真相に僕は
こちら側の世界線にいた僕の精神状態はすでに限界だったんじゃないのか?
もうひとりの僕が幸せに暮らしていた日常。そこには藍が存在していた。だが二年前の四月一日に彼女はこの太田山公園でこつ然と姿を消してしまう。さらに追い打ちを掛けるように妹のさくらんぼが事故に遭う。それも自分の身代わりに……。
まだ計画の準備段階だというのに親父や聡に無断でスカイセンサーを持ち出してしまったのも、そんな追い詰められた僕の強い焦りが感じられた。
ややこしい話だが世界線は違っても自分が考えることはまるで手に取るように分るな。
……だとすれば、ちょっと待てよ!?
そこまで考えた僕は恐ろしい事実に思い当ってしまった……。
【藍を絶対に救い出す!!】その誓いはもちろんいまも変わらない。だが僕は彼女を見つけ出した後にいったい何を望んでいるんだ!?
これまで自分自身の立てた誓いに妙な違和感を感じるのは何故なのか分からなかった。だけど今なら理解出来る。意識的に答えを出すのを僕は全力で避けていたんだ。このきみさらずタワーで藍のお気に入りだった場所を、頂上の展望台じゃなく階段の踊り場と記憶の改ざんまでして無理やり思い込んでいたみたいに……。
元々僕のいた世界線に見つけ出した藍を連れて帰るつもりか……。それじゃあ何の解決にもならない!! 彼女は現時点ではひとりしか存在しない。こちら側の世界線から
――そうだ、今回の目的地である屋上の展望台で運よく藍を見つけ出しても、すべてがハッピーエンドに終わる訳じゃない。
ちくしょう、何でこうなるんだよ。ここまでお膳立てが揃っているというのに僕は……。
何もかも投げ出してこの場から逃げ出したくなった。きっと過去の親父も同じ気持ちだったんじゃないか? いや僕以上に残酷な仕打ちを受けたはずだ。何度世界線のループを繰り返しても最愛の相手の死という決められた結果は変えられない。見えざる冷酷な神の手で
たどり着いた無慈悲な答えに打ちのめされて、ショックで手足に力が入らないと言うのに、なぜ僕は屋上を目指して一歩一歩、階段を登っているんだろう。これは本能がなせる
当初は天国への階段と思えた順路が処刑台へと続く道のりに思えた。これまで頼もしく感じられたBCLラジオ改の入ったリュックが、まるで鉛のように重く肩にのしかかり目の前の視界が極端に狭くなってくる。心拍の異常値を知らせるスマートウオッチの
だが、その後に続く彼の言葉を聞いて僕は一瞬で我に返ることになる。
「恵一さん、返事をしてください!!
さくらんぼ!? 妹にいったい何が起こったんだ……。
「お、落ち着いて聞いてください。眠っていたはずの桜さんが急に……」
こちらに呼び掛ける言葉とは裏腹に聡の声が上ずって聞こえる。
まさか最悪の事態じゃないよな!? 震える手でインカムマイクの通話ボタンを押すが、こちらが言葉を発する前に信じられない人物の言葉が耳に飛び込んできた。
「恵一お兄ちゃん。藍お姉ちゃんのもとに早く行ってあげて。屋上の展望台にある二対の銅像の間に立って呼びかけるの!!」
まさか、この声は!? さくらんぼの記憶が戻ったのか!!
次回に続く。
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