色鮮やかな付箋に込められた藍の想い

『なんじゃこりゃ!? 七夕たなばた短冊たんざくじゃないんだからさ……』


恵一けいいちくん、ひどい。あいが大事に使っている国語辞典なんだから。いつもこれを使って一生懸命に勉強しているんだよ』


『それにしてもふせんをベタベタ貼りすぎて逆に見ずらくないのか? 辞典のあいうえお順に赤、水色、黄色、緑、藍の好きなピンク色のふせんも貼ってあらあ!! だから辞典のてっぺんが色とりどりで七夕の短冊みたいだって俺は言ってんの。どうだ、上手い例えだろう』


『……ううっ、恵一くんはずるいよ、ただでさえ口が達者なうえにお父さんが有名な小説家なんだもん。国語の成績だって抜群じゃない。藍だって勉強を頑張って少しでも追いつきたいのに』


『ええっ!? 藍。そんなことぐらいでいきなり泣くなよ!!』


『……そんなことぐらいじゃない。私にとっては大問題なの!!』


『大問題って何だよ!? 俺の国語の成績と関係あるのか……』


『だって藍も勉強を頑張らないと、恵一君といっしょの……。ううん、なんでもない』


『俺といっしょの? ……何だよ、藍。言いかけて途中でやめんなよ。めちゃくちゃ気になんだろ』


『……やっぱりこの話はおしまい。恵一君、今日は藍と給食当番だからそろそろ準備を始めないと先生に叱られちゃう』



 *******



 ……どうして小学校時代の何気ない思い出が突然、頭に浮かんでくるのだろう。


 ああ、理由わけが分かったぞ。このきみさらずタワーに来る途中で見た桜祭りの光景のせいだ。


 会場内の特設ステージに続く桜並木の前に設置された仮設の郵便ポスト。君更津きみさらずの市制施行四十周年記念のタイムカプセル事業の一環で、桜祭りの会場からも地元の小学生が大人になった未来の自分や、大切な人に向けて手紙を出せるんだ。夢があるのは郵便ポストの両脇に桜の木を模したツリーに七夕の短冊よろしく子供の願いごとを書いた紙がつり下げられていた。その光景を見て僕は藍の小学校時代の国語辞典にまつわる付箋のエピソードを思い出したんだ……。


 それにしてもあのときの彼女は妙に照れながら頬を赤らめていたな。いま思えば中学時代ほどではないが、藍の病院への定期的な通院と検査入院はすでに始まっていた。学校の勉強が遅れがちになるのも無理はない。


 ……あのころの僕がもう少し大人だったらつらい境遇の彼女にもっと優しくしてやれたのに。


 そういえば僕たちもタイムカプセルとして未来の自分や、大切な人に手紙を出したはずだが、まだ受け取ってはいない。楽園パラダイスで例の国語辞典を傍らに置いて苦心しながら手紙を書いている彼女の姿が懐かしく思い出される。


『……恵一君、ぜったいに藍の手紙をのぞいちゃだめだよ。もし約束を破ったら絶交なんだから!!』


『見ねえよ。別にお前の手紙の内容なんてキョーミないし……』


 そのときの藍の態度はいま思い出しても笑っちまうな。長い黒髪が机に触れてしまうほど身体全体を使って僕の視線から書きかけの手紙を必死にガードする可愛いしぐさ。言うまでもないが手紙の封筒は彼女の大好きなガナーピーフレンズの柄だった。


 

「……時間だ」


 左腕に巻いたスマートウォッチが振動を伝える。同時に耳につけたインカムマイクのイヤフォンからアラーム音が鳴り響いた。作戦実行の合図に僕は過去の追想から瞬時に頭を切り替えた。心拍数の上昇を告げるモニターにも注意を払いながら行動を開始する。


 今回のスマートウォッチは別に伊達で装着しているわけじゃない。僕の親父が長年の研究とジャンクいじりで培った発明の成果がふんだんに込められているんだ。携帯電話に入れるのは完全に非合法ではあるが、世界線移動時における身体しんたいモニタリングに特化した野良のらアプリを親父は独自に開発したんだ。理系のさとし、彼の尽力も決して忘れてはならない……。


不意に控室で聡と妹のさくらんぼに会った光景を思い出す。聡の表情が曇っていたのは記憶喪失だけでなく、謎の病に苦しむさくらんぼを桜祭りの会場入りさせた親父の真意が分からないからだろう。普通に考えれば病院から連れ出すべきではない。だけど僕には親父の本当の考えが分る。プロット帳に書かれた物語の内容を知らないんだ……。


 ――話を戻そう。元々僕のいた世界線でのBCLラジオ改を用いた時間軸の移動方法は若干正確性に欠ける物だったと言わざるを得ない。僕たちの立てた計画では、このアプリと従来の機器を組み合わせれば行方不明の藍にたどり着きやすくなるはずだ。


 だが安心ばかりはしていられない、あくまでも理論上の話だ。本番ではどんなイレギュラーが起きるか分からない。とにかく気を引き締めてかかるぞ。


 きみさらずタワーの頂上へと続くらせん階段が、自分を藍のもとにいざなう天国の階段に思えた。タワーの入り口は親父の言ったとおりに誰も入れないよう既に封鎖済みだ。僕は階段に足を掛けながら大きく深呼吸して気持ちを整える。心拍数の上昇を告げる警告音アラードはすでに鳴り止んでいた。


 肩に食い込むバッグの重み。中に入っているのは親父が今回の計画のために再度ファインチューニングを施した僕の頼もしい相棒だ。


「――頼むぜ、相棒クーガー、僕を藍のいる場所まで連れて行ってくれ!!」



 次回に続く。



 ☆☆☆作者からのお礼・お願い☆☆☆


 最新話を読んで頂き誠にありがとうございました!!


 いよいよクライマックス編の桜祭りに突入です。 次回もお楽しみに!!


 ※ご存じのかたも多いと思いますが本作品は下記短編作品の続編です。


【あの夏、君と見た真っ白に沸き立つ入道雲を僕はいつまでも忘れない……】


 https://kakuyomu.jp/works/16817139554630987921


 まだ未読のかたがいらしゃいましたらこちらもご一読頂けると幸いです。より物語が楽しめること請け合いです。


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