君に伝えたい想いを花束にして
夕闇に包まれた太田山公園へと続く坂道、その沿道には桜祭りの開催を知らせる提灯が色鮮やかに灯っていた。公園の第一駐車場もすでに満車状態できみさらずタワーのある広場に向かう歩道には人の行列が出来ている。普段とは打って変わった
「ご苦労様です、奥にある関係者駐車場までこのままお進みください」
この大混雑の中をゆうゆうと顔パスかよ!? 親父はいったいどんな裏ワザを使ったんだ……。
「どうした恵一、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるぞ。俺はこう見えても桜祭りの
「ええっ、何で小説家の親父が桜祭りの来賓なんだよ!? 例年は
……そういえば
「まあ、俺は桜祭りの中で開催されるイベントでは添え物みたいな物さ。
妙に嬉しそうな親父の含み笑いが
車は人混みで混雑した沿道から一本外れた小道をゆっくりと進み、公園の頂上付近にある駐車場へ到着する。
「おっと噂をすれば。……いかんな、主賓をかなり待たせてしまったか」
「
車から降りた親父に駆け寄ってきた男性の顔を一目見た瞬間、僕は声をあげてしまった。
「……親父がふたりいる!?」
思わず自分の目を疑うような光景が繰り広げられていた。親父とうりふたつの男性が親し気に握手を求めている。まさかドッペルゲンガー現象か!? いや、違う!! 世界線のメカニズムではひとつの時間軸に同じ人物は存在出来ないはずだ……
。
「国際的な大スターから直々にお出迎えとは恐縮の至りですな。……他のスタッフのかたはどちらへ?」
「どうも物々しいのは昔から苦手で、上で待たせてあります。映画の製作発表イベント以来、ご無沙汰して大変申し訳ありません」
見るからに仕立ての良いスーツに身を包んだ男性のすらりとした立ち姿。照れ笑いを浮かべる表情にはどこか少年のような面影ものぞかせる。
「……構いませんよ、
……あ、
「ローカルなんてめっそうもないです。香月先生の故郷なだけでなく、今回の映画では重要な舞台になりますから。……それに失礼かもしれませんが先生を他人とは思えないんですよ」
「……それは本当に光栄なお言葉ですな。ダンディな蒼木さんに似ているなんてお世辞だとしても嬉しいです。制作発表イベントでもコメントしましたが蒼木さんのファンに怒られなければ影武者として映画のスタントマンに立候補しますよ。特に鐘ヶ淵に飛び込むシーンは誰よりも上手くやる自信がありますので」
「はははっ!! 香月先生一流のジョークに制作発表の会場も盛り上がっていましたよね。それじゃあ僕から監督に進言しておきます。映画のラストシーンでも重要な場面がありますのでぜひ先生にカメオ出演をお願いします」
「ほう、映画の脚本はすでに読ませて貰いましたが、ラストシーンは決定稿ではなかったですな」
「香月先生、その件はのちほど監督も交えてお話ししましょう。……おっと失礼しました、つい話に夢中になりすぎて挨拶が遅れました」
蒼木圭一郎がこちらに向き直り深いおじきをする。妙な気分だな。自分のいた世界線ではすでに亡くなっている存在の彼が目の前にいる。
「私の息子です。ほらちゃんと挨拶をせんか」
「あっ、申し遅れました。僕の名前は香月恵一です。父が大変お世話になっております」
「恵一くん。こちらこそよろしくお願いします。今回はお父様の代表作の映画に参加させて頂きます。素晴らしい原作に恥じないような作品に出来るよう俳優、スタッフ一同全力をつくす所存でこの桜祭りにも参加しました。映画が完成の暁には試写会でご子息の君にもぜひ観て貰えたら嬉しいです」
差し出された手をしっかりと握り返す。言葉だけでなく手のぬくもりから彼の映画にかける情熱が伝わってくる。
お互いに戦うフィールドは違っても目標に向かって進み続ける勇気を相手から貰ったような気がした。行方不明の藍を絶対に救い出すという決意表明を僕も新たに誓う。
「……ありがとうございます。映画の完成を心より楽しみにしています」
蒼木圭一郎からの試写会へのお誘い。ありがたい申し出には応えられないかもしれない。なぜなら僕はこちら側の人間ではないから……。
*******
駐車場での対面を終えて車に積んできた計画の機材を運び始める。親父の説明では映画のキャンペーンも兼ねて桜祭りの目玉イベントでは蒼木圭一郎をはじめとする主要な俳優、監督。そして原作者である親父もきみさらずタワーの前にある公園の大広場で開催されるイベントの壇上に上がるそうだ。何と藍を救出する計画もイベント開催と同時に決行予定だ。聡が計画に驚いていたのは公園の大広場が混雑する瞬間をあえて作戦決行に選んだ親父の大胆不敵さについてだった。
「……恵一、鐘ヶ淵で俺と話したことを覚えているか?」
「ああ、藍がどうしてむこう側の世界線に現れたのかについてだよな」
「この桜祭りを計画の実行場所に選んだ
「……分かったよ。親父」
行方不明になっている
過去に鐘ヶ淵の伝承を利用して世界線移動を何度も経験してきた親父の推論だ。かなりの説得力がある。そういわれてみれば思い当る点も数多く存在する。しかし魂の入れ物たる身体のない状態でなぜ彼女だけが世界線移動を成功出来たかはまだ定かではない……。
もう一度、親父と話した内容を追想する。
自分の家があるべき場所から消えているのを見てショックのあまり、取り乱した藍を僕の家に連れて来た際、すでに世界線移動についての知識がある親父が最初は見えていなかった彼女を目撃して驚いていたのも妙な話だ。それはむこう側の世界線に魂だけ移動し、何らかの理由で実体化した藍の存在が、はかなげで自分やさくらんぼ以外からしっかりと認識されていなかったのではないか? だからアウトレットに向かうバスの中でも、他の乗客が藍の座る席が空いていると思って声を掛けてきたに違いない。
そして藍がむこう側の世界線から消える前にアウトレットパーク内で犬のショコラのお散歩リードに足を取られ、あやうく転倒しそうになった彼女を助けたときに感じた違和感。
――藍の身体は驚くほど軽かった。まるで重みがないみたいに。
次回に続く。
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