鐘ヶ淵の真実
――
僕の住む
古くからの言い伝えによると鐘ヶ淵の名称の由来は戦国時代にさかのぼる。里見家と北条家の合戦で池と隣接する寺院に火が放たれた。これが現在の
その後、鐘ヶ淵では不可思議な現象が頻発し始めた。合戦で亡くなった魂を弔おうと当時の村人が念仏を唱えると水面から何か所も水が湧き上がったり、池の魚を採れば木の葉に変わる。その現象を神様からの啓示だと恐れた村人は
僕の親父の代表作である【鐘ヶ淵の梵鐘】はそんな江戸時代の伝承を
きっと妹は親父への愛情の裏返しで
物語のあらすじは小説家を目指す貧しい青年がふと創作活動の
『……あなたはいったい何者なの? 私の心の中にしか存在しないはずのイメージにぴったりの歌詞を紡げるなんて驚き!!』
少女は
しかし青年にはひとつの疑問があった。なぜ
青年は創作活動に煮詰まったある日、生活が苦しくとも文句ひとつ言わない彼女に向かって、なぜ成功しかけていた音楽活動を辞めたのか? と自分のいらだちをぶつけてしまう。 その勝手な行動にはとても同情出来ないが、彼には家族を養うのが執筆業だけでは賄えない現状への強い焦りもあったのだろう。投げかけた心無い言葉に家庭生活としては最悪の結果である離婚の二文字まで浮かんだ。
……しかし彼女からの答えは驚くべきものだった。
『ずっと秘密にしていてごめんなさい。あなたや子供たちと暮らせる時間は限られているの。私の余命はあとわずかだから。……残された時間は家族と過ごしたい』
予想だにしなかった答えに頭をハンマーで殴られたような衝撃を青年は覚える。彼女から初めて告げられた病名は先天的な疾患だった。生まれつき身体や臓器に異常があり現代医学では手の施しようがないとの言葉に膝から崩れ落ちるしかなかった。
青年は運命の神様を恨んだ。絶対音感というたぐいまれな才能とひきかえに長年彼女を苦しめてきた病。そして音楽よりも幸せな家庭を築くことを最優先した彼女の想いに打たれ、これまでの自分の行動を心の底から悔やんだ……。
別れの足音は春の訪れよりも早かった。桜の花の開花を待たずに彼女は旅立ってしまった。
葬儀の後、失意のどん底に叩き込まれた青年はあてもなく街をさまよった。いつしか彼女との想い出が色濃く残る運動公園にたどり着く。青年は藁にもすがる想いで鐘ヶ淵のほとりに立っていた。実は鐘ヶ淵の伝承には隠された秘密がある。小説の題材として地元の郷土史を詳しく調べていた青年はその秘密に行きあたっていた。それは亡くなった人にふたたび逢うことが出来る現世からの入り口のような場所。それが鐘ヶ淵だと付近の住民からはまことしやかな噂がささやかれていた。
鐘ヶ淵の水面を見つめる彼の鬼気迫る表情は傍から見れば常軌を逸した状態だったに違いない……。
『……冴子、いますぐ会いにいくからな』
青年は入水自殺さながらに神社のある高台から池に向かって身を投げた。……次に意識が戻った彼は最初に見た光景に思わず度肝を抜かれた。目の前のベンチに腰かけてギターをつま弾く少女の姿。
ここは運動公園!? 冴子、どうしてあの日のままの姿なんだ!?
彼女と初めて出会った日まで青年は戻っていた。
――こうして過去をやり直せる
*******
……ここまでが【鐘ヶ淵の梵鐘】前半のあらすじだ。本には明言こそされてはいないが僕には親父の体験に基づく私小説のような内容に思えた。なぜなら巻末には亡くなった母親に向けた一文が
『最愛なるSへ。桜の季節が訪れるたびに悲しむのはもうやめにしよう。君にこの作品を捧ぐ……』
次回に続く。
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