永遠の片想い、ふたたび。

恵一けいいち君、覚えてる? 携帯ゲーム機でよく遊んだよね!!』


『そうだな、ゲームも面白かったけどカメラで写真や動画を撮って、お互い交換して遊んだよな……』


 当時、小学生のあいだで大流行していた国民的な携帯ゲーム機のことだ。本体に二つあるカメラで写真や動画が自由に撮れる。


『恵一君が変顔して、いつも笑わせてくれたよね……』


 お調子者の僕は昔のアルバムを見ても変顔ばかりで、まともな顔で写真に写っていなかった。それでよく妹のさくらんぼに怒られたものだ……。


『そうだ!! まだ持っているかも……』


 急に思い出したようにあいがベッドから立ち上がり、クローゼットを開けると何かを探し始めた。


『あった!!』


 嬉しそうに彼女が差し出したのは、あの携帯ゲーム機だった。懐かしいな、まだ持ってたんだ。


 女の子らしく、シールでデコレーションされたピンク色の筐体きょうたい。フタを開け電源を入れようとする藍。


『あれ? 点かないな……』


 長年充電していなかったせいで、どうやら電源は入らないみたいだ。


『残念だな……』


 子供のような表情になり、がっくりと肩を落とす藍。一瞬当時の彼女と面影が重なって見えた。


『確か、家に充電ケーブルがあったと思うから僕に貸してみろよ』


『本当に!! 恵一くんにお願いしてもいいの?』


『さくらんぼは物持ちが良いから絶対捨ててないと思うよ』


『嬉しいな、また恵一君と話せたことも!!』


 小学生のころに戻ったみたいに二人で笑いあえた。このゲーム機を動かせれば止まった時計の針が動き出すような気がする。藍とまた同じ時間を刻めるかもしれない……。



 *******



 ――そんな明るい未来は決して僕の前には訪れなかった。


 返却するのいなくなった携帯ゲーム機はしばらく自分の部屋にある勉強机の上に置いたままになっていた。その後、机の引き出し、一段目の奥深くにしまい込んでしまったんだ。まるで藍に関する悲しみの記憶ごとすべてを封印するかのごとく……。


 僕の元々いた世界線では藍に訪れた運命は悲しい結末だったはずだ。君更津きみさらず中央病院から一時帰宅していた藍から修理のために預かった後は僕の部屋に置かれていた。数年後、ふとしたきっかけで携帯ゲーム機に託された彼女からの動画メッセージを発見したんだ。


 あの日、部屋で見た動画の中の藍の笑顔が忘れられない……。



 *******



『――ちゃんと、写ってるかな?』


 ゲーム機本体を左右に動かし、確認しているのが映り込んでいる。


『えっと、これは誰にも見せないつもりで、お父さんやお母さんにも内緒です……』


 少し照れくさそうにカメラに向かって語り始める彼女。


『もちろん恵一君にも内緒だよ。これは告白の練習、動画のラブレターなんだから……』


 藍から僕にラブレター?


 驚いて動画の日付けを確認する。おぼろげな記憶をたぐり寄せると、僕が彼女を避け始めた時期と重なる。


『恵一君は最近、藍と遊んでくれません。でも少しホッとしてるんだ。だって恵一くんと一緒にいると私もドキドキしちゃうから』


『恵一君といると、胸の奥がキュッとして心臓が壊れそうになるの……』


 彼女が突然、伏し目がちになり俯うつむいてしまう。


『お部屋の中だけの秘密だから、今日は勇気を出して告白するね。よし、頑張って喋るから!!』


 顔を上げ、意を決したようにカメラに向かう。


『藍は恵一君が大好きだよ!! 将来お嫁さんにして欲しいけど、私、身体が弱っちいからなれるかなぁ、恵一君のお嫁さん。お父さんやお母さんにも藍の身体の事で心配掛けてるから。だけど元気になってもっともっと恵一君と遊びたい。今は遊べないけど私のことを忘れないで欲しいな。中学、高校、同じ学校に通うの。そして、そしたらね、私の隣には大人になった恵一君がいて、一緒に並んで歩くんだ!! 大好きな恵一君に藍の気持ちが伝わると嬉しいな……』


 ……そこで動画は終わっていた。



 *******



 時を越えた過去からのラブレター。彼女のことを一生忘れないと誓ったあの日から、僕の運命はすでに決まっていたのかもしれない……。


さとしくん、どうしてこの携帯ゲーム機が藍の部屋に存在するんだ? そして僕に見せたかったときみが言った意味を教えてくれないか」


 意を決して核心に迫る質問を投げかける。なぜかは分からないが急がなければならない気がして妙に焦りを覚えてしまった。


「……本当に俺も驚いているんですよ。香月先生の仮説通りなんですね。こちら側の時間軸と恵一さんがむこう側の世界線で体験した内容には差異があるって」


 親父の仮説!? これまで思い起こせば謎ばかりだ。こちら側の世界線にいる香月誠治郎かつきせいじろうは見た目も小説家兼発明家という職業も変わらない。しかし僕がむこう側で体験したすべてを分るはずがない。なのにまるでのように知っているのはどういうことだ……。


「……聡くんはこの携帯ゲーム機の中身を確認したのか?」


「いいえ、たとえ同じ家族だとしてもそんな真似はしません。ましてや藍お姉ちゃんの大切な宝物ですから。……恵一さんの質問の答えですが、まずひとつ目はなぜ携帯ゲーム機がこの部屋にあるか。あなたの体験とは違うと思いますが、修理が終わって姉貴のもとに返ってきたんです。結局、内蔵のバッテリーは使えなくて恵一くんが新品と交換してくれた!! ってそれはもう大喜びだったんですよ」


 そうだったのか。こちら側の時間軸では無事退院した藍の手元に携帯ゲーム機は返却されたんだ。それも僕がバッテリーを新品に交換していたなんて!!


「聡くん、悪いけどこの場で携帯ゲーム機の電源を入れていいかな?」


「……はい、藍お姉ちゃんもそう望んでいましたから。もしも自分の身に何かが起こったら真っ先に恵一さんに見せて欲しいって。それがふたつ目の質問の答えです」


 彼女が僕に見て欲しいって……!?


 震える指先で携帯ゲーム機のフタを開ける。上部スクリーンが小気味よいクリック音を立てる。ちょうど見やすい角度で止まる感触もどこか懐かしいな。


「じゃあ俺は自分の部屋に行きますね。じつは楽園パラダイスに入り浸りで学校の課題が溜まってしまって結構ピンチなんです。ゆっくりで構いませんので後で声を掛けて下さい」


 そう言い残して聡は藍の部屋を後にする。彼らしい心配りに僕は感謝を覚えた。携帯ゲーム機の中身を見なかった先ほどの話といい、姉の藍と同じく育ちの良さを感じさせる。


 ひとりっきりになった部屋に静寂が訪れる。折からの雨はいつしか止んでいた。カーテンの隙間から自分の家が見える。ちょうど妹のさくらんぼの部屋だ。雨戸のシャッターが下げられている。それを見た瞬間、現在の状況を思い出して激しく胸が痛んだ。


 僕はここで立ち止まっている暇はないんだ。前に進まなきゃならない。


 携帯ゲーム機の電源を入れる。充電ケーブルがなくとも本体下部にある青色のLEDが灯り、二枚の液晶スクリーンが白色の光りを放った。タッチペンを取り出すのももどかしく指先で直接、画面を操作する。カメラアプリのアイコンを押すが、まっ黒い画面に【準備中です。しばらくお待ちください】と注意書きが出てしまう。


 あまりにも長すぎる待ち時間が永遠に思えてしまう。向こう側の世界線で携帯ゲーム機のアプリを立ち上げたときはここまで時間は掛からなかったはずだ。もしかして動画ファイルが破損でもして読み込めないのか? ……そんな最悪の事態まで頭をよぎった。


 ……動いた!! 思わず安堵のため息が漏れる。


 カメラアプリの中にカレンダー形式のデータフォルダがあり、あの頃の動画が残っていた。もちろん神社で遊んでいた日付けも存在している。画像と動画ファイルを指先の横スクロールで確認する。前回は藍が小学生時代に撮った動画で終わっていたはずだ。


 変わらない内容の物をどうして藍は見せようとしたんだろう? それに聡はおかしなことを言っていた。彼女の身に何かが起こったら携帯ゲーム機を僕に見せると約束していたような口ぶりに聞こえた。


 動画撮影の使用履歴表示がないカレンダーを何枚めくっただろう。僕は半分諦めかけていた。画面に表示される日付けはかなり新しくなっていたから……。


「これは!?」


 液晶画面に表示された日付けに僕の視線は釘付けになってしまう。ちょうど二年前の四月一日に撮影された動画ファイルがあった。小さなサムネイル画像には藍の部屋で撮影されたと思しき同系色の壁紙がかすかに確認出来た。


 僕がまだ見たことのない動画ファイルがこの携帯ゲーム機には存在している!! その驚愕の事実に思わず身震いがしてしまう。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。ゆっくりと画面上の動画アイコンをタッチ操作した。


 動画の再生が始まり、まず画面に映し出されたのは靴下をはいた足先だった。次第にカメラアングルが上方に移動して大きな姿見の鏡に藍の下半身が映っている。慌てて細かいチェック柄スカートの裾を片手で直すしぐさ。その後またアングルが移動する。動画の姿は二年前の藍に間違いない。彼女は携帯ゲーム機を両手に持って内側のカメラで撮影していたんだ。鏡を利用して全身を見せるという今までにない動画の撮影方法にまず驚いた。


「……えっと、何だか久しぶりの撮影だから照れちゃうな。きっと恵一くんが最初にこの動画を見てくれると信じて、こんな変わった撮り方に挑戦してみました」


 白いフレームの鏡に映った藍が僕に向かって語りかける。


「今回は恵一くんだけに伝えたいんだ。これは告白の練習じゃないよ。動画のお手紙ラブレターなんだから……」


 ――こんな奇跡が起こるのが信じられない。藍がまた僕にメッセージを送ってくれるなんて。彼女からの時空を超えた動画のラブレターに僕は打ち震えていた。


 次回に続く。



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