憐憫の狭間に……。
「……君は!?」
――突然、背後から声を掛けられた。振り向いた先には学生服姿の若い男性が立っている。その人懐っこそうな表情に僕は見おぼえがあった。在りし日の面影が色濃く思い出される。
「ま、まさか
「ええっ!? 恵一さん。何の悪い冗談ですか。昨日、俺と会ったのをもう忘れているなんて
僕に声を掛けてきたのはかなり意外な人物だった。さらさらな髪の毛に白い肌、まるで女の子と見まがうような整った顔立ちは僕の幼馴染、
「えっ、聡くんと僕が昨日も会っていたなんて。そんな覚えはない……」
うっかり言いかけそうになった言葉を慌てて飲み込む。ここは違う世界線だ。自分がもとの世界線で経験してきた人生とはまったく異なる場合もある。さまざまな出来事も出会った人との関係性も。だからこちら側では藍が亡くならずに日常生活を営んでいたんだ。弟の聡と僕の関係性も当然違う物になっていたんじゃないのか?
「……恵一さん、藍お姉ちゃんを心配してくれるのは弟としてすごく嬉しいです。でもあまり無理をしないでください。とても顔色が悪いですよ。一睡もしていないんじゃないんですか? あなたにまで入院されたら俺はみんなに顔向け出来ませんから」
聡の表情が一気に曇るのがこちらからでも見て取れる。彼の言葉に不穏なワードが含まれていることが気に掛かる。【あなたにまで】って? 誰が入院していると言うんだ。
「聡くん。入院っていったいどういう意味で僕に向かって言ったんだ……」
「ついデリカシーのないことを恵一さんに言ってしまいました。すみません」
どうやら彼は僕の態度を勘違いしたみたいだ。つとめて穏やかに問いかけるつもりが、逆に怒りを押し殺しているように思われてしまったのかもしれない。いま自分の置かれている状況が分からないうちは迂闊な発言は出来る限り控えるべきだな。
「……いや、こっちこそごめんな。寝不足でイライラしていたのかもしれない、聡くんの言うとおりだ。徹夜続きでろくに頭が回っていないのかも」
「あんまり無理しないでくださいね。研究は俺が半分引き受けるって約束じゃないですか。恵一さんばかりに負担は掛けられませんよ」
「ああ、研究な。そうだった研究!! あはははっ!!」
聡の話に帳尻を合わせようと必死で聞き耳を立てる。ちょっと笑い方がわざとらしいか? それにしても研究っていったい何なんだ……。
「け、恵一さん、その手に持っているBCLラジオ改はもしかして。……ああっ、計画は抜け駆けしないでってあれほど約束したのに、まさかひとりで太田山公園に行ったんですか!!」
「ち、違う、聡くん、ひとりじゃないぞ。妹のさくらんぼも一緒にきみさらずタワーに登ったんだ。……僕が気絶している間にあいつはその場所からいなくなっていたけど」
彼の話す内容から推測して、この世界線の聡はパラダイス復活作戦の件を確実に知っている。それがどういう経緯のなのかは皆目分からないが、こちらも真実を少しずつでも話して様子を見るのもいいのかもしれない。
「……桜さんが一緒にですか?」
さくらんぼの名前を出した途端、聡くんの表情がまた険しくなった。いったいどうしたと言うんだ。
「聡くん、さくらんぼ。いや僕の妹の桜のことはもちろん君も知っているよね?」
「……」
彼はこちらの問いかけには答えず、真っすぐに僕の顔を見つめてくる。その瞳には深い悲しみの色が浮かんで見える。どうして君は
「恵一さん、ここで立ち話も何ですから例の場所で話しませんか? ちょうど今日は特別なお客様が来る予定なので……」
*******
県道沿いを会話もなく僕たちは歩いた。時折通り過ぎる大型ダンプカーが歩道ぎりぎりをかすめていく。車道との仕切りは白い白線だけで、交通事故も多発して歩行者からしたらとても危険な道として地域では良く知られていた。目の前の交差点の隅には真新しい花束が供えられ寂しそうに風になびいている。その光景を目にした瞬間、なぜか異様な胸騒ぎを覚えた。
「おっと恵一さん、すでにお客様は到着しているみたいですね」
先を歩く聡から声を掛けられて我に返った。顔を上げると窓に灯りのついた建物が僕の視界に飛び込んでくる。
「さ、聡くん、ここはいったい!?」
こ、この場所はまさか!? これこそ趣味の悪い冗談じゃないのかよ……!!
次回に続く。
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