異なる世界線

「……何だ、あれは!?」


 意識を取り戻した視界に飛び込んできた景色に驚きを隠せない。きみさらずタワーのらせん階段にある踊り場、その場所に設置した今回の秘密兵器であるBCLラジオはそのままの状態だった。主電源は落ちているが最初に置いた位置はまったく変わっていない。それなのになぜ僕は驚いてしまったのか?


 「BCLラジオの機種が違う!?」 


 思わず声が出た。その叫び声は僕以外には誰もいない踊り場に反響する。目の錯覚や思い違いをするはずはない。レトロな家電を修理するのが副業兼趣味である親父の影響でBCLラジオには自分もかなり詳しくなっている。当初この場所に運んだのはクーガーという機種名で、いま目の前に置かれているのは違うメーカー製のスカイセンサーと呼ばれる機種だ。そして僕のアシスタントとして妹のさくらんぼが持ってきたキャリーバックとBCLラジオ改を動かす外部電源バッテリーも見当たらない。確認の為にクーガーと違う縦長のBCLラジオ本体にあるキャリングハンドルをしっかりと両手で握りしめた。


「……まさか、嘘だろ」


 自分の胸の中で急速に不安が広がるのを抑えきれない。同時に首をもたげてくる嫌な考えに身体を突き動かされる。


「さくらんぼ!!」


 次の瞬間、脱兎のごとく下りのらせん階段に向かって駆け出した。らせん状の先の見えない階段はまるで僕の不安な気持ちを表しているようにすら思える。


「さくらんぼ!! 下にいるなら今すぐに返事をしてくれ」


 僕のうわずった叫び声に応える者は、きみさらずタワーの階段下には誰もいなかった。この状況下に僕が取るべき最適解な答えを導き出そうとするが、混乱した頭の中には妙案がまったく浮かばない……。


 恵一、まずは気持ちを落ち着けて少しでも冷静になるんだ。焦ってもろくなことはないぞ。子供のころ親父が僕に教えてくれた助言を思いだす。


【頭脳はクール、行動は大胆ホットで困難に立ち向かえ!!】 まさに今がその瞬間だろう。この名台詞は親父の創作オリジナルじゃない。若くして急逝した往年の名俳優、蒼木圭一郎あおきけいいちろう。彼が俳優人生最後に撮影した作品での決め台詞だ。享年二十一歳。映画の撮影現場での自動車事故で他界している。自分が生まれるはるか昔に亡くなった今でいうイケメンの俳優だが、若かりし頃の親父にかなり似ていたそうで僕の名前の恵一も彼にちなんでいる。その理由わけは亡くなった母親とのなれそめに関係しているらしい……。


 そんな親父の助言を頭の中に思い浮かべて心を落ち着かせることに成功した。いま自分の置かれている状況を順序立てて整理しよう。


 僕は七年前に亡くなった初恋の幼馴染、二宮藍にのみやあいと、いま背後にそびえ立つきみさらずタワー。その塔がある桜の名所、太田山おおだやま公園で再会を果たした。ちょうど満開の桜の木が目の前の公園内に広がっている。あの辺りで成長した彼女の姿を最初に見かけたんだ。その後、行動を共にした藍は僕の呼びかけもむなしく消失してしまった。超常現象に造詣も深い小説家の父親のアドバイスや革細工職人のマスターからの経験談を鑑みて藍は別の可能性、七年前のあの日、亡くならなかった時間軸の世界線から来た存在だと確信した。そう、親父の言葉を借りれば平行世界パラレルワールドだ。


 そして過去に一度、むこう側の世界線に行ったことがある。子供のころの秘密基地。通称、楽園パラダイスで親父の作ったBCLラジオ改を用いて。時間にしたら一瞬の出来事だったかもしれない。そこにあるのは同じ空間、同じ時間、そして同じ人間。しかし一見違いが分からないが、漫画やイラストのと呼ばれるような細かな違和感がその世界には確実に存在していた。手に持っていたラムネの瓶がコーラの瓶に変化するような細かな違い。


「さくらんぼ、どこにいるんだ?」


 今回、二度目の成功に素直に喜べなかった理由はそこにある。秘密兵器であるBCLラジオ改の機種が変わっていたのもそう。そして何よりも僕を不安にしたのはこの場所にいなければならないはずの、さくらんぼの存在が公園内のどこにも見当たらない事実に強烈な違和感を覚えている。この湧き上がるような不安がいったい何を意味するのか? 


 まず最初に妹の無事を確認しなければならない……。



 *******



 桜の花が舞い散る公園を急ぎ足で後にした僕は、自宅へ向かう帰路の道すがらで意外な物を見かけることになる。沿道の商店街入り口に設置された時計の時刻はいつの間にか夕方になっていた。通りの歩道は買い物客と帰宅する学生の列で混みあっている。ふと自分の携帯電話スマホを確認するが圏外のままだ。自分の存在していた世界線と違うのは予想していたことだが、いざ目の当たりにすると言い知れない不安がこみ上げてくる。


「……通話もメールも無理か。当然ネットにも繋がるはずないよな」


 途方に暮れて顔を上げた先に携帯電話のショップがあることに気が付いた。自分は大学に通うためにこの道を利用しているが、こんな場所に新しい店舗なんてあったかな? まじまじと見つめた携帯電話ショップの前に立てられた宣伝目的の看板を見た瞬間、僕はその場で凍りついてしまった。


 ……何で親父の写真が宣伝の看板に載っているんだ!? 違う、よく見ると僕の親父じゃない。いったい誰だ、このうりふたつの男性は!! 


「おっ!? これ蒼木圭一郎じゃん。映画界の大御所なのに携帯電話の広告に出るとか珍しいよな」


「あれじゃない。大作映画の公開が控えているからバーターってやつ。どっちも宣伝になるからWinWinってさ」


 傍らの歩道を行きかう人の会話が僕の耳に届いた。思わず振り向きざまに声を掛ける。


「……す、すいません、いま蒼木圭一郎っていいましたよね?」


 急に声を掛けられて、サラリーマン風の男性二人組は怪訝そうな表情をこちらに見せる。構わずに僕は言葉を続けた。


「たしか往年の映画俳優で、この人ってはるか昔に自動車事故で亡くなってませんか?」


「……蒼木圭一郎が死んだって!? あんた寝ぼけてんじゃないの。この間のアカデミー賞でもノミネートされたばかりじゃない。壇上でもケニーって親し気に呼ばれてさ」


 ケニーとは彼の愛称だ。間違いない。こちらの世界線では俳優の蒼木圭一郎は亡くなっていないんだ。広告の写真を僕の親父と見間違えたのは同じように年齢を重ねた姿だったからなのか。そして写真の中で彼が手にしている携帯電話は……。


 二つ折りのガラケーに似ているが、僕のいた世界ではあまり見たこともない形状だ。二枚の小型タブレットを重ねたように見える。液晶画面の部分が横にスライドして通常よりも大画面を形成していた。


 ――藍が持っていた携帯電話と良く似ている。



 次回に続く。



 



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