大切な彼女を救い出す方法

「……なあ、さくらんぼ、僕が楽園パラダイスで過去に経験した不思議な出来事についてお前はどう考える?」


 あの懐かしい僕たちの楽園、その話題を口にするのは本当にひさしぶりだった。幼馴染の二宮藍にのみやあい。七年前の春に彼女が亡くなった日から、僕たち兄妹の間では禁句タブーのひとつだったから……。


「恵一お兄ちゃん、気を悪くしないで私の話を聞いて欲しいんだけど、当時のさくらんぼは半信半疑だったよ。いくら発明家のお父さんでも、私たちがいま住んでいる世界から違う世界線に移動出来る装置を簡単に作れるわけがないって正直思っていたんだよ」


「……じゃあ藍も本当はお前と同じ考えだったんだよな」


 僕、香月恵一かつきけいいちはさくらんぼから予期せぬ答えを投げかけられてしまった。しかし不思議と怒りや驚きの感情は湧き上がってこなかった。沈黙が兄妹の間に流れる。二人揃って目の前にそびえ立つ荘厳なきみさらずタワーを仰ぎ見た。


「ううん、藍ちゃんは違ったよ。恵一お兄ちゃんが私たち女の子に興奮気味に話してくれた違う世界線の出来事も信じていたんだよ。ほら、楽園パラダイスでお兄ちゃんが手に持っていたラムネの瓶が、むこうの世界ではコーラ瓶に変わっていたことから最後まで全部ね」


「藍が!? 僕の体験した出来事を三人だけの秘密にしようって言い出したから、てっきり信じていないのかとこれまで思っていたよ……」


「それは……。恵一お兄ちゃんを守るためだったんだよ」


「なぜ!? 僕のことを守るってどういう意味だ、さくらんぼ!!」


「そんなこともわからないの、当時の藍ちゃんは恵一お兄ちゃんがむこうの世界で見てきたままの話を、小学校や他の友だちに吹聴したらどうなるか心配して言ってくれたんだよ!! BCLラジオを改造した小説家のお父さんならまだしも、別の世界線が存在するなんて荒唐無稽こうとうむけいな話をまともにとりあってはくれないから……。ねえ、大人になった今なら理解出来るはずでしょ」


 当時の僕が知り得なかった藍の想い。……何も言えなかった。


 すでに亡くなったはずの二宮藍、彼女が成長した高校生の姿でこの太田山公園に現れる奇跡を目撃した今の僕なら超自然的な話にも耳を傾けられるはずだ。


 しかし常識を持って生活を営む大多数の人々は、小学生が話すもうひとつの世界線の存在を絶対に否定するだろう。それだけじゃない、売れない小説家の父にまで迷惑が及ぶのは火を見るより明らかだ。


「さくらんぼ、僕は藍にもう一度会って謝らなければならない……」


「恵一お兄ちゃん、このきみさらずタワーに来たのはそのためでしょ!! さくらんぼが重い荷物まで抱えてアシスタント役を買って出たんだから。パラダイス復活作戦を絶対に成功させなきゃ承知しないよ……」


 さくらんぼは持ってきたキャリーバックを、きみさらずタワーのらせん階段、その踊場にごとり、と重そうな音を立てながら設置した。中身は見なくても分かる。BCLラジオ改を動かす外部電源バッテリーだ。


「……ああ、藍のいるむこう側の世界から無事戻ってきたら、お前の好きなスイーツバイキングをごちそうしてやるからさ、割増のお駄賃だ」


「うん!! さくらんぼ楽しみに待ってるよ。藍ちゃんのぶんも忘れず、スイーツバイキングのお店を予約しておくから……」


 絶対にむこう側の世界から彼女を救い出す、妹の笑顔を曇らせないためにも。


 僕は切り札であるBCLラジオを取り出しながら固く心に誓った……。無数の太い電源コードを繋がれた往年の名機ナショナルクーガー改の黒い筐体がやけに頼もしく感じられた。


「……さくらんぼ、電源を入れるぞ!! あの楽園パラダイスで成功したときと同じ周波数帯に合わせる、これが藍のいる世界線への入り口なんだ」



 次回に続く

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