新たな生活 

「――マスター、この宅急便の箱は工房のどこに置けばいいですか?」


「そのラベルの箱には手直しのご依頼で首輪とリードが入ってます。香月さん、申し訳ありませんが開封して検品お願いします」


「恵一お兄ちゃん、見違えたよ!! 言われる前にテキパキ動けるようになったんだね。ううっ、私は嬉しいよ。大学一年生になるとこんなに成長するんだね……」


「さくらんぼ、お前いつから僕の保護者になったんだ?」


「あ、痛っ!? 恵一お兄ちゃん酷いよ……。うら若き女子高生の頭をグーで殴るなんて。警察に訴えてやる!!」


「あのなあ、さくらんぼ。僕や親父がお前に殴られたときの三分の一も力を込めてないぞ。それにお前だって高校三年で来年は大学生だろ」


「ふふっ、相変わらず香月さん兄妹は仲がいいですね!!」


「マスター、どこが私達の仲がいいんですかぁ!!」


「さあ、茶番は終わり、終わり!! 仕事に取り掛かるぞ。さくらんぼ、革のワークショップの準備を頼む。予定の人数分、を出しておいてくれ」


「恵一お兄ちゃん、レーシングポニーって競争馬か何かだっけ?」


「こら、まだ茶番を続ける気か!! ボケはもうやらなくていいの」


「……マスター!! 黙ってないで何とか言ってくださいよ。恵一お兄ちゃんだって、最初は何も知らなかった筈だって!!」


「そうですね、革のの字も知らなくて革細工入門に必須の道具、レーシングポニーだってどっちが上か悩んでいましたからね……」


「ほら!! 恵一お兄ちゃん、偉そうに言わないで。それでマスターに革細工職人の弟子入りしたいなんて、良く言ったわね」


「ワンワン!!」


「ほらっ、ショコラだって、そうだワン!!って言ってるよ!!」


「……マスター、さくらんぼの言う通りかもしれません。僕が高校を卒業した後で、当初行くはずだった都内の大学を蹴って弟子入りをお願いした時も最初は反対しましたよね……」


「……香月さん」


「何度も食い下がる僕に、マスターは根負けして弟子入りを承知してくれた。ただし交換条件で……」


「……そうでしたね。香月さんが大学の進学をやめることは反対しました」


「それで僕は、地元の大学に通うことに決めたんです」


「……で、私は放課後のアルバイトで、マスターの革工房のアシスタントに就任したんだよね!!」


「……さくらんぼ、お前は工房の雑用係!! それだってマスターが優しいから無理やりバイトお願いしたんだろ」


「へへっ、お兄ちゃんにはバレてたか。でもね私、ショコラと離れたくないもん。革の首輪屋さんと革工房の看板犬だもんね!!」


「さくらんぼさんは、立派にお店の看板娘ですよ……」


「マスター!! あんまり甘やかさないで下さい。こいつはお世辞が通用しないんですから」


「ああっ!! 恵一お兄ちゃん。私を何だと思ってんの。罰として工房の床掃除もやっといて!!」


「ワンワン!!」



 ……平和な日常が流れる。


 今の僕には足りない物なんか何もない。


 藍。


 君がいないこと以外は……。




 次回に続く。


 

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