再会

「――ごめん、僕のこと絶対に怒ってるよな。こんなに待たせたんだから無理もないか。言い訳になるけど、さくらんぼに叱られたんだ。藍お姉ちゃんとゆっくり話してこなきゃ駄目だって」


 僕は傍らに置いたトートバッグを開けた。ひんやりとした冷気を指先に感じる。保冷剤を入れてくれたのか。さくらんぼは気が利くな。気が回らない僕とは大違いだ。


「……これ、一緒に食べようと思ってさ。藍、大好物だったよな。餡子あんこがたっぷりのおはぎ。お前のお袋さん程、美味くはないかもしれないけど僕が作ってみたんだ。何? 恵一くんに作れるはずがないって。ひどい言いようだな、そりゃあ、さくらんぼに教えて貰ったけど、最後まで全部一人で作ったんだぜ。僕だって昔のままじゃないよ」


 タッパーを取り出しピクニック用の皿に取り分ける。お箸も添えて藍の前に置いた。


「そうだ!! もっと驚くことを教えようか。何年も会えなかったんだ、ここで近況報告させてくれ。僕、香月恵一は、今年から大学生になりました!! えっ、東京の大学じゃないよ。……あの太田山公園の傍にある清経短期大学だよ。あ、ここは驚く箇所じゃないんだけど相変わらず早とちりだな。人の話を最後まで聞かないところ。僕も人のことは言えないけど。さくらんぼにも良くからかわれたよな。恵一お兄ちゃんと藍お姉ちゃんは、似た者同士でお熱いこと、ってさ」


 持参した水筒から、やはり彼女の好きだったハーブティーをプラスチックのカップに注ぐ。


「……おはぎにハーブティーって変な組み合わせだよな。藍は子供の頃から美味しそうに飲むけどさ。僕は日本人だから本当はお茶が良いけど。あっ、お前の言いたいことを当ててやるよ。ハーブティーもお茶ですから。そう言ってここでいつも変顔をするんだよな。実はさ、ずっとお前に内緒だったけど僕はそんなおどける藍がとても好きだったんだぜ」


 さくらんぼが今日のために用意してくれた藍の好きな柄の包みを広げる。あの花火大会の夜、着ていた浴衣に似た花模様だ。彼女に贈る物をそっと取り出す。


「そんなに照れるなよ!! こっちまで恥ずかしくなるだろ。好きって言ったのは変顔!! 勘違いするなって。驚くことはこれから話すよ、今度は僕が照れる番だな。笑わないで聞いてくれ、絶対に約束だぞ。――藍、僕はやっと見つけたんだ。将来の夢さ、目指したい道がやっと見つかったんだ!! 何? 交換日記のプロフ帳に書いた将来の夢じゃないの、って。あ、ああ、アレはアレで絶対に叶えたいことなんだけど。これは僕の天職の話。何と革職人に弟子入りしたんだ!! 驚くだろ、この僕が革職人だよ。藍の大好きなワンちゃんの首輪だって作れるようになるんだぜ、凄いだろ!! まあ、まだ見習いで、これからもっと修行しなけりゃいけないけど。真っ先に伝えたかったんだ、僕の将来の夢を……」


 藍が何も答えてくれなくとも平気だった。顔を見なくても分かる。彼女は微笑みながら僕に向かってこんな風に言うだろうから。


【恵一くん、良かったね。将来の夢をやっと見つけたんだ。でも藍、嬉しいけどちょっぴり妬いちゃうかな……】


「――今日の僕は冴えてるみたいだ。何でもきみの言いたいことが手に取るように分かるよ」 


 僕は彼女に贈る物にそっと火を付けた。


「恵一くん、私と革職人、どっちの夢が大事なの!! そう言って僕を困らせる質問をするはずだ……」



 僕は藍の墓前に線香を供えた。彼女の大好きだったおはぎと一緒に。


「ずっと墓参りに来れなくて本当にごめんな、藍……」



 次回に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る