きみさらずアウトレットパーク

「ふうっ、何とか買い物の時間は確保出来そうだね。閉店時刻は午後十時だから、ええっと恵一お兄ちゃん、今何時?」


「もうすぐ午後七時だよ。まだ充分買い物する時間位あるだろ。そんなに慌てるなよ、さくらんぼ」


「もうっ、やっぱり分かってないな。お兄ちゃんの買い物と違って、女の子は時間が掛かるの。今日だって買う物を決めてきたから間に合うけど、普段だったら一日掛かりでもおかしくないよ!!」


「……あい、買い物するときはそんなものなの?」


「う~ん桜ちゃんの言うことが正しいかな。私もお気に入りの雑貨屋さん巡りだと、あっという間に一日が終わるから」


 雑貨屋か、やっぱり藍は小学生の頃から変わってないな。昔から可愛いキャラクターのシールとか、雑貨が大好きだった……。


「そうそう、藍お姉ちゃんの言うとおり。さっ、早く早く!!」


 急ぎ足になる女の子二人のテンションに、僕は気押されながらも、遅れないように着いていく。一体さくらんぼは何を買う気なんだ。


 君更津アウトレットパークは大手ゼネコンが運営する関東でも最大のアウトレットモールだ。施設は普通のショッピングモールと違いテーマパークのような構成になっており、ブランドカラーに合わせた配置が特色だ。僕はファッションに疎いが、さくらんぼに言わせるとここでしか買えないアウトレットも多いそうだ。ファッションだけでなく家事に使える生活用品や化粧品。女の子の好きそうな小物の雑貨店もあるからぜひ藍と一緒に行きたかったそうだ。藍の謎を調べる為とも言っていたので買い物だけではないと信じたいが……。


「二人共、こっちだよ!!」


 一番大きなゲートを抜けるとそこには広々としたフロアが広がっていた。前にさくらんぼに付き合わされて来た以来だが、最近リニューアルオープンしたそうで以前と別物だった。平日にかかわらず人は多いが売り場面積が広いのでゆっくりと買い物が出来る。雨の日はペットを連れて店内で散歩させる人も多く見受けられた。一階フロアの奥に向かって僕達は進んでいく。最初はどの店に行くつもりだろうか?


「最初の目的地はここだよ!!」


「ええっ!?」


 さくらんぼが指し示した店舗の前で僕は思わずたじろいでしまった……。ま、眩しい! 煌びやかなショーウインドウの電飾だけじゃなく、店内にはまるでお花畑に迷い込んだかのような色とりどりの女性下着が並んでいた。


「ら、ランジェリーショップ!?」


「さ、桜ちゃん、どうしてこの店なの……」


 驚く僕の隣で藍が照れて頬を真っ赤にする、それもそのはずだ。さくらんぼが真っ先に目指したのはランジェリーショップだったんだ。


「何で二人とも驚いてるの、意味が分かんない。女の子の生活必需品と言ったら洋服とアンダーウェアでしょ。まあアウターは藍お姉ちゃんと私はサイズが同じだから貸せるけどさすがにインナーまで借りるのはお姉ちゃんだって嫌でしょ」


「さ、さくらんぼ、お、お前っ!! いつ藍の身体のサイズを測ったんだ。それに意味不明なのはそっちのほうだ、どうして彼女のブラやパンツを一緒に買いに来なきゃならないんだ……」


「け、恵一くん!! ブラやパンツってちょっと声が大きいよ……」


「あっ、しまった。つい興奮してうっかり……」


 自分がランジェリーショップの前で大声を上げてしまったことに気がついた。それに、つい興奮してって何だ。それじゃあまるで変質者みたいじゃないか!!


「何、あの男の子。下着に興奮してって言ってる……」


「何気に変態なんじゃねえの?」


 通りががりのカップルから好奇の視線を厳しい言葉を投げかけられる。周りに居た他の女性客にもジロジロ見られてしまった。は、恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい位だ。


「やーい、恵一お兄ちゃんの変態!!」


「うるさい、もとはと言えばさくらんぼ、お前のせいだぞ。説明しろ、何でここで買い物する必要があるんだ!!」


「二人とも私のことで喧嘩をしないで。お店の前で迷惑になるから桜ちゃん、良かったら場所を移動して説明してくれる?」


 確かに藍の言うとおりだ。ここで揉めても得なことはないな。


「ごめんね恵一お兄ちゃん、調子に乗りすぎたね、私。藍お姉ちゃんとお出かけ出来ることで浮かれちゃったんだ。絶対に迷惑は掛けないから後でゆっくり説明させて。今は時間がないから……」


 さくらんぼがこんなに真面目な顔をするのは珍しい。何か考えがあってのことだろう。今は問い詰めるのはよしておくか。


「……さくらんぼにはさっきバスの中で助けて貰ったからな。分かったよ、僕は向こうのベンチで待っているから、早く藍と買い物に行ってこい」


「……恵一お兄ちゃん、貸しは二つだよ」


 さくらんぼが悪戯っぽくペロッっと舌を出して笑った。こいつ、やっぱり貸しのことを覚えてやがる。


「貸しって何のこと、二人とも?」


「あ、いや、何でもないよ。兄妹のコミュニケーションしてただけ。藍お姉ちゃん、早く中に入ろっ!!」


「えっ、桜ちゃん、手が痛いよ。そんなに急がないで!!」


 さくらんぼに手を引っ張られながら、藍の姿はランジェリーショップの店内に吸い込まれていった。さすがに男の僕が一緒に入店するわけにはいかない。あっ、でもカップルが入っていったぞ。よく平気で入れるな。僕にはとても恥ずかしくて真似出来ないぞ。


「……向こうのベンチで待つか」


 ここに突っ立っていても仕方がない。僕は大きく伸びをした。何だかとても疲れた気がする。あくびを噛み殺しながら独り言をつぶやいた。


「何だか、すごく眠い……」


 短時間で色んな事があったからだろう。二人が出てくるまで、ベンチでひと眠りでもするか……。


 円形になったベンチには誰も座っていなかった。ちょうどおあつらえ向きだ。


「よっこらしょ……」


 おっさん臭い掛け声が出てしまった。さくらんぼに聞かれなくて良かった。もし聞かれたら、さんざん馬鹿にされるだろう。そんなどうでもいいことを考えているうちに眠りはすぐに訪れた。固いベンチが妙に心地よく感じられた。泥のような疲労感に包まれて、僕は深い眠りに落ちる……。




「け……」


 誰かに呼びかけられた気がする。邪魔しないでくれないか、僕は凄く眠いんだ……。


「恵一くん、お願い、起きて!!」


 最初は買い物を終えた藍から呼びかけられたのかと思った。でも声のトーンがただ事ではない。泣き叫ぶような女性の声。慌てて飛び起きようとするが瞼が開かない。妙にフワフワした気分だ。僕はまだ夢の中なのだろうか……!?


「恵一くん、あなたは眠っては駄目なの!!」


 一体、この声の正体は誰なんだ……。



 次回に続く。


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