別の可能性
「
「私は逆だよ、
「うふふっ、こんな可愛い妹だったら私も嬉しいな」
お互いが写った画像を覗き込む。ごく普通の女の子同士の日常に見える。子供のころ、よく見慣れた光景だ。そういえば僕だけ仲間外れにされていたな……。
当時、小学生の間で流行っていた国民的な携帯ゲーム機。まだ携帯電話を持てない僕達のコミニュケーションツールだった。本体に二つあるカメラで写真や動画が撮れて画像加工も出来る。あのころと違っているのは、さくらんぼの流す涙だった。
「藍お姉ちゃん……」
「桜ちゃん、どうして泣いているの……」
「ごめんね、悲しいんじゃないの。こうやって話せることが嬉しいんだ。藍お姉ちゃんだったら、どう言ってくれるんだろう。この髪型、この洋服、似合うかなって。昔みたいに相談したかった……」
「桜ちゃん!?」
さくらんぼ、お前も忘れていなかったのか。
藍が亡くなって、僕だけが悲しかった訳じゃない。
「うええ~ん、藍お姉ちゃんに会いたかったよぉ!!」
「……私は桜ちゃんも悲しませていたのね、本当にごめんなさい」
まるで幼子のように、涙で顔をくしゃくしゃにしたさくらんぼ。優しく抱きしめる藍との間には、空白の七年間が消えていた。止まっていた時計の針がまた動き出す。新しい何かの始まりを感じた。今は二人だけにしてやろう、さくらんぼも泣き顔を見られたくない筈だ。
妹の部屋を後にして一階に降りる。相談したい相手がいるんだ。僕はリビング奥にある中二階に声を掛けた。
「邪魔して悪いけどいいかな。相談したいことがあるんだ」
無言でドアが開く。入り口に立てかけられた小径折りたたみの自転車が邪魔で、部屋に入るのもやっとだ。イギリス製の自転車でモールトンというらしい。部屋の主いわく、値段は下手なオートバイが買えるそうだが。さくらんぼからは、金食い虫で家計を圧迫すると邪魔者扱いされている。
「……恵一、金なら貸さんぞ」
「金なら僕が先月貸してるでしょ。まだ返して貰ってないけど」
「恵一、ちょ、ちょっと待ってくれ。原稿料が入ったら、いやまて、あれは無理だ。特許のパテント料のほうが確実だな。それにしよう!!」
「はいはい、利子は十一と言いたいところだけど、家族割りにしてあげるね。だから相談に乗ってくれないか、親父」
部屋中薄高く積み上げられたジャンク品の数々。何の機械か見当も付かない。壁面には本棚が設えられているが、前にも本があるためまったく機能していない。僕の親父、
「相変わらず足の踏み場もないね、親父の部屋は……」
「馬鹿、これでも桜の襲撃を受けたばかりだ。ほれ、その証拠に畳が見えるだろ」
さくらんぼの襲撃とは掃除のことだ。あまりにも荒れた親父の部屋を問答無用で、掃除という名の強制執行に入るんだ。
「威張って言うことじゃないよ親父。それに騒音だって近所から苦情が出ないのが、不思議な位だ。桜にもキツく言われてるでしょ、夜は執筆作業以外は駄目だって」
「……桜が口うるさいのは、亡くなったお母さん譲りだな」
作務衣姿に無精髭、後ろで束ねたロマンスグレーの長髪を掻き上げる。若い頃はイケメンで、俳優の
「そんなイケメンの親父に惚れたんでしょ。今は母さんとのなれそめはいいから、僕の話を先に聞いてよ!!」
親父は隙あらば、亡くなった母さんとのなれそめを話したがる。母さんと結婚しなかったら、お前達はこの世に存在しないんだぞ、って。普段は親父の話を聞くのは嫌いじゃないが、今は藍の話が先決だ。
「来客じゃなかったのか、恵一」
「その来客について相談したいんだ……」
僕は親父にこれまでの話をした。七年前に亡くなった筈の二宮藍と、あの太田山公園の桜の下で再会したことから始まって、彼女が僕と昨日も同じ場所で会っていて、その後、隣の更地を見て激しく動揺したことまで。
「最初は藍が成仏出来なくて、幽霊になって現れたのかと思った。だけど、どこか違うんだ。その証拠に妹と一緒に撮った画像まである」
さくらんぼの髪型まで違っていた。藍の態度を見ていると、画像を合成したとは思えない……。
「あの藍ちゃんが生きていたとは!? にわかには信じられないが」
親父が腕組みをしながら天を仰いだ。それもそのはずだ。最初に藍の死を僕達に伝えたのは親父だからだ。
*******
七年前のあの日。リビングで朝食を囲んでいると一本の電話があった。親父が電話を受け、その会話の雰囲気から、僕とさくらんぼは、何かただならぬ雰囲気を感じていた。
『二人とも、落ち着いてお父さんの話を聞いて欲しい』
親父が絞り出すような声で、僕たちに告げた。
『藍ちゃんが、今朝亡くなった……』
一瞬、親父が何を言っているのかまったく理解出来なかった……。
『……そんな、藍お姉ちゃん、嘘だっ!!』
さくらんぼが床で泣き崩れる姿を視界の隅に捉える。
『えっ、何言ってんの、だって昨日はあんなに元気で……』
僕は昨日彼女に会ったばかりだ。何かの悪い冗談に違いない。
『一時退院で昨日は家に戻っていたそうだ。だけど夜中に急変して……』
親父もあまりの事に、絶句して受話器を落としてしまった。
*******
「……恵一」
僕を呼ぶ親父の声で、過去の回想から引き戻された。
「お父さんの推測が正しければ、藍ちゃんは
「別の可能性、七年前のあの日、亡くならなかった世界線の彼女だ……」
次回に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます