突きつけられた現実……。
「待ち合わせに遅れて本当にごめんね。絶対に怒ってると思って
おそるおそる顔色を伺う彼女を見て、先程まで混乱していた頭が落ち着いてきた。
「……ああ、本当に待ちくたびれたよ」
七年間もな、僕は胸の中でそっと呟いた。
「その顔はやっぱり怒ってるよぉ、ううっ、もう駄目、恵一くんに嫌われたら藍は……」
大袈裟に頭を抱える仕草はあの頃と変わっていない。清楚な見た目とギャップがあるが彼女はお笑い好きで、小学生のころ僕の前で良くショートコントを披露してくれた。寒いギャグで滑ることも多かったが、ネタに合わせて変顔を披露した後。照れ笑いを浮かべる彼女を見るのが僕は大好きだった、だけど……。
「死んでお詫びを……」
「あいっ!!」
びくっ、と藍の細い肩が震え、瞳の中に困惑が色濃く浮かぶ。あのころと同じギャグなのに今の僕には悪い冗談にしか聞こえない。小学校から帰り道、道草をした河原の土手に黒と赤のランドセルを並べて二人で無邪気に笑いあった記憶が皮肉にも蘇った。
「……け、恵一くん」
「ごめん、それ以上は言わないでくれ。しゃれにならないから……」
死という言葉が僕を現実へと引き戻す。背中に冷水を浴びせられた気分だった。これは夢だ。藍が僕の前に姿を現すはずがない。願望が生み出した産物に
夢ならいつも肝心なところで目が覚める。早く起きないと学校に遅刻するぞ!!
『また同じ夢を見たのか……』
何度、藍の夢を見ただろうか。悪夢にうなされて夜中に悲鳴を上げ隣の部屋で寝ている妹に怒られたこともあったな。目を開ければ見慣れた部屋の風景が映り、いつもの変わり映えのない日常が始まるんだ。
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「……恵一くん?」
彼女は僕の前から消えなかった。あの夕暮れの河原で見たときと同じに、眉の端を少し歪ませ、困ったような表情で僕の前に立っていた。
「やっぱり怒らしちゃった。どうすればいいか分かんないよ……」
両手で顔を覆いながら藍が激しくかぶりを振る、その仕草はギャグではない。
「藍、頼みがあるんだ……」
「それを聞いたら許してくれるの!?」
「思いっきり僕の頬をつねって欲しい……」
「ええっ!? そんなこと出来ないよ。恵一くんを思いっきり殴るなんて……」
「誰が頬を殴れと言った。つねるだけだ」
「う、ううっ、何とかやってみる。本当にそれで許してね」
藍がこちらの頬に右手の指先を伸ばすのに合わせて固く目を閉じた。頬をつねられても彼女が消えないならこれが夢じゃなく本物だと信じられる。
「じゃあ、思いっきりいくね!!」
「おう、手加減無しで頼むよ」
ぐい、むぎゅううう!
「いでででで!!」
「恵一くん、これで勘弁して!!」
ば、馬鹿!! 誰が両手で思いっきりつねろと言った。僕の頬が引っ張られた上にねじり上げられ、往年の少年警察官こまわり君みたいな顔になってしまった。コントの変顔どころの騒ぎじゃない。片手だけで充分なのに、それに手加減する気がマジでないのか藍は……。
「ぶわっ!ぶあがっったがらでおばなぜ!!」
(分かった、分かったから手を離せ!!)
「えっ!? 何て言ったの恵一くん、もっとつねって欲しいの?」
「違う、違う、そうじゃない、そうじゃなあ~い!!」
僕は慌てて彼女の手を振り払った。殴られたほうがマシだったかもしれない。藍について肝心なことを忘れていた。小学生の頃もおっちょこちょい。いや、そんな表現じゃ生ぬるい。黙っていればお人形のような美少女だが、お笑いに例えると本人はツッコミ気質だと思っているが、藍には生粋のボケ気質があるんだ。ポンコツ可愛い僕の幼馴染み……。
ふうふう、はあはあ、とお互い向き合いながら肩を落として深呼吸する。藍が顔を上げ僕を真っ直ぐに見据える。彼女の前髪がはらりと揺れて真っ白なおでこが見えた。整った顔立ちに思わず見惚れてしまった。
「……良かったぁ」
「えっ、藍、何が良かったの?」
「恵一くんが、やっと笑顔になってくれたから」
藍に指摘されるまで自分でも笑顔を浮かべていることに気が付かなかった。
「だって今日の恵一くん、ずっと怖い顔してるんだもん。いつもなら私の顔を見ると、すぐに笑顔になってくれるのに。昨日だってニコニコしてくれたの覚えているよね……」
僕が昨日、彼女と会っていたって? そんなことは絶対にあり得ない。だって彼女は七年前に亡くなっている。僕は昨日もこの公園に来ていたが、もちろん藍はこの場所にいなかった。
少し薄気味悪くなってきた……。
「……藍、落ち着いて僕の話に答えて欲しい。きみは今、何歳になる?」
「えっ!? 私をからかってるの。もしかしてさっきの仕返しとか? 恵一くんと同じ十七歳に決まってるのに……」
「……藍、きみは本当に七年前に起きたことを覚えてないのか!?」
「七年前って何を言っているか分からないよ……」
「……」
「恵一くん、一体どうしちゃったの。急に黙り込んで……」
「藍、きみに見て貰いたい場所があるんだ。これから僕と行こう」
まるで狐につままれたような表情の藍は、とても嘘をついている素振りはない。残酷かも知れないが、これから真実を見て貰おう。
*******
「恵一くん、どこに藍を連れていくのかと思ったのに、なあんだ拍子抜け、やっぱり冗談だったんだ」
「……藍、この先の角を曲がれば僕の家だ」
僕達は太田山公園を後にして十五分程で住宅街に到着した。坂道の多い場所に僕の家はあった。そして幼馴染みの彼女の家も真向かいの区画に建っていた。
「そして私の家もでしょ、恵一く……」
藍が絶句してその場に立ちすくんでしまった……。
「嘘、わ、私の家が無い!?」
確かに藍の家はその場所に建っていた。……そう五年前までは。更地になった場所には管理する不動産会社の看板が掲げられている。
「……な、何で私の家が消えちゃったの。恵一くん、ねえ答えて!!」
彼女の身体から力が抜けるのが隣からでも見て取れた。そのまま倒れ込んでしまわぬよう、両手でしっかりと身体を支える。
「藍、じつは……」
「……恵一お兄ちゃん、家の前で何を騒いでいるの?」
騒ぎを聞きつけたのか、僕の家のドアが開いた。栗色のショートカットに、セーラブレザーの制服を着た女の子が姿を現した。
「……桜、もう帰っていたのか」
「その
次回に続く。
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