桜が咲くこの場所で、僕は幼馴染の君と二回目の初恋をする。

【本編プロローグ】動き出した記憶の針

「……恵一くんの彼女になってもいいですか?」


 ――僕、香月恵一かつきけいいちは思わず自分の目を疑ってしまった。


 狂おしいほどの懐かしさで胸が締めつけられる。夢の中でしか逢えないと諦めていた。声の主は緊張した面持ちで返事を待っている。まるでお預けをされた仔犬みたいに。ぶるっ、と彼女の肩が震え、艶やかな長い黒髪の毛先が小刻みに揺れる。


「……あ、あい、きみがどうしてこの場所にいるんだ!?」


 高校で部活動もせずに放課後、に通いつめることがお兄ちゃんの日課なの? 家を出るときに妹にからかわれたことを思い出した。我ながら未練がましいなと苦笑いする。無駄なことをいつまで続ける気だ、三十秒前までの僕はそう思っていた。満開の桜の下で、きみに突然、声を掛けられるまでは――


「……嘘だろ!?」


「……恵一くん、やっぱり私が彼女じゃ駄目なの?」


 風に舞う桜の花がひとひら、彼女の髪の毛に落ちる。それはまるで自然な桜色の髪飾りに思えてしまった……。


 千葉県君更津ちばけんきみさらず市にある太田山公園おおだやまこうえんは県内で有名な桜の名所だ。その頂上にはきみさらずタワーと呼ばれる展望台があり、公園内は桜のスポットになっている。週末は観光客で大混雑するが、平日の夕方はうって変わって人影もまばらだ。


 季節は四月初旬だというのに今日の気温は真冬並みだ、春の訪れと共に開花した満開の桜の花が、今にも散ってしまってもおかしくない陽気だ……。


「本当に藍なのか!?」


「ううっ、私から勇気を出して告白しているのに本人かどうかまっ先に疑うなんてひどいよ……」


 藍と名乗った少女は悲しそうに表情を曇らせてしまう。黒目がちの大きな瞳に涙を滲ませていた。彼女が着ている薄桜色の花模様ワンピースは初めて見る服だ。歳の頃は僕と同じ高校生に見えた。この子が藍なら成長していてもおかしくない。

 

「ち、違うよ、僕はきみの告白を疑った訳じゃない……」


「じゃあ、どういう意味で言ったの?」


「夢なら覚めて欲しいと思ったんだ。ここに藍がいるはずがない。だって彼女は……」


 僕は思わず言葉を飲み込んだ。すべてを口にしたら何もかも終わってしまいそうで怖かったから……。目の前の彼女が消えて二度と逢えなくなってしまう。そんな想いをするのはもう絶対に嫌なんだ!!


 正常な判断能力を失って僕は、おかしくなってしまったのだろうか? 確かに僕はこの公園に来るたび、この桜の木に願っていたのは事実だ。たとえ幻でも幽霊でも、桜の花の妖精だったとしても、もう一度きみに触れることが出来るのなら僕は悪魔に魂を売っても構わないとまで考えていた。


「私は一人しかいないよ、恵一くんの知っている藍だけ、まさか別にアイちゃんがいるとか!?」


 先程までうっすら涙を浮かべていたはずの彼女が、今度は疑いの目でこちらを睨み付けている。他に好きな女の子がいないか? 心配そうなその言い回しは過去に彼女から言われたな。ちょっと焼きもちなところは間違いない。僕の知っている幼馴染みの女の子で間違いない。


「……やっぱり本物の藍だ、信じられない」


「だから言ったでしょ、私は一人だけだって」


 頬を涙が流れるのを感じた、止めどなくあふれる涙。僕は安堵のあまり、その場に崩れ落ちてしまった。湿気を含んだ公園の芝生が学生服の膝を濡らす。もう涙はやめるとあの日、誓ったはずなのに……。


「藍の告白で恵一くんのこと困らせちゃった?」


 次の瞬間、頬が暖かな感触に包まれる、驚いて顔を上げると、藍が僕の顔を両方の手のひらで支えてくれていた……。


「……恵一くん、焼きもちな女の子は苦手って言ってたよね。やっぱり藍のこと、嫌いになった?」


「嫌いになるはずないだろ。僕がどれだけきみに会いたいと思っていたか!!」


「変な恵一くん、私とは毎日会っているくせに」


 藍の言葉を聞いて僕の中で何かが弾けた。駄目だ、これ以上口を開いたら彼女を傷つけてしまう。その大きな瞳を悲しみに曇らせてはいけない。相手のぬくもりが両手から僕の頬に伝わってくる、吐息まで感じる距離だ。本当に悪魔が居るなら,今すぐ僕の前に現れてくれ。大好きな藍の笑顔を曇らせないためなら、魂でも何でも捧げるから!!


 幾重にもアーチ状に重なった満開の桜だけが、きみとの再会を見守ってくれる。これまでの止まった時間を埋めるように、花びらが僕と藍の上に降り注いだ。


「恵一くん、ずっと待たせてごめんなさい」


 七年前も今日と同じように桜が満開だったな。亡くなったはずの二宮藍にのみやあいと再会出来た奇跡を信じさせて欲しい。もう一度、恋をやり直そう、あの日、きみに言えなかった言葉があるんだ。


「僕もきみのことが好きだ……」


 ――藍、まだ間に合うのなら。


「恵一くん、嬉しい!!」


 藍が勢いよく僕の胸に飛び込んできた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。七年ぶりに現れた幼馴染は、桜の香りと共に春の訪れを告げてくれた。



 

 次回に続く。



 ☆☆☆お礼・お願い☆☆☆



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