後日談②

 アウルとカロリナは、元の母親のところに戻ってからも、時折様子を見るように二人はケイティたちの家に訪ねてきてくれる。

 ニャーニャと戯れて、夕食の時間には帰ってしまうだけの短い時間ではあったが、それでもケイティには嬉しい交流の時だ。


「アウル、カロリナ、お小遣いをあげましょうか」


 二人の家は、言っては悪いがとても貧乏だ。着ている服を見るだけで、どんな生活をしているかはわかるというもの。

 ケイティは見ていられずにそう切り出すと、アウルは喜ぶカロリナを制して言った。


「いや、いいよ。僕たちはお金をもらうために来てるんじゃないんだから」

「じゃあせめて、新しい服を仕立てて……」

「いらない。僕たちは、自分に見合った服装をしないといけないと思う」


 アウルは今年で十二歳になるが、ここ最近、本当に大人びた言動をするようになった。

 男子三日逢ざればというが、まさにそんな感じだ。身長もぐんと伸びて、あと二年もすれば背の高いケイティですらも抜かされてしまうだろう。

 正式ではないとはいえ、アウルはケイティにとって大事な息子だ。なに不自由なく育ってほしいし、力になりたい。

 しかしそう思うことすら思い上がりなのかもしれないと思うと、ケイティはなにも言えなくなってしまった。


「自分に見合ったというのは、一生みすぼらしい服を着て、ノース地区で生きていくという意味か?」


 近くで武器の整備をしながら聞いていたスティーグが声を上げた。

 ノース地区は、一般庶民の中でもお金のない者が多く暮らす地域だ。北に行けば行くほど、貧民が多く割合を占める。

 その貧民地区と言って差し支えのないところにアウルたちは住んでいるのだ。

 スティーグの言葉に、アウルは少しムッとするように唇を結んでいる。


「ちょっとスティーグ、言い過ぎよ」

「残念だが、金のないところに小遣いをやったところで焼石に水だ。意味のないものに使われて消えるのがオチだ」

「そ、そんなことないわよ! アウルとカロリナは、とっても賢いもの! 私の誕生日には、ケーキを買ってくれたのよ?!」

「しかし、それで終わりだ」


 スティーグの言い分に、ケイティはむっと頬を膨らませた。子どもたちの優しい気持ちを踏み躙られたようで、文句を言ってやろうと夫を睨みつける。しかしスティーグは気にも止めない様子で奥の部屋へと消えていった。


「もう、スティーグったら、なんなのよ! アウル、カロリナ、気にしちゃダメよ! あなたたちは素敵なお金の使い方をしてくれるって私、知っているんだから!」


 ケイティがフォローをするも、二人は力なく笑っている。

 子どもたちを傷つけて許さないと思っていたら、スティーグが戻ってきた。その手に札束を持って。


「……スティーグ?」

「三百万ジェイアある。持っていけ」


 これには子どもたちだけでなく、ケイティも目が点になった。こんなの、拒否されるに決まっているではないか。たかが数千のお小遣いでさえも断られるのだから。


「す、スティーグ? さすがに三百万はあげすぎじゃないかしら……いえ、うちから出すのは別に構わないんだけど、子どもたちにそんな大金を持たせるのはどうなの?」

「小遣いなどを渡したところで、すぐに消えて無くなるだけだ。だがこれだけあれば、やりようはあるだろう?」


 そう言ってスティーグは呆然としているアウルの前に行き、そのお金をしっかりと握らせた。


「アウル、頭を使え。このお金でノース地区から抜け出してみろ。母親とカロリナに、一生食べさせるだけの潤沢な生活を送らせてやるためにはどうするのか、考えて実行するんだ」

「スティーグ様……」

「どうだ、やるか? 今の生活のままで構わないというなら、その金は返してくれ」


 スティーグの言いたいことはわかるが、それでもアウルはまだ十二歳。ハラハラと心配しながら見守っていたら、アウルはしっかりとスティーグの目を見つめて。


「ありがとうございます! このお金を増やして、カロリナたちに不自由のない生活を送らせてみせます!」


 そう、宣言していた。

 それからのアウルはすごかった。

 最初に目をつけたのは、困窮している孤児院だった。

 そこの子どもたちに先生をつけて必要な道具を取り揃えて、手芸を学ばせた。

 ある程度ものができれば、アウルは日曜市に売りに出掛け、売上金の半分を作った本人に支払った。

 材料費はアウル持ちだったから、最初は儲けどころかマイナスになっていたようだった。しかし売れる喜びを知った子たちはどんどんと上達していき、クオリティの高いものをそれなりの価格で販売できるようになってくるとアウルにも儲けが出始めた。

 同じような手順で、アウルは色々な業種に手を出していった。孤児院だけではなく、一般の人にも投資を行い、売れるようになればその何割かをアウルがもらっていた。

 日曜市だけでは売り捌けなくなり、イースト地区に小さな店を開き、アウルとカロリナと彼らの母親の三人で店を回した。

 アウルが十五歳になった時には、他に従業員を雇って、カロリナを勉強に集中させ、アウル自身も店は母親に任せて士官学校に入った。学校に入るためのお金も、アウルは全て自分で稼いだのだ。

 その頃にはスティーグも騎士を引退して武芸教諭として士官学校で働いていたので、ケイティたちは毎日学校で顔を合わせられるようになった。


「わはは、アウルは見所があるな!」


 どうやらアウルは剣の方も才能があるようで、スティーグは毎日嬉しそうにそう言いながら晩酌をしている。


「頭もいいのよ。テストなんて、いつも上位に入っているもの」

「商売の方もうまくいっているようだしなぁ」

「今度、ウエスト地区にも店を開くんですって! 代々引き継がれている投資事業の利益を享受している私たちなんかより、よっぽど商才あると思わない?」

「おいおい、俺だって騎士や教師の傍ら、現代のニーズに合わせて調整してきているんだぞ」


 スティーグがアウルに張り合うように言った。なんだかかわいいと思いながらも、ケイティは続ける。


「それでもスティーグは、資産運営よりも体を動かして外貨を得る方が性に合ってるんでしょう」

「む……まぁな」


 正直、働いて得るお金よりも、資産運営で得るお金の方がよほど大きい。

 それでも働いているのは、社会的な地位の確立であったり、根回しがしやすくなったりと、色々とメリットがあるからだ。

 スティーグの場合は、ただ単に体を動かすことが大好きだという理由が大きいだろうが。

 ケイティもスティーグと結婚したら仕事を辞めても良いと思っていたが、結局は続けている。

 スティーグの妻ということで仕事がしやすくなり、生徒たちもかわいいと思えるようになった。今はスティーグと一緒に仕事ができるし、アウルにも会えるし、毎日が楽しい。


「なぁ、アウルだが……」

「なぁに?」

「やはり、うちの養子にはなってもらえんだろうか」


 スティーグの瞳は、ケイティから少し逸らされた。おそらくスティーグは、ケイティがなんと答えるかわかっているのだろう。


「スティーグ……あの子は、私たちを選ばなかったのよ。あっちに戻って、幸せに暮らしているの。私も今の関係で幸せなのよ。養子の話を出してまた断られたら、私……」

「……悪い、そうだな。まずはアウルの幸せを考えてやらんとな。それと、お前も」


 スティーグは大きな手でケイティの頭を引き寄せてくる。スティーグの胸に頭を乗せたケイティは、ごつい背中に手を回してぎゅうっと抱きしめた。

 クラインベックの家督はもう、スティーグが継いでいる。でも子どももできずに養子もとっていない状況では、家が途絶えてしまうのは必至だ。

 だからスティーグがアウルを養子に欲しいと思う気持ちは痛いほどわかる。本当のことを言えば、ケイティだってそうしたい。

 もしもアウルに養子の話を出せば、今までの恩返しだと言って首を縦に振ってくれるだろう。本当は嫌だったとしても、子どもの頃のように拒否したりはしないはずだ。

 だからこそ、養子の話を出してはいけないのだ。アウルには、自分の自由に、幸せに生きてもらいたい……それがケイティたちの望みなのだから。

 結局この日も、ケイティたちは跡継ぎ問題を先送りにしてしまった。


 そのアウルは騎士としても頭角を現し、三年後には士官学校を首席で卒業。

 事業の方も順調で、どんどん拡大しているようだった。


「スティーグ様、ケイティ母さん」


 卒業式の次の日、アウルがクラインベック家に現れた。その手に、五百万ジェイアを持って。


「あの日借りたお金を返しに来ました」


 そう差し出され、ケイティはスティーグと顔を見合わせる。


「いや、あれは貸したわけではないぞ。好きに使えば良いと思って渡した。たとえなくなっても構わないと思っていたから、返さなくていい」

「いいえ。俺は、これを目標にしてきたんです。このお金を返しても資産は十分にできましたから。スティーグ様のおかげです」

「そうか。しかし俺が渡したのは、三百万ではなかったか?」

「利息ですよ。スティーグ様は俺に投資してくれたんだから、その分多く返すのは当たり前でしょう?」

「……わかった。頑張ったお前の成果だな。遠慮なく受け取ろう」


 スティーグがお金を受け取ると、アウルはにっこりと笑った。誇らしい顔を見ていると、ケイティの胸から熱いものが込み上げてくる。

 子の成長をこうして見守らせてくれたことが、本当に嬉しい。


「これからは騎士として、しっかりやっていくんだぞ」

「なにかあれば、いつでもうちに来て相談していってね」

「それなんですが」


 アウルはきりりとした目で、スティーグとケイティを真っ直ぐに見つめている。

 何事だろうかとドキドキしながら見つめ返すと、彼はしっかりした口調でこう言った。


「僕は、クラインベックの跡取りにはふさわしくありませんか?」

「……え?」


 先ほどよりも強く胸がドクンとなる。まさか、アウルの方から跡取りの話を出されるとは思ってもいなかった。


「スティーグ様に言われた通り、僕たちはノース地区から脱却しました。剣も、勉学も、事業も、全て頑張ってきた。スティーグ様とケイティ母さんが、僕を養子にしたいと言い出した時のために」

「……アウル……」


 真っ直ぐに突き刺さる視線に、ケイティは胸を痛めた。

 どうしてアウルはこんなにも優しくて、良い子なのだろうか。自由に生きて欲しいと思っていたのに、自分たちの存在があったがためにそれを邪魔していたのかと思うと、申し訳なくなる。


「だからそんなにも頑張っていたの? あなたはカロリナとあちらの母親のために生きてくれていたなら、それで良かったのよ。私たちのことなんて考えなくても……」

「いやだよ!」


 急に放たれたアウルの大きな声。ケイティよりも高い位置から発せられた言葉は、ケイティの声よりも数段低くなっている。


「僕は、ケイティ母さんをもう一人の母親だと思ってるし……スティーグ様のことも、お父さんだって思ってるよ……だから、そんな僕の両親が困っているなら……僕は力になりたかったんだ!」


 力強い語調に、ほろりと熱いものが溢れそうになる。両親と言ってくれるアウルは、血のつながりはなくとも、本当に大切な自分たちの子どもなのだ。


「もしも他に養子を迎える予定があるなら、無理には言わないよ。でもそうじゃないなら……僕を養子にしてほしい。二人の力になりたい!」

「アウル……でも養子だなんて、あなたには本当の家族が……」

「カロリナも母も、賛成してくれた。クラインベックの力になってくれって」

「いいの……? 本当に、それで……」

「うん。僕がそう望んでるんだよ、ケイティ母さん」


 アウルの優しい瞳を見ると、ぶわりと涙が溢れ出した。

 これからは、本当に彼が息子になってくれる。クラインベックを、継いでくれる。


「スティーグ様」

「いい、これからは父さんと呼んでくれ。親子になるんだからな」

「……っ、父さん……っ!!」


 アウルが涙を滲ませた瞬間、スティーグがケイティとアウルを同時にぎゅっと抱きしめた。


「親子三人、仲良くやっていこうな!!」

「ニャーニャもだよ、父さん」

「そうだったな! わはははは!」


 ここ最近にない、大きなスティーグの笑い声が屋敷に響く。

 ケイティもつられるように、ふふっと笑みを漏らす。


「僕、クラインベックの名に相応しい、立派な男になるからね。母さん」

「いいえ……アウルはもう、立派な男性よ。私の自慢の息子だもの!」


 アウル頬を撫でながらそう言うと、大きな息子は照れ臭そうにへへっと笑って。


「スティーグ父さんとケイティ母さんも、僕の自慢の両親だよ!」


 と太陽のような煌めきを放ちながら宣言してくれたのだった。





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降臨と誕生と約束と 長岡更紗 @tukimisounohana

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