第6話 四面楚歌

 執務室にイオスはいた。五分ほど扉の前で待たされたが、突然の訪問にも関わらず招き入れてくれた。


「ごめんなさいね、突然」

「ケイティ殿、お食事は?」

「食べて来たわ。イオス様は、今から食堂?」

「いえ、今日は妻が弁当をこしらえてくれまして。ここで失礼してよろしいですかな?」

「ええ、もちろん! 食べながらでいいから聞いてくれる?」

「どうなされました?」


 イオスは愛妻弁当を広げた。どれも手の込んだ料理が所狭しと並べられていて、愛されている感満載の弁当だ。


「すごいお弁当ね……」

「そうですな。毎回食べ切るのが大変なのです」

「残せばいいじゃない」

「折角作ってくれたのに、残して帰ってはガッカリさせてしまうでしょう。で、ご用件はなんです?」


 愛妻弁当を口にするイオスは幸せそうだ。何て羨ましい。こちらは好きでもない男と結婚させられそうだというのに。


「実は、私、結婚するの」

「おめでとうございます」


 イオスは間髪入れずにそう言った。


「それが、めでたくも何ともないのよ」

「カミル・キンダークですか」


 何も言っていないのに言い当てられてしまった。イオスは神か。


「どうして知ってるの?」

「アクセル殿の友人で、彼から直接話を聞きました。ケイティ殿と結婚出来るよう、両親を説得する知恵を授けたのも私です」

「イオス様が!? なんってことしてくれたのよおおっ」


 これが兄なら罵っているところだ。しかし相手は騎士隊長兼参謀軍師なので、そうもいかない。


「ケイティ殿がスティーグ殿と結婚する策を聞きに来たのなら、お受け致しかねる」

「ふーん、全てお見通しってわけね! 以前はあんなに協力的だったのに」

「スティーグ殿にその気がない以上、ケイティ殿にとってこれが最善と思われた故。カミルは良い青年だ。きっとケイティ殿の良き伴侶となってくれる」


 不思議とイオスに言われると、そんな気になってくる。しかしそれでも、結婚となると話は別だ。


「そう、じゃあ私への協力は一切しないってわけねっ」

「ええ、申し訳ない」


 イオスの協力を得られないとなると、困った。自分でどうにかするしかなくなってしまったではないか。

 アクセルはカミルの友人だから、もちろん彼の肩を持つだろう。スティーグにしたって、ケイティが自分とは別の男と結婚するとなれば、大喜びするに違いない。家族には協力者は皆無だし、まさに四面楚歌状態である。


「仕方ない、自分で何とかするわっ」

「それでこそケイティ殿」


 イオスの笑顔に腹を立てるのは初めてだ。この悪どい笑顔、どうにかならないのか。


「PTSDの患者だけど」

「えらく話が飛びますな」

「よく言われるわ。聞きたいことがあるのよ」

「……大体の予測はつきますが。何でしょうか」

「どうしてスティーグの隊の患者数だけ、あんなに多いの?」

「やはり、その事ですか」


 イオスは急がしく口の中に食べ物を放り込み続けている。むしゃむしゃごくんと嚥下してから、再び話し始めた。


「選別の差ですな」

「……選別?」

「私は自分の隊を優先して人選している」

「そんなの、誰がPTSDになりそうだとか分かるの?」

「完璧には無理ですが、大体の情報さえ入れば選別は可能ですよ。騎士団に入る前に大方の選別は済ましているので」


 それだけ聞くと、ケイティはピンと来た。


「カールね!?」

「ご名答」


 なるほど、騎士団に入ってから選別したのでは遅い。前もって情報をカールから仕入れていたという事か。


「じゃあ、ロレンツォ隊の患者数がゼロなのは?」

「彼もまた、独自のルートで根回ししているようですな」

「アクセル隊の数が少ないのも同じ?」

「いえいえ、彼は根回しが得意ではありませんから。アクセル殿は、私やロレンツォ殿が計算でやっている事を、何も謀らずに天然で出来る」


 確かに彼にはそういう力があるように思う。端的に表現すると、人を見る目がズバ抜けていると言っていい。


「リゼット殿は治癒師で、PTSDになるまえにフォローしているのでゼロ。残りはウェルス殿の隊と、スティーグ殿の隊という事になるのですが、そうなると圧倒的にスティーグ殿の方にPTSDになりそうな者が流れる」

「……どうして?」

「それはスティーグ殿の人柄のなせる技でしょうな。彼は本能的にそういう人選をしてしまうのですよ。私の隊と比べると、個人レベルでの体力や知力、技力、精神力の劣る者が多い。逆にそれが隊を団結させ、スティーグ殿という指揮官の元、ものすごい力を発揮するのですが」

「……スティーグの隊にそういう人材を入れて強固にさせるのも、織り込み済みってわけね」

「そういう事です」


 むう、とケイティは唸った。単にスティーグに患者になりそうな人物を押し付けているのなら、文句のひとつでも言ってやろうと思っていたが。その人選をスティーグ自身がし、そしてその人選で隊の結束が固くなるのであれば、何も言える事はない。


「分かったわ。でも、患者に対するケアはどうなってるの? スティーグはいつも患者の所に行ってるようだけど、どうにかならない? 戦いに身を置くものが、患者と関わらない方が良いってカールから聞いたんだけど」

「私もカール殿から聞きましたが、中々彼が実行されたように、環境を整えたり見舞金を用意するのは難しい。我らは中央官庁からの承認が得られないと動けませんからな。一応申請してはおりますが、いつになる事か」

「もう、官吏が代わっても、相変わらずねっ」

「かなり融通は利くようになりましたがね」


 そう言いながら、イオスはまたおかずを口に運んだ。かなり減ってはいるが、ペースが落ちている所を見ると、お腹が苦しくなっているのかもしれない。


「食べるの、手伝ってあげましょうか?」


 その言葉にイオスはやんわりと首を振る。


「全て自分で食べる事に意味があるんですよ」


 と、ニッコリされた。悪どくなくとも何故だか腹がたった。


「ふんっ、ごちそうさまっ! もうイオス様には頼らないからっ」

「そうですか。健闘を祈ります」


 イオスの再び見せた悪どい笑みを背に、ケイティは彼の執務室を出た。

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