第7話 プロポーズ

 イオスの執務室を出ると、そこには見知った顔が二人もいた。

 思わず『げっ』と漏れそうになる言葉を飲み込む。


「ああ、ケイティ、来てたのか」

「お久しぶりです、先生」


 騎士隊長のアクセル、そしてその友人カミル・キンダークその人だった。


「ええっと、その……久しぶりね! カミル!」


 ちょっと……いや、すごく動揺しているのが自分でも分かる。久しぶりに会うカミルは、学生の時のような子供っぽさは抜け、大人の男になっていた。

 彼が卒業してからも何度か街で会ったことはあるが、こんなに男らしくなかったように思う。縁談話が持ち上がって意識しているせいなのだろうか。

 青みがかった黒髪、細身の体躯、柔和な笑顔。身長はアクセルと同じくらいで、男性の平均身長と言っていいだろう。


「あ、髪のせいか……」


 思わずポソリと言葉が漏れた。


「え?」

「いえ、昔は髪を結わえられるくらい長かったじゃない? 短くなったせいか、男らしくなったように感じて……」

「そうですか? 先生にそう言って頂けて光栄です」


 ニコリと可愛く微笑まれ、ケイティもまたつられて微笑む。


「じゃあ俺は職務があるから、これでな」

「ああ。ありがとう、アクセル」

「失礼する」


 そういうとアクセルは足早に去って行った。後にはケイティとカミルが残る。一体何を話そうか。


「今日は学校はお休みですか?」


 思案していると、カミルの方から話しかけてくれた。


「いいえ、お昼休みに抜け出して来ただけだから、戻らなきゃ」

「お送りします」

「え? いいわよ」

「少しお話がしたいので。よろしいですか?」

「……ええ、学校に着くまでなら」


 カミルはありがとうございますと微笑み、ケイティに歩調を合わせてくれた。


「先生はどうして騎士団に?」

「……ちょっと、イオス様に相談に」

「断られたでしょう?」

「誰かさんに先に取られてたわ」

「ははッ、それは申し訳ないです」


 カミルは快活に笑い、逆にケイティの顔は曇る。


「あの……本気なの?」

「本気ですよ」


 ケイティが恐る恐る聞くと、間髪入れずに答えが返って来た。


「カミルからすれば、私なんかひとまわりも年上のオバサンじゃない」

「僕には少女に見えますよ」

「少女じゃなくって、処女なのよ、私」

「知ってます。それも魅力的です」


 魅力だろうか。スティーグには相当鬱陶しがられているが。


「カミル、好いてくれて嬉しいんだけど、諦めて貰うわけにはいかない?」

「先生はスティーグ様にそう言われて、諦めるんですか?」

「諦めないわよ!」

「同じですよ。僕も諦めません。学生の頃から好きで、ようやく親を説き伏せたんです。このチャンスを絶対に逃したりしません」


 諦めたくない、と言う気持ちは痛いほど分かる。このまま話しても平行線だと感じたケイティは、話題を変えることにした。


「カミルは結局騎士にはならなかったのよね。今は何をしてるの?」

「いきなり話が飛びますね……僕は今、美術館の館長をしてますよ。まぁ父からの引き継ぎなので、偉そうには言えないんですが」

「へぇ、美術館。あまり縁が無いわね」

「そう言わず、一度来てみて下さい。心が癒されますよ」

「覚えておくわ、そのうちね。じゃ、もう学校だから」

「先生」


 そそくさと学校に逃げようとするケイティの手を、カミルは掴んできた。


「三カ月以内にスティーグ様を落とせなかったら、ちゃんと僕と結婚して下さい! 絶対、絶対に幸せにしますから!」


 周りにいた生徒達がざわつく。校内で、しかも大声でプロポーズされてケイティは大いに焦った。目の前のカミルは自分がした発言にも関わらず、照れもせずにニッコリ笑って「それではまた」と去って行った。


「うわ、ケイティにプロポーズ!?」

「スッゲー物好き!! 誰だアレ??」

「いやん、だめよ、私には愛しのスティーグ様がぁああ、とか言わねーと!」

「ケイティピーンチ!」

「とうとう処女卒業なるか!?」

「先生っつってたぜ、教え子? ヤバッ」

「ケイティ良かったじゃーん!」


 言いたい放題の生徒達をギリっと睨む。いや、ここは怒ってはいけないのか、受け流すべきか。逡巡するその合間に、どでかい声が飛んできた。


「オラオラッ!! お前らとっとと教室入れっ! 遅刻すんぞ、遅刻ーーッ!!」


 模擬剣を振り回すカールが現れ、蜘蛛の子散らした状態で生徒達が駆け出して行く。


「いつも遅刻ギリギリのカールに言われたくないってのーっ」

「んだとぅ? やるか、テメェ! あと校内ではちゃんと教官と呼べっつってんだろ!」

「そうしろって奥さんに怒られたんだろ? 尻に敷かれてんなーッ」

「うっせ! はよ行け!!」


 いつまでもうるさい生徒の尻に、カールはドカッと蹴りを入れる。生徒は「イッテー」と叫びながら校舎に消えて行った。

 カールは本気で怒ってなどおらず、いつも楽しそうに生徒と交流している。


「おい、俺らも急ぐぞ」

「……ありがとう、カール」

「んあ? ああ」


 カールと自分の、一体何が違うのだろうと、ケイティはいつも思う。

 ケイティはいつも生徒に馬鹿にされている。カールには親しみが籠っているのが分かる。その証拠に、彼の授業は笑顔もあり、そして張り詰めた空気もある。生徒達は実に楽しそうに、そして真剣に授業を受けているのだ。ケイティの授業とは雲泥の差である。

 もし。もしもだが、カミルと結婚したら、この状況から打破出来るだろうか。少なくとも、処女だという事でからかわれる事はなくなるだろう。

 もちろん、スティーグと結婚出来るのが一番いい。きっと騎士の奥方として、丁重に扱われるようになる……はずだ。

 でも、もしもスティーグと結婚出来無かったら。カミルとの機会も逃してしまったら。

 したくもない想像をしてしまい、ケイティは首を左右に振った。

 絶対にスティーグと結婚出来るはずだ。生まれる前から約束していたのだから。

 ケイティは自分に強くそう言い聞かせていた。

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