第13話 ライズという男③

 その、一ヶ月後の事だった。

 ディーナは一通の手紙をポストから取り出した。差出人は、ディーナ。

 ハテナと思ったディーナだったが、宛名がディーナではない。これはライズと書いてあるのだろうと思い当たる。

 ディーナはその手紙を、転ぶ様にしてライズに届けた。


「ライズ! ライズッ! 手紙だ!」

「ん? 読んでやろうか?」

「ちっがうよ! ライズに手紙! 娘の方のディーナからだよ!」

「……え?」


 ディーナはライズに手紙を握らせると、上機嫌で店に向かう。


「ゆっくり読んで構わないからな! あたし、店番してるからさ!」

「あ、ああ、悪ぃ」


 そう言ったライズの顔は、心なしか嬉しそうだった。返事があったという事は、娘に会う気があるということじゃないかと予想が出来て、ディーナも嬉しかった。

 ディーナはウェルスに頼まれた弓の作製をしながら店番を続ける。もう少しで完成だ。ウェルスの喜ぶ顔を想像すると、これを届けに行くのが楽しみだ。直接渡せはしないだろうが、それでも嬉しかった。

 ウェルスの笑顔を想像していると、奥からライズが出て来る。


「すまないな、任せっきりで」

「ライズ! どうだった? 娘さんは会いたいって?!」

「うーん、まぁそんなとこかな」

「良かったじゃないか! 会うんだろ!?」

「……会えねえ、なぁ……」


 ライズは無理矢理作ったであろう笑みを絶やさなかったが、明らかに言葉尻は沈んでいる。


「……何で? 会いたいんだろ?」

「そうだなぁ。そう思ってたが…… 会ってもどうしようもねぇっつーか。事情が許さねぇっつーか」

「何だよ、それ」

「いいんだよ。ディーナとは……娘とは会わねえ。俺には何もしてやりようがねぇからな」

「……ふーん。ライズがそれでいいなら、いいんだけどさ」

「集金行ってくらあ」

「うん、いってらっしゃい」


 ライズを見送った後、ディーナはそっと家に入った。彼の娘から来た手紙の内容が気になる。開けて見た所で、ろくに読めはしないのだが、分かる単語をかき集めれば何か分かるかもしれない。

 ディーナはライズが使っている小さな机やその引き出し。更にはタンスの奥や食料庫等を探して見たが手紙は見つからなかった。

 手紙は持って出たのかもしれないなと思いつつ、倉庫奥を探していると、見知らぬ箱が目にとび込んで来る。箱の上には一枚の封筒。

 しかしライズの娘が書いた物ではなく、宛名がディーナとなっていた。


「あたしに? こんな手紙、来たことあったっけ」


 手紙の裏を見ると、そこには『ヴィダル』の文字。祖父の名前を見つけたディーナは、慌てて封筒を開けた。


「し、んあい……ディーナ。これを…あー、これ何て読むんだっけ! えーと、無駄、か! 次が……使う……」


 落ち着けば読める字も、早く読みたいが為に余計に焦って読めなくなっている。歯痒いばかりだ。

 しかし、何とか読み切ると、ヴィダルがディーナの為に残した物がある、と言うことが分かった。

 もしかしてと予感を感じながら箱を開ける。


「じーちゃん……」


 そこには、何十万というお金が入っていた。


 ディーナはライズが帰って来るのを待ちかねて、ヴィダルからの手紙を見せた。

 ライズは当然の様にそれを声に出して読んでくれる。


「親愛なるおバカな孫娘、ディーナ。きっと困っておるじゃろう。これを使え。無駄に使わんでくれよ。辛くとも泣くな。きっとディーナには素敵な未来が待っておる。頑張るんじゃよ。……ヴィダル」


 ライズが読み終え、カサリと手紙を封筒に戻す。グスリとディーナは鼻をすすった。


「じーちゃん、あたしが困窮する事、分かってたのかな……」

「かもな。このファレンテインで、よくこれだけの金を貯めたと思うよ。これはこのままここに置いておこう。いつか、ディーナがまた生活に困った時の為に」

「ちょっとライズ、嫌なこと言うなよ」

「はは、すまんすまん!」


 ライズはその箱をしばらく見つめた後、倉庫に戻してくれた。


「店番交代だ。森でグリフォンを見たって情報があったぞ。行って来てくれ」

「本当か? じゃ、ちょっと行ってくるよ!」

「気をつけてな」


 その時の彼の笑顔が、無理をして作ったものだということに、ディーナは気付けないまま狩りに出た。


 ディーナが狩りから戻ったのは、二日後の事だ。

 グリフォンの羽を手に入れ、ほくほく顔で帰って来たディーナだったが、店が閉まっているのを見て訝しげな顔に変わる。


「あれ……ライズ、集金にでも行ってんのかな」


 そう思ったのも束の間。鍵を開けて店の中に入り、愕然とした。主力商品であるウェルスオリジナルが全て消えている。


「ライズ!! ライズ!?」


 強盗にでも入られたのかと思い、ライズの身を案じてその姿を探すも、どこにも見当たらない。集金袋の中は空っぽ。生活費としてタンスの奥にしまってあったはずのお金も空っぽ。まさかと思いつつも、倉庫にしまってあったヴィダルがくれたお金も、箱ごと消えていた。

 部屋に荒らされた形跡はない。そこに金があると知っていた者の犯行だ。


「……ラ、イ、ズ……っ」


 ライズは消えた。ヴィダル弓具専門店にある、全ての金とウェルスオリジナルを持って。

 ディーナに怒りと悲しみと虚脱が襲いかかり、しばらくの間、何も出来ずに立ち尽くしていた。

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