第4話 -知らない景色、知らない記憶-

 遠くで爆発音がひとつ、ふたつと聞こえました。それを聞いて私の意識が覚醒する。さっきまで柔らかく、暖かなベットに包まれていたはずですが、私の体は無骨で氷のように冷たいものに包まれていました。

 体が痛い。

 最初に感じたのは体全身に広がる鈍い痛みで、今まで感じたことの無いほどのものです。

「******」

 遠くで声が聞こええる。でも、何を言っているのか分かりません。声が低いので男の人のようです。

 視界が少しづつ開けていく。しかしながら焦点が合わず良く見えません。何が起こっているのか理解できない。

 わかることはせいぜい自分が仰向けに倒れていることぐらいです。

「あっ、......うっ」

 声もまともに出せない。喉もやけるように痛い。

「こんな思いをするんだったら君と出会わなければ良かった。その方がお互いこんな思いをするはず無かったんだ」

 男の人の声です。話している内容的には私の知人のようですが、一体誰なのかは分かりません。

 やっと焦点があってきました。ボヤけていた視界が少しずつ鮮明に映り始めます。周りの景色もはっきりと。

「.......!?」

 周囲に広がっていた景色は、なんとも惨い景色です。そこら中に人の亡骸が転がっていて、腕がないもの、頭が砕けているもの、臓器が飛び出しているものまで。景色全てが赤色に染まってしまっている。その近くにおそらくさっきから喋っていた男の人の姿が見えました。彼は青い軍服のようなものを身にまとっていたが、そのほとんどが赤色。血の色だとわかるほどに返り血を浴びているようです。空には黒煙が立ち上っている。

「すまない......」

 そう言って彼は手に持っていた剣を大きく振りかぶる。それを見て私は「あぁ、殺されるのだな」と思いました。しかし、普通ならここで恐怖を感じるはずなのですが、私は何も感じず。全てを彼に任せようとするかのように脱力していて、なんだか彼を信頼しているようです。

 彼が剣を振り下ろす。

 ここで視界がブラックアウトし、記憶のようで、夢のようでもある不思議なものは途切れました。

「っ......!はぁ、はぁ、はぁ」

 すごい勢いで起き上がる。心臓がズキズキと鼓動を続けていて、たまらず自分の心臓を鷲掴みにするように胸を抑える。

 すごい汗の量です。今までかいたことのないような量でした。私は悪夢にうなされていたと、そう理解しました。それ以外考えられなかったからです。しかし、不思議なもので、あの生々しい痛み、血なまぐささ、そして何より。自らの記憶を遡ったかのようなこの感覚。これらの違和感が私の中に残っていました。

「さっきのって、一体何? 私の記憶なの?」

 しかし、あんな凄惨な情景なんても前世でも見たことない。でもただ一つわかること。それは、あそこがおそらく戦場であること。実際に見たことあるわけない、前世で見た歴史の教科書に載ってあった戦場の写真にあった景色に似ていましたが、知っているはずのない光景です。

 この時、私はこれが夢なのか記憶なのかの判別はつきませんでした。ただ1つ何故か確信があります。これはただの夢ではない、予知夢のような重要な意味のある夢かもしれない。

 自室で制服に着替える前に、個室に備え付けのシャワールームで嫌な汗を洗い流し。サッパリしてからシェアルームへと向かう。そこには既にみなが揃っていました。

「皆さん、おはようございます」

「あぁ、おはようアリシア。朝からシャワーかい?」

「おはようございます。アリーさん」

「はい、ちょっと嫌な夢を見まして」

「そうか、それは災難だったな」

 レミントンさんが心配そうな顔をしている。優しい人のようです。

 全員が揃っていると思っていましたが、ヒロコさんの姿が見えませんでした。まだ起きていないのでしょうか?

「えっと、ヒロコさんはどちらに?」

「彼女ならさっき走ってくると言って出ていったよ」

「そうだったんですね」

「でも凄いですね。朝から運動なんて、私にはできません」

 朝から焼き菓子と紅茶を嗜みながらゆっくりしている茶髪の少女、セシルさんがカップを卓上へ戻す。

 私も朝から運動はしたくない派です。

「そういえば2人はだいぶ仲がいいようだな?」

「どうしてですか?」

「愛称だ」

 あぁ、そういう事ですか。自分も相性で呼び合いたいと言っているのですね。私は彼女と出会った時、堅苦しいイメージを受けたので愛称で呼び合うのを躊躇ためらい、教えるのを忘れていました。ですが、彼女もやはり女の子と言うやつなので、ヤキモチの焼き方が可愛いです。レミントンさん意外と子供っぽいところがあるようです。

「そうですね。私は会った時からアリーさんのこと愛称で呼んでますね。ではレミントンさん。私のことはセシルと呼んでくだいね」

「ではでは、私のこともアリーと愛称でお願いします」

「あぁ、私のことはレミーと呼んでくれ」

「はいっ、レミーさん改めてよろしくお願いします」

 彼女にそう微笑みかけます。

 そうすると向こうも同じように笑顔を見せてくれました。やっぱり可愛いですね。

 程なくして扉の開く音、短髪の朝から運動をしに行くほどに元気で活発な少女。ヒロコさんが帰って来たようです。

「みな、おはよう。それとただいま」

 彼女の挨拶にみなそれぞれ返す。

「そういえば、風呂はないのか?」

 急にそんなことを呟く。まあ、日本人たるもの、風呂は大事ですよね。それに今は運動後で汗をかいていお風呂に入りたくもなるでしょう。でもねヒロコさん、ここにお風呂はないと思いますよ。

「ヒロコさん多分お風呂はなぃ......」

「風呂というのはあれか、湯に体をつけるやつか?」

 えっ? なんでレミーさんがお風呂の存在をご存知で?

「あぁ、そうだ知っているのか」

「それなら共用の物ならあるはずだ」

「おぉー、そうなのか! それでそれで風呂はどこにある」

 ここお風呂あったんですね。と言うか、まだ会って数日しか経っていませんが。こんなにワクワクしたヒロコさん見たのは始めたな気がします。

「それなら、正面の寮の門をくぐって左を進めばあるはずだ」

「さっき走っていた時に見た建物中にあったのか。ありがたい、これで久しぶりに湯船に入れる」

 目がキラキラいてます。相当嬉しいのでしょう。

「あそこは姉様が言うにはあまり使っている人はないから、ほぼ独り占めできると思うぞ」

「ゆっくりと湯に浸かれそうでよいな」

 お風呂ですか。当たり前のことですが、この世界へ来てから1度も入ってません。なので久しぶりに入りたいです。

 というかレミーさん、お姉さんがいたんですね。

「そのヒロコさん。私もご一緒してもいいですか?お風呂というものにも興味がありますし」

 というていで私も久しぶりに入りたいです。

「あぁ、そうだな一緒に入ろう。午後の課業のあとで良いか?」

「はい、わかりました。今から楽しみです」

「私も楽しみだ」

 今日は十数年ぶりのお風呂のためだけに頑張って行けそうです。しかも今日は学校案内。間違いなく歩いき回るから、疲れた体を癒すにはもってこいです。この後、残りの2人も「お風呂なるものが気になると」言うことで一緒に入ることになりました。

 ちなみにレミーさんはヒロコさんにも相性で呼ぶようにと言っていました。

 一日の課業が終わり自室へ戻ってきました。

 部屋にいたのはヒロコさんだけで、ほかのみなさんは帰ってきてないようです。

「おっ、帰ってきたか」

「ただいま戻りました」

「どうする、夕食後に行くか?」

「そうですね」

「わかったそうしよう。それにしても、まさか異国で風呂に入れるとは喜ばしい限りだ」

「私もお風呂入ってみたかったので」

「にしても詳しいな私の母国のこと、なんだか同郷の者のように思えてくる」

「まっ、まあ、父が国の職員で海外に関する書籍が家に沢山あるので」

 もしかして。

 私、怪しまれてますかね?

「そうか、道理で詳しいわけだな。しかし今日は歩き疲れた、早く夕食を済ませて風呂に浸かりたい」

 あれ、怪しまれていない?

 大丈夫そうですかね。

「はい、そうしましょう」

「そういえば、気になっていたのだが」

「なんですか?」

「私の名はどやって短くするのだろうか?」

「それは愛称の事ですかね」

「そうそれだ。私にもしも愛称があったらどんな感じだろうと思ってな」

 いや、まさかの愛称の件ですか。朝のレミーさんの件と同じ雰囲気を感じますね。

「ヒロコですから、単にヒロが無難ですかね」

「やはりその辺か」

「では、ヒロと呼びます。なのでヒロさんもアリーと呼んでください」

「うむ、アリー改めてよろしく頼む」

「いえいえ、こちらこそですよ」

 愛称で呼び合う仲になれたことがよほど嬉しかったのか、ヒロさんは上機嫌になってます。

 その後、残る2人と合流し、夕食を済ませてから1度自室で家事準備を整え大浴場をめざしました。

 入口はちゃんと男湯と女湯で別れています。銭湯みたいですね。

「女湯はこっちか」

 迷うことなくヒロさんが赤いマークの着いた方へ進む。みなそれについて行きます。

「楽しみですねお風呂」

「あぁ、そうだな」

 2人ともワクワクしているようです。

 脱衣所は銭湯のものと変わらないような感じでしたが、こっちは全て石材でした。

 みなタオルをまといついに浴場へ足を踏み入れる。すると銭湯で嗅ぐことの無い匂いが漂って来た。この匂いがするということはここは銭湯ではなくて。

「この匂い......、温泉だな。まさか異国の地で温泉に出くわすとは驚きだ」

 流石ヒロさん、彼女は直ぐにこれを硫黄の持つ独特な匂いだと気づいようです。

「オンセンとはなんです?」

「温泉というのはですね。水が地下で温められたものが地上へ湧き出して来た場所とか、お湯そのものを言うんですよ」

「そうだな、懐かしい匂いだ」

「私の故郷では聖水として扱われてますね」

 ここが温泉だとするという事は、何か良い効能があるかもしれません。お肌スベスベ待ったナシかもしれません。

 セシルさんの故郷の温泉にも効能がるから聖水という事でしょう。

 ここはレミーさんいわく、あまり使われていないと言っていました。なので人はいないだろうと思っていましたが、そうではないようで脱衣所には1人分の衣服があり、既に入浴中のようです。

「既に誰かいるようだな」

「もしかするとヒロさんと同郷かもしれませんね」

 セシルさんの言う通りその可能性もありますが、もしかするとバタリット出身の方かもしれません。あそこは温泉が大衆にも受け入れられているはずです。

 みなそれぞれに台上へ衣服を重ねていく。

「少々肌寒いな」

 床暖房がないようで足元から冷えてくる、これは早く湯につからないと風邪をひきそうです。私たちは寒さから逃げるように浴場へ足を踏み入れました。

「わーお」

「綺麗ですね」

「あぁ、美しいな」

 皆さんの賞賛の通り浴場は美しいものでした。

「これは......、大理石ですか?」

「そうみたいだな、それにしても柱だけでなく、天井や壁、床にまで大理石を使っているなんて驚きだ」

 この浴場全てが大理石でできている。一体いくらかかったのでしょうか?

「まあ、建材などどうでも良いだろう。そんなことより早く湯船に浸かりたい」

 と、目の前の温泉に興奮を隠しきれていないヒロが当たりを見回す。

「そうですね。早く入ってしまいましょう」

 セシルが躊躇なく湯船に入る。それに続き私、レミーの順で湯船に浸かる。それを見てヒロは驚いた様子で。

「待つんだ、なぜ体を洗わずに湯に浸かるのだ。まずは体を洗わなければ」

 確かに日本ではそういったルールがありますね。ですが、ここには体を洗う設備はありません。なので、ここでは体は洗わずそのまま入ることしか出来ないのです。

「いや、しかし」

 なんだか納得が行かないようです。

「こっちの地方では体は洗わず湯船に浸かるのよ。湯に浸かること自体がみ自らの体を清めるための行為だもの」

 その時、湯があふれでている柱の裏側から声が聞こえた。さっき見た衣服の持ち主でしょう。柱の裏から1人の女性が姿を表す。クリスさんでした。

「あなたの国ではどうだか知らないけれど、マナーやルールはその国のものに従うものよ」

 その女性はこの前寮の門限直前に外へ入って出ていった生徒でした。

「確かに、『豪に入れば郷に従え』と言うからな。仕方あるまい湯船に浸かることが目的であるからな」

 そう言いながら少しきにくわない顔をしつつも、ヒロさんも湯船に入るでのした。先日の私に対する態度に腹を立てていた手前。指摘されてしまったのが気に入らないようです。

 クリスさんは私に手を振ってそのまま温泉を後にしました。私たちが来たので退散したのかもしれません。

 それにしても久しぶりの温泉です。肩までゆっくり浸かると、身体中の疲れが優しく消えていきます。つい「はぁ〜......」と声が漏れていました。新しい環境にで過ごすうち知らぬ間に体に疲れが溜まっていたのでしょう。

「お風呂というのは素晴らしいな。気に入ったよ」

「そうですね。体の芯から疲れが取れたようで気持ちよかったです。それに心做しか肌がすべすべしています」

 レミーさん、セシルさん共にお気に召したようです。

「気に入ったようで何よりだ。なんだったら今度私の母国へ来るといい。その時はこれよりいい所を案内するぞ」

 ヒロさんの故郷でここよりも素敵なところと言えば源泉垂れ流しの露天風呂とかでしょうか? だとすると美しい景色と共に楽しむことができます。

 後で知った事なのですが、こちらの地域でもセシルさんの故郷と同じく基本的に温泉の泉は医療目的や、宗教的な聖水に利用されていて、あまり入浴などには利用されてないようなのです。が、全ての地域が同じという訳では無いようで。一応温泉を使った行楽地的なものはあるようですが、やはりヒロの故郷と比べると圧倒的に数が少ないようです。

 十数年ぶりの温泉は気持ちよかったし、体が解れる感覚があって最高です。また入りに行くことにします。それにしても長く入りすぎたようで少しクラクラします。しまいにはレミーさんとヒロコさんに肩を貸してもらう羽目になってしまいました。いやはや恥ずかしい限りです。

 そうこうしているうちに寮へ到着しました。思いのほか入浴場が離れていて湯冷めしそうです。実は日本と違い入学の時期は9月なので、もうこの時期には少しづつ気温が下がってきます。朝なんかは10度ぐらいまで下がるので肌寒く感じるどこか寒いです。

 夕闇の時間、気温が下がり始める。肌寒さを感じ身振りをする。これでは風邪を引いてしまう。早く部屋へ戻ろうと、そう思った時です。

「......っ!?」

 急に寒気に襲われる。気温によるものとはまた別の寒気です。これは恐怖を感じた時の寒気。己に身の危険を感じさせるためのような寒気。普通の寒気ではない。咄嗟に周りを確認する。しかし、周囲に不審な人物や、物体は見当たりません。

「さっきのは何?」

 入学式の時に感じた時よりもはっきりと感じた。まるで体全身を舐め回されるような感じ、実際に舐め回された訳では無い。それを理解していたとしても、そう感じてしまう程の気持ち悪さを感じた。

「どうした、アリー?」

 レミーさんに声をかけられました。

「いっ、いえ。大丈夫ですなんでもありません」

「そうか、しかし顔色が悪いようだ。何かあったら言ってくれ。話すだけでも楽になれるかもしれんからな」

「はい、その時はよろしくお願いします」

「あぁ、任せてくれ」

 レミーさんはすごく頼もしいです。もしも彼女が男性だったら。私、惚れてしまうかもしれません。ところで、入学式の時といいさっきのといい。一体何がおこっているのでしょうか? なんだか気味が悪いです。それにこの感覚、もしかすると私しか感じていないのかもしれません。レミーさんにヒロさん、セシルさんもこの気持ちの悪い感覚に気づいている素振りを見せません。上手く隠しているのなら相当な芝居上手ということです。それか私の目が節穴説。大いに可能性はありますが私が見た限り分かりません。しかし、失礼ながらヒロさんはそういった事は得意そうではないし、レミーさんならさっきの会話の際に私に何か聞いて来るでしょう。セシルさんは「ふわふわ」してる感じなので、勘づいていても気にしていないのかもしれません。だとするとこの感覚に気づいているのは私だけかもしれない。どうして私だけなのでしょうか?

 もしかすると彼女、クリスさんなら気づいているかもしれません、今度会った時に聞いてみましょう。

「レミー、アリー何してるんだ急がないと寮門が閉じてしまうぞ」

「あぁ、わかっている今行く」

「はい、今行きます」

 このままでは寮に入れなくなります。急いで寮へ戻らなくては、少し早足で寮へ向かいます。その結果ギリギリのところで寮に到着。少し走ったため息切れをしながらもんをくぐると、寮監さんから「もっと余裕を持って帰ってきなさい」と少しお叱りを受けてしまいました。

 その後自室へ戻り自由に過ごす時間です。私は自宅から持参している本を読みふけていました。魔術に関する書物ですが、希少な能力や個性についての書物です。先日からの嫌な雰囲気について調べていましたが、

「ダメですね」

 似たような事例はあるのですが、どうにも私が感じているものとは違うような表現が使われています。近いもので「上位の魔物やそれに類似したものに間接的に触られた際に感じる不快感」というものです。どうも感じ方には人それぞれに差があるようなのですが、それでも報告されているものはどれも似たような感覚ばかりで、私の感じているものとは別物のようです。どういう感覚か具体的に書かれていない点も原因かもしれません。ふと、時計に目を向けます。1時間ぐらい読んでいたと思っていましたが、予想より2時間ほど長く読んでいたようです。時計は既に日をまたぐ時間でした。道理で眠たいわけです。

 大きな欠伸をひとつ、これは布団に入って目を瞑れば一瞬のうちに夢の世界へ落ちてしまうでしょう。今日は快眠できそうです。

 そのまま私は布団へ身を任せ、夢の住人へ仲間入りしました。


-to be continued-

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