四章 募る想い
episode1
落日のショーも終わりに近づき、かわりに空には夜の
堺は地平線の彼方に眠りにつこうとしている太陽を、名残惜しそうに見つめている。その横顔は、まるで恋人との別れを惜しむかのような哀愁があり、俺には消えゆく太陽よりもその横顔の方が綺麗だと思った。
「聞きたいことはもういいの?」
堺がちらりと横目で俺を見た。堺の横顔に魅入っていた俺はいきなり目が合い、慌てて視線を
「あの……」
「うん」
「あの人は、その、恋人ですか?」
気になっていたことを、恐る恐る堺に尋ねた。
「いや、友達だよ」
「友達……」
俺の顔を見て、堺がくっくっと愉快そうに笑う。
「顔に出るね、三澤って。セフレだよ」
俺はごしごし頬をこすりながら、「セフレ?」と首をかしげる。
バイの次はセフレか。バイセクシャルの短縮言葉がバイだからセフレもきっと同じ短縮言葉だな、とあたりをつけて考えていると、「そんな真剣な顔で考えることじゃないぞ。セックスフレンドのことだよ」と口元を押さえて笑いを
思いもよらない言葉に驚愕すると、唾を飛ばすほどの勢いで堺が吹き出した。
「その顔、すっごい! ムンクの叫びみたい!」
狭い車の中で窮屈そうにお腹を抱えて笑う堺に、「もう、堺さん! 顔に唾が飛びましたよ。そこまで笑うことないじゃないですか」と手で
肩が触れ合うほどの狭い空間で笑われるとなんだか余計に悔しくなり、俺は口をへの字にして堺を睨んだ。
「ああ。三澤って、変わってるな。普通はみんな避けたり、気持ち悪がったりするのに」
堺が涙――笑いすぎて出した涙だ――を
男しか愛せない、と隠すことなく答えた堺の真意とは。
知られたくなければ、いくらでも嘘をついてごまかすことだってできたはずだ。
それをしなかったのは、自分の気持ちに嘘をつきたくなかったからだろうか。嘘をつけば自分を否定することになる。だから、本当のことを言ったのだろうか。
――いや、違う。嘘をつかなかったのは、俺に対しての誠意か。
笑いすぎで咳込む堺を見つめながら、俺は口元を引き締めた。
「……自分も同じだから、です」
俺は、膝の上で固く結んだ手を見つめながら呟いた。
「はじめは、からかわれるのが嫌で仕方がなかった。でも秋山が柊さんに懐いてしまって仕方なく一緒に過ごすようになったら、俺ときちんと向き合ってくれていないことに悲しくなって。友人として扱ってくれるようになってからは、柊さんが他の人と仲良くしてるのが嫌になって……」
「――本気になるには難しい相手だと思うよ、彼」
顔を上げると、堺が困ったような表情で俺を見ていた。俺は小さく頷いた。
「最近、避けられてます。だから昨日、柊さんを探してあそこに……」
「アッキたちと飲んでこいよ。騒げば、少しは気持ちが楽になるからさ」
堺は声を詰まらせる俺の頭をポンポンと優しく触れながら、
「彼のことは、忘れた方がいい」
俺は目を伏せた。
……やっぱり伊集院に似ている。言うことまで同じだなんて。
「堺さんも、一緒に」
「……俺もいいのか?」
俺は頷き、「だって、堺さんいないとあのメンバー収拾つかないですよ」と苦笑しながら堺へ顔を向けた。
「俺がいても収拾なんてつかんよ」
堺も苦笑する。
「あ、みんなには……」
俺は人差し指を唇に当て、「秘密、ですね」とさっきの堺の真似をした。
「……そう。秘密。俺と三澤だけのな」
「はい」
「あれ、祐一。体調大丈夫なのか?」
陣内の部屋のドアを開けると、流しで大根を洗っていた秋山が声を上げた。大根好きだな、お前。
「大丈夫。それより、陣内たちは?」
部屋を見回すが誰もいない。一瞬、秋山の部屋と間違えたかと思ったがここは二階だ。しかも奥にはエロ本と漫画だらけの本棚。間違えようがない。すると秋山は「買い出し」と短く答え、「無理すんなよ」と心配そうな顔で言ってきた。本当にいい奴だよ、お前は。
「だって堺さんに、来ないと遊園地に連れてくって脅されたら、来ないわけにはいかないだろ」
駐車場で車を止めている堺の名前を勝手に使うと、「マジで?! すげぇ罰ゲームじゃん。そりゃ、来るしかないよな」と同情する秋山。よっぽど海で嫌な目に遭ったのだろう。あとで詳しく聞いてやろう。
「うそ、うそ。みんなと騒ぎたくて来たんだ」
と言い直すと、「行ってやってもいいぞ、遊園地」と背後から声がした。ギョッとして振り返ると堺が意地悪く笑って立っていた。
「そうかぁ、そんなに三澤は俺とドライブがしたかったのかぁ。気づかなくてごめんな!」
「よかったっすね、堺さん」
秋山が合いの手を入れる。しまった、余計なことを言ってしまった。
「楽しみだな、三澤!」
満面の笑みを浮かべる堺にガッシリと肩を掴まれた。
「まずい、墓穴を掘った」
うな垂れる俺に、「ばっかだなぁ、祐一。ひひ、地獄を味わえ。写真撮ってこいよ、証拠写真!」と秋山がものすごく楽しそうに笑っている。他人事だと楽しそうだな、おい。
堺は俺の肩をバシバシ叩きながら「日取りはあとで決めような」と言うと、「アッキ、なんか手伝うことあるか?」と部屋に上がりながら秋山に尋ねた。
「ジンたちが帰ってきたら頼んます。それまで祐一と日取りでも決めててください。ひはは」
よっぽどツボにはまったのか、秋山の笑いが止まらない。
「秋山、お前なぁ」
恨めしげに秋山を睨むと、勢いよくうしろの玄関ドアが開き、俺は思わず振り返る。
「あれ、こんなとこでなにしてるんだ?」
買い出しに出ていた陣内と滝川が、酒の入った袋をいくつも持って立っていた。
「あ、悪い」
玄関を占領していた俺は、急いで靴を脱ぐと陣内から酒の入った袋を受け取り、奥の部屋へと運ぶ。テーブルに買ってきた酒を並べていると、「祐一が堺さんと遊園地に行くらしいぞ」と秋山の心底楽しそうな声が聞こえてきた。
「あ、ばかっ」
慌てて振り返ると、陣内と滝川、ついでに冷蔵庫の中を覗いていた堺がニンマリと顔をほころばせて俺を見ている。
「秋山!」
「ひひ、決定だな」
「観覧車乗れよ」
と陣内が面白がって言うと、「確か、ボートもあったよな。白鳥の。あそこもカップル率が高いからいいんじゃないか?」と滝川が陣内の本棚から「デートスポット特集」と書かれた情報誌を取り出した。
俺はそそくさと秋山の方に逃げ込む。
「へぇ、ジンそんなの買ってるのか」
興味を持ったのか、堺は滝川の隣に座ると情報誌を覗き込んだ。
「結構あるなぁ。よし、みんな連れてってやるからな」
途端に滝川は表情を暗くし、「デートスポットっすよ、ここ。いやっす」とキッパリと言い放った。秋山を手伝っていた陣内も「そうだ、そうだ。頑張れ、滝川」と応戦する。
「だから、面白いんじゃないか」
堺が意地悪く笑った。
「面白くないすよ」
「ぜんぜん面白くないですよ」
陣内と滝川が声を揃えて言った。
「祐一」
隣で大根サラダを作っていた秋山が真剣な顔で、
「堺さんはな、マジだからな。マジでこの人は実行するから。
「うそ......」
「
秋山と陣内がコックリと頷いた。
そんな俺たちの様子を楽しそうに眺めていた堺は、「いい思い出、作りましょ」と今日一番の笑顔を見せた。
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