episode11
「邪魔して悪かったな」
車に乗り込むと、堺がいつになく低い声で謝った。
「え?」
「あの人と予定あったんだろ?」
「あ、いえ。柊さんは隣りの部屋の人です」
そう言うと、堺は驚いたように俺を見た。
「……ああ、前にアッキが言ってたな。――そう、そういうことか」
堺は、指で唇をなぞりながら納得するように呟いた。
「堺さん。あの、俺、状況がよく分からないんですけど」
伊集院といい、堺といい、意味深な発言をしておいて肝心なことを説明せずに、勝手に自己解決するのは止めてほしい。こっちは出口のない迷路から抜け出すことができず、眠れぬ夜を過ごすことになるのだから。柊の病気のことだって――
「三澤ってさ、さっきの司書とできてるの?」
「え?」
ちょうど柊のことを考えている時にその当人の話を振られ、俺は思わず声を上げた。というか、堺は柊のことを知っているのか。ふいに、堺と一緒にいたあの学生の顔が頭を
「手、出されちゃった? 真琴もそうだったからさ」
「マコト?」
「図書館で俺と」
彼はマコトというのか。あまり聞きたくない話になりそうで、俺は車から降りたくなった。
「あの……」
「あそこ、図書館の二階。君はあまり行かない方がいいよ。……俺たちみたいなのが集まるところだから」
「は? え、あ……」
「そうだよな、そういう反応になるよな」
堺が苦笑する。
「まぁ、いろんな人間がいるんだよ。あの司書が出てきてから三澤が出てきたから、もしかしたらって思ったんだ。
「
「仲間かな、と思ってさ」
俺はようやく、堺の言った意味を理解する。
「でも気をつけな。あの人、
堺の言葉に、
ショックで呆然としていると、「悪い、変な話しちゃったな」と堺が謝った。
もう二度と、あそこへは行かない。
それ以降、堺はなにも話さなかった。
沈黙が続く車内。少し前にアスファルトの道路から
夕日で空が赤く染まり、まるで空が燃えているようだった。
「すごいだろ? ちょうどよかった。着いたよ」
堺はそう言って、ゆっくりと車を止めた。ここがどこなのかを確かめるように窓の外を見渡すと、雑草が無造作に生え、黄色と黒のロープでいくつか仕切られた、駐車場らしき広場に俺たちの乗った車が一台だけポツンと止まっている。
堺の方を向くと、すぐ目の前に彼の顔があった。
「わっ」
俺は勢いよく身体をうしろに引き、窓ガラスに後頭部をしたたか打ちつけた。
「ったぁ」
あまりの痛みに後頭部を押さえて
「ん、やっぱりノンケか」
納得するような堺の呟きが聞こえ、「はい?!」とあまりの痛みに、先輩であることを忘れて
「あ、悪い、悪い。ちょっと試しただけ」
軽い口調で謝ると、堺は頬を指でかきながら遠慮がちに、
「そっか。あのさ、俺と飲むのが嫌なら俺行くのやめるからさ。お前はアッキたちのとこ行っていいぞ」
驚いて目を
その笑顔がどことなく寂しげに見え、俺は罪悪感に
堺を傷つけてしまった。彼はなにも悪くないのに。俺のくだらない……嫉妬のせいで。きっと俺は、今みたいに堺を傷つけたように、柊にも似たようなことをして傷つけてしまったに違いない。
自己嫌悪に
「なにひゅるんですか」
「なんか色々考え込んでるみたいだったから。お、変な顔」
堺がおかしそうに笑い、「はい、ごめんよ」とそっと頬から手を離した。
俺は両頬――引っ張られていたのは片頬だけだが――を
「あの、聞いてもいいですか?」
「答えられることなら」
そう言って堺は、ハンドルにもたれかかったまま顔だけを俺に向けた。
「堺さんは……その、バイとかいうやつですか?」
俺の質問に堺がキョトンとした顔になる。
「三澤、そんな言葉知ってるんだ」
「つい最近知りました」
堺がクスリと笑い、「俺はゲイだよ。男しか愛せない」とあっさりと答えた。
「そうなんですか」
俺は普通に
「驚かないんだな」
意外そうな堺に、「そりゃ、アレ見たあとだし」と俺は肩をすくめてみせた。
「そうだったな」
堺は苦笑した。
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