episode4
本を読み終えて時計を見ると、すでに二時間が経っていた。
いつの間にか
「大学ってもっと自由に過ごせると思ったけど全然だな。バイトもあるし、遊べねぇ」
両手足を力いっぱい伸ばしながら秋山が声を上げた。
「少し休憩するか。なんか飲む?」
キッチンに向かう俺に、「飲む。コーヒー」と仰向きのまま秋山が言った。
「あいよ」
棚からインスタントコーヒーを取り出すと秋山がフラフラと近寄ってきた。
「俺ブラックね。なんだぁ、インスタントかよ」
「当たり前だろ。家は豪華でも
「だよな、うちもだ。柊さんって、ここに一人で住んでんのかな? 金持ちなのか?」
秋山は淹れたてのコーヒーの入ったコップを手に取ると、それを口元に運びながらテーブルへと戻っていった。
「さぁ」
俺は素気なく答える。
「知らねぇの?」
「知らない」
「ふーん」
確かに、こんな分譲マンションで一人暮らしなんて普通しないよな。司書ってそんなに給料いいんだろうか。自分のコップにお湯を注ぎながらぼんやり考えていると、「あちっ、つぅ」と秋山の声が聞こえてきた。
「祐一、唇が痛い!」
テーブルに戻ると秋山の
「あーあ、冷やしてこいよ」
「洗面所どこ?」
「リビング出てすぐのドアだ」
いそいそとリビングから出ていく秋山のうしろ姿に
ちょうど、赤々とした夕日がビルの谷間に沈んでいくところだった。その様子をもの
そして俺を見るなり、「お前、顔が笑ってるぞ」と
「笑ってないって」
「人の不幸を笑いやがって」
「だから笑ってないよ」
「やる気がなくなりました」
秋山がゴロンと床に寝転がった。
「なんだよ、さぼりたいだけじゃねぇか」
呆れる俺に秋山は「はは」と笑った。
「本も読んだし、あとは書くだけだろ。少しくらい、いいじゃねぇか」
秋山は床をコロコロと転がりだした。
俺と違って要領のいい秋山は、レポートを書き上げるのが
「飯どうする? 向かいのコンビニに何か買いに行くか?」
転がりすぎて腹が減ったのか、腹を
「そうするか。作るのも面倒だし」
「そだそだ」
秋山はすかさず立ち上がり、玄関へと駆けていった。
廊下に出ると、「俺、カツ丼にしようかなぁ」と秋山は声を弾ませる。俺はなににしようか、と玄関の鍵をかけながらいくつかコンビニ弁当を頭に思い浮かべた。
すると前を歩いていた秋山が、警察犬のように――実際には見たことないが――鼻をひくつかせた。
「いい匂いがする。柊さん家はカレーか。あー早く何か買いに行こうぜ。本格的に腹減ってきた」
「待てよ」
「早くしろ、俺を殺す気かぁ」
「
「え、デカかった?」
慌てて口元を押さえる秋山に俺は思わず肩をすぼめる。柊が出てきかねないから気配を消したかっただけだ。すまん。秋山に申し訳なく思っていると、背後からドアが開く音が聞こえた。
音を聞いただけなのに、まるでホラー映画の一場面に
俺は顔を
「ありがとう」と柊の声がする。
「またいつでも呼んでね」
女性はそう言って俺たちの方へと歩いてくる。目が合い、軽く会釈すると今回の女性は会釈を返してきた。
前に見た女性とはまったくタイプの違う女性だった。前の女性に負けず劣らず美人ではあったが、今回の女性は上品な顔立ちをしており、高そうなワンピースを着ている。バッグもブランド物だ。
「三澤くんたちどこ行くの?」
見送りに廊下まで出てきた柊が、エレベーターの前にいた俺たちに声をかけた。女性に
「じゃあ、一緒にご飯どう?」
柊のその言葉に、女性の表情がサッと変わった。
「いいんですか?」
秋山が声を弾ませた。彼は彼女の反応に気付いていない。気付いてしまった自分を恨めしく思い、俺は顔をしかめた。
「いいよ。大勢のほうが楽しいからね」
柊が得意の笑顔を浮かべる。
女性は唇を
「やったぁ。祐一、行こうぜ」
秋山は気まずい雰囲気に気付くことなく、柊のもとへ駆け寄っていった。
「三澤くんもどうぞ」
柊はドアを大きく開けて中へと
秋山はすでに柊の家に上がり込んでいる。行かないわけにはいかなかった。溜め息をつき、俺は柊のもとへ歩き出した。
「酷い人ですね」
「なにが?」
「さっきの女性と食べればよかったじゃないですか」
「彼女、用事があるって言ってたよ」
「そんな風には見えませんでした」
目を合わさないようにしていると、「一緒に食べるの嫌かい?」と柊が耳元で
驚いて飛び
「も、もうからかわないって言いましたよね?」
耳を押さえながら問い質すと、「言ってないよ。からかってごめんねって謝っただけだよ」と柊は意地悪く言った。
「祐一! どうしたんだよ」
リビングから秋山が顔を出した。
俺の家にいる時と変わらないくらい
自分の器の小ささを
「ほら、お友達も待ってるよ」
俺はキッと柊を
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