第31話 優しい呪い

「くそっ、何だこれ!」


 修復していたはずの一角獣ユニコーンのクルガの身体は治せば治してゆくほど、何故か下から腐ってゆく。


「この地に蔓延する疫病ですッス。傷口から入って、身体を腐らせてゆく……」


 フェイの説明を聞いている余裕がない。


「頼む。クルガを助けてくれ……」


 アグニと呼ばれた戦車兵は必死に何かに向かって祈ってる。この世界い祈るカミなど居ないはずなのに。


「…………これ以上は無理だ」


 顔をしかめてエルニクスが言う。


「どうにかできない?」


「お願いだ! 必要だってんなら、俺を使っても構わない。あんたら魔法が使えるんだろ? なぁ、頼むよ!!」


 悲痛なアグニの叫びがこだまする。


「方法はある。でもこれは……」


「私からもお願い、エルニクス。方法があるなら助けたい」


「……分かった。ヴィオラ、魔力はあとどれくらい残ってる。君の力もいる」


「花の翼するくらいは余裕であると思う」


「すごいなぁ」


 呆れた様に言うと、エルニクスはアグニとクルガ両者を見て告げる。


「今からするのは……魔法の中でも『呪い』って呼ばれる類いのものだ。君らの関係性次第で決まるから『奇跡』にだってなりえるが」


「何だっていい! それでクルガが助かるなら」


「いや、正確にはクルガちゃんは助からない」


「どういう……」


「あの戦車、使って何年ぐらいだ?」


 まだキレイな状態で残ってるクルガが引いていたであろう戦車を、エルニクスは指さす。


「五年ぐらいだが」


「思い入れ的には及第点か、あの戦車をかなめに彼女の魂を縛り着ける。正直、こんな方法、助かったなんていえない」


 エルニクスが明かしたクルガを救う方法は、あくまで彼女を疫病の苦しみから救う方法。命そのものを助けられる手段じゃない。


「…………」


 絶望したように、目を見開き固まるアグニ。


「それでも、やりたいか?」


 無慈悲にエルニクスは問いかける。

 『お前のエゴで、彼女の魂を縛り着けるのか?』と。


「……おねがい、できるかな?」


 答えたのは、意外にもクルガだった。


「この人、兵士になって少しは立派になったかと……おもったけど」


 苦しそうに息をする美しい獣。


「ずっと泣いてるんですもの……心配になっちゃった」


 そう言って彼女は笑う。

 多分、本心も混じってるのだろう。


「お願い……します」


「分かった……ヴィオラ。彼女の身体を苗床に、あの戦車へ花を咲かせてくれ」


 提示された方法は余りにも簡単だった。

 幾千と、ジグムントがやってきたことのマネをするだけ。


 クルガの身体を起点に、薄紅色の花が戦車へと咲いてゆく。


「いくよ」


 せめて、この思い合う二人の結果が悪いモノでありませんように。願うように行使した魔術は、


「……すごい」


 確かな結果をもたらした。


 薄ぼんやりとした姿の一角獣ユニコーンが、戦車を引いて空を駆け回っていた。


「すごい! 生きていたときよりも身体が軽いよ! アグニ!!」


 嬉しそうに飛び回る彼女は光りとなって収束して、一つの車輪となった。


「寂しかったらいつでも私を呼んで! アグニ」


 車輪から跳ねるような、クルガの声が聞こえる。


「……すまない。クルガ」


 兵士は泣くが、悔いはしなかった。


「ありがとうございます。えと……」


 彼は私へ向き直り、ひざまずく。


「ヴィオラだ。アグニ、私は礼を受け取れないよ。君の戦友を助けられなかった」


「いえ、見ず知らずの俺たちを助けてくださった恩義があります」


 粗末な鎖帷子つきの兜を脱ぐと、灰色髪のつり目の青年は言う。


「兵士アグニ、どうかこの恩を返させていただきたく」


 車輪を背負った彼の有り様、後の旅路における逸話いつわから、後に聖騎士 アグニはこう呼ばれた。


 『蛮勇の聖騎士』と。





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女騎士、捕虜になる。~くっコロしたのに、敵国騎士団長に溺愛されました~ 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

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