第30話 穢れた古戦場と死に損ないの戦車兵

「うわぁ……汚いなぁ」


 人間形態のエルニクスがぼやいてしまうのも無理はない。


 場所はハイート街道を抜けた先。

 そこは、屍が山と積まれた古戦場だった。


 ノヴァの古戦場。

 三つの大国による国境線であり、絶えず行われる小競り合いにより死体が積もり腐敗しきった平原。


 周囲には死臭が立ちこめ、死体が腐りきり土になる前に、また新しい死体が積まれるモノだから土自体が腐ってしまっている。


 生き物は蝿か蛆。腐肉を漁る野良犬やカラスのみ。他にいたとしても死にかけの兵士か、乗り手を亡くした軍馬だろう。


 聖騎士二人を乗せる事を嫌がったエルニクスのため。陸路でこうして『最果て』を目指しているワケだが……


「ここを通らなきゃいけないのか……」


 死臭漂う戦場なら、私も経験がある。だとしても、ここまでの劣悪な環境は見た事が無い。


「話に聞いていましたが……これはひどい」


 兵士達の武器であろう剣や槍が、かろうじての墓標となっている。まだ行のアル兵士を見つけ、イフィリストが駆け寄る。


「ここにいる死にかけを助けようなんて思わないことっス。魔術で回復できたとしても、疫病で死ぬんで」


 フェイが冷たい声で制止。イフィリストが歯がみしながら、戻って来るのが分かる。 


「ん?」


 死体の山の間、かろうじて通れそうな場所を見つけながら進んでいく。その中に死にかけとは明らかに違う動きをする影を見つける。


「……全員警戒」


「「「……」」」


 無言で、各々の武器を抜く。


「私が行くよ、戦闘になったら飛び出してきて」


 そういって死体の山に隠れた人影へ向かうと、


「……死なないでくれ。死なないでくれよぉ」


 痩せこけた一人の兵士が何かを必死に抱き留めている。


 彼の向く先には、一台の戦車。馬に引かせ、御者台から弓矢や大弩バリスタを撃つ戦闘兵器の一種である。しかしその先に馬はおらず……


「クルガ……しなないでくれ」


 まだ若い兵士が、一人の女性を抱き留めている。


 女性の腹には矢が刺さっている身体には大量の切り傷。まだ息がる用だがこのままではまずい。


「エルニクス、来て!!」


 そう気付いてからの判断は速かった。


「え、お前ら何なんだよ!」


 動揺する兵士の男を押しのけ、彼女の傷を見る。


「ん~、こりゃマズいな」


 合流したエルニクスが女性の様子を見てうなる。


「やめろ! クルガに触れるな!!」


「どーうどうどう。落ち着いて」


 イフィリストがいい感じに兵士の男を落ち着かせてくれている。


「つか、君。本来の姿じゃないだろ」


 女性にエルニクスが呼びかけると、彼女は苦しそうに微笑み。本来の姿を現す。


一角獣ユニコーン……」


 純白の毛並み、黄金に輝く角。


 いかに傷つこうと神々しい獣が、そこにいた。


「クルガ!!」


「アグニ……大丈夫。この人たちは……助けようとしてくれてるみたい」


 クルガと呼ばれる彼女の一言に、アグニと呼ばれた兵士は落ち着きを見せる。


「手を尽くす。エルニクス、私が血を止める。魔術での修復の方をお願い」


「う~ん、頑張るけどさ……」


 一角獣ユニコーンの傷に這うように皮膚の表面だけに花を咲かせ、血を止めてゆく。合わせてエルニクスが魔術を使い、修復。


「……無理ッスよ」


 辛そうに、フェイが呟いていた。






 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る