第22話 飛竜、エルニクス

「こんにちわ」


「……」


 え、何か巣に人間入って来たんだけど。


「あれ、聞こえなかった? それとも言葉が違うのかな」


「あぁ、いやいや。ごめんね、人間に話しかけられたの久しぶりだから。こんにちわ、お嬢さん」


 人間の文化における挨拶で返す。ちゃんとお辞儀も忘れない。


「お嬢さん、こんなこといきなり言うのもなんだけどね。ほとんどの竜は言葉は通じるけど尊大なヤツばっかりなんだから、いきなり巣に入ったりしたら危ないんだよ?」


 まるで警戒心の無い人間のメスに、一応注意しておく。同族は血の気の多いのばかりだ。このメスが焼き殺されでもしたら目覚めが悪い。


「あなたは違うのね」


 不思議な人間だな。

 私に笑いかけるなんて……なんでこいつ、悲しい匂いがしてるんだ?


「もちろん! 私は賢いドラゴンだからね。あ、私はエルニクス。種族は飛竜だ。君の名前を聞いてもいいかな?」


 翼を細かくパサパサして種族をアピール。人間の偉いヤツがやっていたみたいに左の翼は閉じ、右の翼を彼女の前に出す。もちろん傷つけないよう、爪はしまう。


「私は、ヴィオラ。ヴィオラ・バスガル。ただの……ただの人間よ」


 さっきから大丈夫か、このメス。

 言葉の端々に、イカれてしまった人間特有の気配を感じるんだが……


「そうか、ヴィオラ殿。して、何用でここに参ったのかな?」


 正直、コレが一番怖い。

 目的が分からないのだ。


 人間と竜の間には、隔絶かくぜつした力の差がある。だが人間の中には時折、種族の力を超越した存在が現れ、『名誉』とかワケ分からんモノの為に私ら竜を殺そうとするものがいる。


 一昔前は、竜から恥取れる鱗などが鎧などに使われた。だがもう人間の技術でそれ以上の硬度の金属は作れるし、死ぬ際に呪いをまき散らす竜は敬遠こそされ何か有益な存在では無いはずだが……


「うん。遠くから、貴方の姿が見えて。来ちゃった」


 ふへー、興味本位一番ヤバい奴だぁ。


 こういう奴の特徴として、その圧倒的すぎる力がゆえに目の前の敵を障害物程度の認識しかしていないことがある。


「ふ、ふふ。そうかぁ~」


 動揺が隠せない。

 まずい。私、殺されるんかな?


「ここキレイね」


 巣をよこせってコト?!


 私が三十年かけて探した安寧の場所が奪われる!!


「この巣あげるんで命だけは……!」


「ん? いらない」


「ヒッ! 私の命が目的かぁ?!」


 やっぱ人間は残酷だぁ~!


「ううん。静かなとこに行きたかったの」


「…………」


 なんて悲しい匂いをさせるんだろう。


「ひぐっ」


 泣くのを必死に、我慢してる。

 人間の世界はいつだって残酷だ。この子も何か、嫌なことがあったんだろうか。警戒してあげていた首を下ろして、彼女と目線を合わせる。


「話くらいなら、聞くよ?」


 三百年以上、生きて来た経験は。

 少しでも彼女の悲しみを癒やすに足りるだろうか。

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