第2話 女騎士、捕まる

「ハァ、ハァ」


 山の中を、足を引きずるようにして走る。月明かりを避けるように、木々の合間をすり抜けていく。


「クッソ……」


 矢を打ち込まれた右太ももは、布で縛り応急処置はしてある。だがもう少し的確な治療は必須だ。


「近くに村とか無いかな……いや」


 村とはいえ、ここは我が国と敵国の境界に位置する場所。追手が来ないとは言い切れない。


「お、良いモノあるじゃない」


 見つけたのは鈍い緑色をした植物。葉を潰した際に出る粘性の高い汁は、殺菌と化膿止めに使える。父からの訓練で死にかけるたび、兄がよくこれで治療してくれたものだ。


 拳一杯分くらい採取し、身を隠せる場所を探す。


「う~ん、虫が気になるけどしょうがない……」


 見つけたのは、随分と年代を積み重ねたのであろう木のほら。ちょうど人間一人が身を隠せそうな大きさがある。


 まぁ自然なので、虫は仕方無いとして。毒虫がいないか、食べられるモノがいないか確認する。


「ハァ……った」


 軍を脱走してから、やっと座る事ができた。


「痛いなぁ……クソぉ」


 布をほどき、傷口を見る。


「うわ、グロ」


 幸い、中にやじりが残る事も無く引き抜けた。それに何か毒物が塗られていた気配も無い。


「…………」


 潰した薬草を塗り、傷口に塗り込む。別にこんな痛み何とも無いのに……


「あれ?」


 気付けば、涙が出ていた。


「くそっ、泣いてる場合じゃ」


 意識した瞬間、涙は次から次へとあふれ出る。


「うぅ……なんで、いつも」


 こうやって、他人に人生を奪われるのだろうか。


 転生前の記憶のフラッシュバック。

 キリキリとさいなむような痛みが、胸にはしる。


「クッソ、クソッ……」


 転生してからは、死にかけるとはいえ両親にも兄弟にも愛された。おかげで今度こそは、幸せに生きれると思ったのに。


「くそぅ」


 強く、なれない。

 心も、身体も。


 そのことが、たまらなく悔しい。


「諦めて……たまるか」


 消耗しすぎたからか、抗えない強い眠気。少しだけ、そう自分に言い聞かせながら目を閉じた。





 目を刺すような日光を感じ、目を覚ます。


「……しまった!」


 寝過ぎだ。

 太陽が真上にまで来てしまっている。


 しかも……


「囲まれてる」


 周囲に人の気配。

 少なくとも十人以上の呼吸が聞こえた気がした。

 

「やれるか……? いや、切り抜ける!」


 剣は愛用の直剣ではないが、兵士の持っていた正規品のダガーとショートソードがある。


「掛かって来い! 私は逃げも隠れもしないぞ!!」


 背後から、聞き覚えのある音がして。


「二度もくらうか!」


 飛来した矢をショートソードで叩き落とす。


「どうした! 女一人相手に、おくしているのか!?!」


 ぞろぞろと草木の影から姿を表したのは、昨日ぶちのめした騎士や兵士たち。どううやら隊長がいない状況を見るに、死んだか再起不能といった所か。


 兵士たちの中で、少し年配と思われるベテランが前に出る。汚れた鎖帷子と綿を詰めた布鎧。使い込まれたそれが、彼は歴戦の兵士だと教えてくれる。


「ヴィオラ殿、貴方様への捕縛命令が出ています。どうか、穏便にご同行願います」


 騎士達から命令されて来たのだろう。この老兵自身は、平和的に解決しようとしてるのに、後ろの騎士たちの動きで狙いが分かってしまう。


 悲しいな……


「死ねぇ!」


 老兵ごと、私を刺し貫こうと刃が迫る。

 

「失礼」


 老兵を庇う様に前に出て、相手の剣をショートソードで受け止める。奇襲に失敗した騎士は、一度態勢を立て直すために引き下がる。


「な、何てことを?! 話し合いで治めるのではなかったのですか!」


 老兵の怒声が、森に響き渡る。


「ハッ、雑兵ごときが生意気な口を。貴様がうまく引きつけないから、ヴィオラに悟られてしまったではないか」


 恥ずかしげも無く語る騎士。

 老兵の槍を握る手は、静かに震えていた。


「ふざけるな。騎士たる誇りは……誇りはどうした。あんたらには無いのか!?!」


 いきどおる老兵を、馬鹿にしたように笑う騎士たちが、何よりも答えだった。


「分かった……」


 彼はその手に持つ槍を騎士達に向ける。


「ヴィオラ殿、加勢いたす」


 まるで向こう見ずな発言。

 取り囲む騎士たちに向けていた意識が一瞬、逸れる。


「え、ちょ。あなたも反逆者として処刑されるかもしれないんですよ?!」


 老人の身を案じた心配。


「なぁに、儂はどうせ老い先短い命。それに、」


 老兵の騎士たちを見る目つきが、明らかに変わって行く。


「この馬鹿共に、騎士たるとはどういうものか教えてやらねば」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、槍を構える老兵。私を女であると区別せず、ただ一人の騎士として扱ってくれる。


 これ以上の彼への心配は、逆に失礼であろう。


「お名前は?」


 老兵と同じように、不敵な笑みを私も浮かべ剣を構える。せめて死ぬなら、この誇り高き老兵の名前は覚えて逝きたい。


「アシュレイとお呼びください」


「アシュレイさん、後ろは任せます」


 背中を合わせ敵を睨む。


うけたまわった!」


 アシュレイさんが叫んだその瞬間。


「『咲き誇れ』」


 歌うような、綺麗な声が森に響く。

 その瞬間、


「ぎゃああああああああああ!!」


「うわ、ぁあ、なんだこれ?!」


「痛い痛い痛い痛い!!!」


 目の前の兵士、騎士たちの身体に花が咲いたのだ。


「は?」


「え?」


 私とアシュレイさんの間の抜けた声。


「いぎゃああああああああ!!」


 人間の身体から、ほんの一瞬で双葉が芽吹き成長し、色とりどりの花を咲かせていく。口から、花から、目から、皮膚から、花があふれ出す。


 なぜか、私とアシュレイさんは何とも無くて。全身を花で覆われた奴らから倒れ伏し、動かなくなっていった。


「いったい、何が……」


 その答えは、すぐに現れた。


「よし、別働隊の殲滅せんめつも完了っと」


 声のした方、上空を見ると。

 私たちの少し上に、いくつか人影が空中を浮遊している。


 その中でも一際ひときわ、目立つ存在がいた。


 一人だけ兜をしていない。上質な仕立てが見て取れる真っ白なサーコート。長い、薄金色の髪が風になびく。彼(?)が左手に持つ杖は魔術師のもの。


 ゆっくりと降りてきた彼の流麗な仕草に、目を奪われてしまった。


「アリスト王国の鎧……あなたも騎士ですか?」


 その発言、格好から彼の存在を思い出し即座に剣を構え直す。


 アリスト王国の隣国、フィリア聖王国。

 彼らは聖王国に仕える魔術騎士。


 つまりは敵国の騎士、しかも一人一人が一騎当千の実力があるのだとか。


「団長。こいつらの様子を見るに、脱走中だったのでは?」


 他の魔術騎士たちも降りてきて、一瞬にして取り囲まれる。


「ヴィオラ殿、わしが暴れて時間を稼ぎます。どうかお逃げを!」


「ダメ!」


 私の制止を振り切り、アシュレイさんは突貫とっかんする。


「申し訳ないが、それはだめだ」


 薄金髪の男がそう言うと、


「『拘束せよ』」


 他の魔法騎士が放った言葉と共に、私たちの足下に魔法陣が現れる。


「なっ?!」


「がっ! しまった」


 全身が見えない力で押さえつけられ、なすすべ無く拘束されてしまう。倒れ伏す私を見下ろすように、騎士たちが取り囲んでいる。


 これまで……なのか。


「さて、お話を聞きたいのですが……せっかくですから、顔を合わせてお話しましょう」


 まるで緊張感の無い雰囲気で話しかけてくる薄金髪の男。視認できる彼の目は深く青い瞳、顔は優しげな雰囲気をかもし出している。


「断る」


 今、私が女だとばれたら。

 良くて犯され、悪くて身代金目的の人質となり本国の家族に迷惑が掛かってしまうだろう。


「まぁまぁ、そう言わずに」


 魔法で取り押さえられ、抵抗もできず。私の兜が脱がされる。


「「「え?」」」


 魔法騎士たちから、間の抜けた声が聞こえる。


 脱がされた兜からあらわになったのは、肩のあたりまでしか無い、返り血にまみれたような真っ赤な髪。つり上がった三白眼。ごく一般的な人間種。


 みにくい私の顔だった。


「女性だったのか」


「ふつくしい……」


 兜を脱いだ私が女であると驚く声に混じって、変なモノも聞こえた気がした。


「くっ、辱めなぞ受けない! 殺せ!!」


 お決まりのような女騎士のセリフは、


「……結婚してください」


 まさかの求婚にかき消された。

 私の手を取り、薄金髪の騎士は真っ直ぐ私を見つめてくる。


「は? えええ?!!!」


 理解が追いつかない。

 頬が、急速に熱を帯びていくのを感じる、


「あらま」


 アシュレイさんは感心したように声を漏らし。


「「「何やってんだよ、団長ォォ?!」」」


 魔術騎士たちの悲鳴に近い声が、森にこだましていた。

 





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