第3話 求婚と国外逃亡

 フィリア聖王国。


 アリスト王国南西に位置する小国である。決して貧しくはないが、厳しい気候は農作に適さない。広大な領土を持つ大国からすれば、歯牙にもかけない旨みの無い小国のはずだった。


 イデア制騎士団。


 なぜではないのか……分からない。周辺国の軍隊すら彼ら一騎士団で退ける圧倒的な軍事力は、大国でも無視できるモノではない。彼らは剣と杖、そして魔法で国とたみを守り抜く。


 そんな一騎当千の英雄たちは、


「……結婚してください」


 一人の馬鹿が放ったセリフで瓦解がかいしかけていた。


「は? えええ?!!!」


 急過ぎる求婚に驚き、慌てふためく女騎士。


「「「何やってんだよ、団長ォォ?!」」」


 団員たちは絶叫していた。




 父よ、母よ。

 何故でしょうか……今現在、私は拘束を解かれて敵国の騎士たちに囲まれて食事をしています。


「う~ん、魔法にかかるてのは異聞が悪くなるモンなんじゃなぁ」


 アシュレイさんは、騎士団の面々に介抱かいほうされている。なんか……その姿がお爺ちゃんっぽい。


 アシュレイお爺ちゃんの介抱を終え、私に向き直った薄金髪の男が話かけてくる。


「先程は失礼しました。ふつしい女騎士殿……お名前をうかがっても?」


 こいつ『美しい』の言い方、変じゃないか?


 一体、何が起っているのだろう……

 敵国の騎士団に囲まれたかと思ったら、どうやら団長とされる人物から求婚を受けている。


「そ、そちらがまず名乗るのが礼儀ではなくて?」


 下手くそなお嬢様言葉が出ちゃったよ……


「おぉ、これは重ねがさね失礼を。私は」


 サーコートをひるがえさせ、、薄金髪の男が切り株に座ってる私にひざまずく。


「イデア制騎士団、団長。名を、ジグムント・フィリアと申します。みんなにはジグと呼ばれてるので、よろしければそうお呼びください」


 おとぎ話に出て来るような、絵に描かれるような騎士が私を見つめる。あまりに真っ直ぐな視線に居心地が悪くなり、目を逸らす。


「わ、私は……ヴィオラ・バスガル。まだ先月、叙任じょにんされたばかりの騎士……です」


 名前を聞くなり、ジグの目が少年の様にキラキラと輝き始める。


「バスガル?! あのアリスト王国の筆頭騎士!! 英雄ガンジャ・バスガル殿の関係者でございますか?!!」


 あ、この人。兄さんを知ってるのか。

 兄のガンジャは、その伝説的な功績の数々により敵味方問わず尊敬を集めている。まぁ、私が所属してた隊のように、嫉妬の対象にもなっているようだが……


 少し安心していると、目に見えてジグがシュンとしてしまっている。


「そのぅ……もしかしてヴィオラ殿はガンジャ殿の奥様だったり?」


「あ~あ、団長の初恋が終わってらぁ」


「頑張れ、若いの」


 少し離れたところで他の騎士団員が可哀想なモノを見る目でジグを見ている。アシュレイのお爺ちゃんは、温かい目でこちらを見てる。


「いやいやいや、ガンジャは兄です!」


「そうですか! 良かったぁ~」


 私の言葉に、一喜一憂するジグ。

 それを見てなんか複雑な反応をしてる騎士団のメンバー。


「いやしかし、あのガンジャ殿が兄君ですか。それはお強い訳だ」


「え、私……」


 確か、ジグの前では戦った事が無いはず。警戒していると、


「さっき貴方に魔術をかけてしまったではないですか。普通ならあの拘束魔術に掛かったあとは、気持ち悪くなって立てないはずなのです」


 そういうことか……

 魔術にかかる機会などなかったが、耐久力に関しては自信がある。


「ところで……そのぉ」


 モジモジと言いどもるジグ。


「ご実家までお送りするので、もしよろしければ、先程のお話をご一考いっこうくだされば……」


「はぁ、えっと」


「結婚は色々と飛ばしすぎました。なので、お手紙交換したりとか、お友達から始めさせていただければ……」


 端正たんせいな顔を真っ赤にしながら、すごい初心うぶなことを言ってくるジグ。なんかつられて私も顔が熱い。


「え、そこは『俺と一緒に来い!!』とかじゃないのかのぅ」


 外野のアシュレイお爺ちゃんがうるさい。


「爺さん。あの人はまだ頭が思春期なんだ。許してやってくれよ」


 団長を指さし、フォローになってないフォローをする騎士団のメンバー。


「……いえ。実家へは、いいです」


 あんなことをして、父や兄に合わせる顔が無い。兄に関しては、許してくれそうな気がするがけど……


「では、じんの方へ。できれば……怪我とかして欲しくは無いのですが」


 顔をこれでもかとしかめ複雑な顔をしてるジグ。私の騎士という立場と誇りを重んじて、『戦うな』とは言わない。


「いえ、陣へも……帰れないので」


 あと私が死ぬと思って無さそうなあたり、強さを信頼してくれているのだろうか。


「それまた、どうして? いや……先程あなたを囲んでた連中、味方みかたでしたよね」


 合点がてんがいったのか、顔をしかめて不快感を露わにするジグ。


「英雄の妹君という立場。妬みか身の代金目的で裏切ったってことか……」


 ジグと配下の騎士たちは、考えられないといった風に花まみれになって転がってる死体。私を追ってきたアリスト王国の騎士たちを見る。


「いや……あの私、あなたたちに捕まる前に、上官を殺しちゃって……」


「「「わぁ」」」


 ジグを含めた騎士団のメンバーが変な声を上げる。


 あ、まずい。

 『この女やべえ』って目で見られてる。


「いやあ。あの娘さんは、決闘で相手を負かしただけだそうじゃぞ?」


 アシュレイお爺ちゃん、ナイスフォロー。


「あ、そうなの?」


 ホッとしたような顔になるジグ。


「はい……まぁ」


 決闘からその後にあった事を簡単に、ジグ達へ説明する。


「……やっぱこいつらくずじゃないか」


 アリスト王国の騎士の死体を見ながら、ジグは言う。


「決闘というか、ほぼリンチ……」


「よく逃げ切れましたね?!」


「そんな事が……わしら一般兵には知らされておらんかったぞ」


 イデア制騎士団のメンバーたち、アシュレイお爺ちゃんも顔をしかめている。


「ヴィオラ殿……」


 深刻そうな顔になるジグに、私の中で精一杯の笑顔で話す。


「ヴィオラでいい。私もジグと呼ばせて欲しい」


「え?!! 良いのですか!!」


 パッと花が咲いたように、ジグの表情が明るくなる。


「うん……さっき何か言おうとした?」


 その言葉の先を、ジグにうながす。


「えぇ。ヴ、ヴィオラ」


 顔を真っ赤にして、真っ直ぐ私を見つめてくる。


「私のとこに来ませんか?」


「えっと、それって……」


 私、とつぐってこと?


「国に帰れないなら、私が住んでる国に来れば良い。当面の生活は保障しますよ?」


 あ、そういうことか。


「そこは『俺のとこに永久就職してもいいだぜ☆』とかだなぁ」


「爺さん、無理だよ。団長、恋愛クソザコなんだから」


 さっきから、騎士団の人たちとアシュレイお爺ちゃんが仲良くなっている気がしてならない。


「私からもお願いする。祖国には帰れない。貴国きこくへ行かせて欲しい」


 まさか国外逃亡するはめになるとは、ますます家族には顔向けできないな。


「あと、アシュレイさんも連れて行ってもらえないだろうか。私を逃がそうとしてくれた恩人なんだ」


「ヴィオラ殿。それを言っちゃあ、わしもあなたに命を救われている。お互い様というやつです。それに……」


 そう言って彼は花まみれの死体を指さす。


「儂の叛逆を知ってる奴らはこの通りですし。ご兄弟にことの成り行きを報告するためにも、儂は残ろうかと」


「そう、ですか……兄によろしくお伝えください」


 残念だな。


「寂しいぜ、爺さん」


 騎士団の一人が名残惜しそうに言う。


「またな、若いの。ヴィオラ殿、お達者で」


 別れの挨拶をするアシュレイお爺ちゃん。


 騎士団のメンバーを見守るジグを横目に眺め、なかなか勇気の出ない自分を奮い立たせる。


「さすがに……このまま返事しないのは良くない」


 彼が一体、どんな気持ちで言ったのかは分からない。しかしこの短い時間で少しは彼の事が分かった気がする。


「あの……ジグ」


「どうしました?」


 何も考えていないようのんきな顔で、が振り向く。


「結婚の話。私は、異性との恋愛経験が……無い。だから、その」


 多分、私の顔は見てられないくらい真っ赤になってるだろう。


「返事は……少し、待って欲しい」


 最後、小っ恥ずかしくて視線を逸らしてしまった。


「…………はい!!!!」


 一瞬固まり、花が開いたような彼の笑顔。

 まるで少年のようなその姿が、私にはとてもまぶしかった。

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