第4話 敵国にて

「さぁ、そうと決まれば我が国へご招待といこう」


 るんるんとした仕草で、ジグが軽快に左手の杖を回す。


「さて、みんな集まって。転位するぞ、取り残されるなよ」


「え?」


 魔術。

  文字通り、対象物を指定の場所まで移動させる。そういった魔術と聞いた事があるが……


「こんな大人数、運べるモノなの?」


 周囲を見渡すと私を含めこの場には四十人ほど、確か同時に転位できる人数は六人が限界だったはず。


「あぁ、大丈夫。転位に特化したヤツがいるから」


「さすが魔術騎士団」


 嬉しそうな騎士団の面々。

 なぜか彼らの仕草の一つ一つが少年っぽい。


 「頼むぞ」


 ジグに声をかけられ、騎士団の中から一人が歩み出る。彼を中心に私達も密集すると、


「我が望むは故郷への帰還。ここに扉を」


 流れるような詠唱とともに、彼が杖で地面を突いた瞬間。強烈な光りが私たちを包む。


「……おぉ」


 目の前にはもう、街が広がっていた。


「すごい」


 眼前に広がるは、荘厳そうごんな教会。それを中心とした活気あふれる市場。遠くには空中に浮く宮殿のような建築物。


 それらの景色を見下ろすように、少し高い丘の上に私たちはいた。


「ようこそ、フィリア聖王国へ」


「ど、どうも」


 そうジグが言った瞬間。

 騎士たちは私とジグの道を作るように、道の両端に整列。


「うわっ」


「今から王城へ参りますので、行進……儀仗ぎじょう訓練とかの経験は?」


 驚く私に、気を使ったジグが耳打ちしてくれる。


「それなら何とか」


「まぁ、我々に合わせてください」


 行進を合わせながら、とりとめの無い思考を再開する。


「私……これからどうしよう」


 簡単に状況を整理すると……


 上官を殺して、国外逃亡。敵国の騎士に、求婚されて。アテも無いのにホイホイ着いて来ちゃったワケか……


「まぁ、いいや。いざとなったら山にもろう」


「いやいや、客人をそんな扱いさせられませんよ」


「でも逃がしてもらってるのに、さらに世話になるわけにはいかない」


「まぁ何にせよ。今から行く王城で……清王様へ報告を終えた後、あなたの保護をお願いしようかと」


「清王さまって、えっと」


「はい、この国の君主です」


 『何とかなるか』と、その場任せだった私の代わりにジグが色々と考えてくれていたらしい。しかし清王さまか……


「私、他国の王様に会うとか初めてなんだけど」


 こんな泣き言も含めて申し訳ない。

 

「ははは。まぁ、そう気を張らずに。騎士様であれば、礼節はお手の物でしょう?」


「頑張リマス……」


 礼節は自信ないなぁ。

 上官、殴り殺しちゃってるし……


「さぁ、行きましょう。各員、整列!」


 王城を目指し、市場へと行進。

 訓練された事が分かる、整然とした鎧の音が市場に響く。


「いらっしゃい! アネクサの実が新しく入荷したよ」


「この服どうよ、蜻蛉かげろうの羽のように透き通って綺麗でしょう?」


 快活な声。

 様々な種族の生活が行われて言うことが分かる。


「すごね。女性もたくさん働いて、みんな元気だ」


 というか、さっきから女性しか見ていない。

 気のせいだろうか?


「見て、アレ……」


「うわっ」


 道行く人の声。

 視線は、騎士団に囲まれる私へ向けられている気がする。


 女性の騎士は、私の国でも珍しかった。好気の視線は慣れている。


「気を悪くされたら、すみません」


 ジグの申し訳なさそうな表情。

 どこか痛めたまま笑ってるような、苦しそうな笑顔だ。


「ううん、大丈夫。私は、あんなの気にしないから」


 貴族同士の夜会に招かれた時など、踊りの一つもできない私は倦厭けんえんされた。訓練で鍛えられた身体にドレスは似合わず、よく同性からは馬鹿にされたものだ。


「え?」


 目を見開くジグ。

 兜で見えないが、他の騎士たちも驚いているのが伝わってくる。


「それに、女性が元気なのは良い街って証拠だよ」


 そう言って笑いかける。

 別に皮肉じゃない。女性が抑圧されている街は雰囲気が暗くなると知っていたからだ。


「そう、ですか」


「うん、良いところだと思う」


 眺める風景は、私の国とはどこか違う。

 でも同じくらい、幸せそうに見えた。


「良かった……」


 安堵したかのようなジグの声。


「ところで、さっきから女の人しか見ないんだけど……」


「着きましたよ」


 言葉をさえぎるように、現れた光景に目を奪われる。


「城が……浮いてる?」


 空中に浮いている建造物は、城と呼ぶにふさわしい。真下には光る鉱石のようなものが確認できる。


「ここから先は魔法使いしか、進む事はできません。その、ヴィオラ殿。魔術は……?」


「え、私。使えないよ?」


 剣技、馬術、過酷環境下での生存ならできるけど。


「う~ん、予想どおり。では来客用ということで僕が準備します」


 なんか予想されてたのムカつくな。

 上空に向かって、ジグの歌うような声が響く。


「イデア制騎士団、帰還しました。開門、願います」


 空に浮かぶ城から、ひどく白い光柱が降りてくる。


「ヴィオラ殿、お手を」


「う、うん」


 ジグから差し出された黒皮の綺麗な手袋に、私の血まみれの手甲ガントレットかさなる。


「わっ」


 光柱に包まれた瞬間、反射的に目を閉じてしまう。身体が浮いたような感覚の後、目を開く。


「す、すごい」


 白い。

 あまりにも白い床だった。


 壁を埋め尽くすのは、耽美たんびな女性の彫像。透き通るようなガラス窓の向こうには、色とりどりの花が咲いていた。


「綺麗……」


「そう言っていただけると、清王様もお喜びになられますよ」


 真っ白な廊下を進んでいく。

 両端から射し込む暖かな光りが、まるで天国に来てしまったのかと錯覚させる。


「では、清王様へ謁見えっけんいたします。ご準備はよろしいか?」


 ジグの微笑みながらの確認。

 あまりにも大きい扉の前に、騎士たちは整列している。


「はい、お願いします」


 せめて騎士らしく振る舞おう。

 生まれ変わって得た誇りを、せめてもの絶対として。


「『解錠』」


 何十もの声が合わさったな声が響き、大きすぎる扉はゆっくりと開いてゆく。


「お帰りなさい。ジグムント」


 まだ若い女性だった。


 十代のような肌つや。

 美という言葉は、この人の為に生まれて来たのではないかと疑うほどに綺麗だった。


 長い、プラチナ色の髪。

 優しげな瞳に、彼女の微笑みで一体何人の男を虜にできるのだろう。


「イデア制騎士団、ただいま帰還しました」


 ジグがひざまずき最敬礼したのに合わせ、私もそれに習う。


「えぇ、楽にしていいわ……あら、今日はお客様もいるのね?」


 清王の声から2、3テンポずらし最敬礼を解いた瞬間、圧倒的美女の視線に私が入る。


「清王様、彼女は先のいくさで保護したアリスト王国の騎士でございます」


 ジグのよどみない説明に、目を輝かせる清王様。


「まぁまぁ! 女騎士様? お名前は何ていうのかしら?」


 顔を上げ、彼女に向き合おうとして、


「いっ……」


 真っ直ぐ私を見つめる美女の姿に、変な声が漏れてしまう。


「ヴィオラ・バスガルと申します」


「ヴィオラさんとお呼びしてもいいかしら?」


「はい、ご自由にお呼びください」


「ふふ、緊張しなくていいわ。ジグムント、別にこの方を捕虜として連れてきたのでは無いのでしょう?」


 私の肩にそっと手をおくと、清王の視線はジグへと向けられる。


「はい。しかし、形だけは捕虜として保護できないかと……」


 ジグが言ってくれているのは、『私が戦場から逃げてきた』という状況を作らせない為の工作なのだろう。つくづく気を回して貰って申し訳ない。


「分かったわ! ジグムント、あなたがお世話しなさい。あなたの家、部屋に空きはあったはずよ」


 むふーっと得意げになっている清王陛下。


「いやっ、さすがに貴国の最高戦力たる団長様にそんな事さえられません!」


 慌てて辞意を表明するが、ジグの方はまんざらでも無い感じ。


つつしみ深いのね」


「うっ……」


 美女の微笑みとはこんなにも拘束力があるものなのか。


「それともジグムントでは、嫌だったかしら?」


「いえ、決してそんなことは!」


 嫌では無いけど、色々と問題があるのでは……


「じゃあ、決まり。では、ジグムント。失礼のないようにね」


「はい!!」


「えぇ~」


 敵国にて、捕虜になり。 

 求婚してきた騎士団長と一緒に暮らすことになってしまいました。

 

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