女騎士、捕虜になる。~くっコロしたのに、敵国騎士団長に溺愛されました~

春菊 甘藍

第一章 溺愛編

第1話 上官殺し(物理)の女騎士

 星だけが綺麗な夜。

 明日、西にある敵国。フィリア聖王国と戦争するとは思えないくらい静かだった。


 たいまつの火は余計に思えるほど明るい。騎士用の天幕から、いくつかの人影がこちらへ向かって来る。


「うわ、最悪……」


 おそらく人生で何度も呟いた事があるであろう悪態。


 この世界に生まれ落ちる前。

 前の世界では口癖のように言っていた。


 酒におぼれ仕事をしない父親。よくわからん宗教にハマる母親。嫌がらせをしてくる学校の同級生。性的関係を迫ってくる教師。


 その全てが嫌になって飛び降りて。やっと死ねたと思えば、ずいぶんとファンタジーな世界に生まれ直していたのだが……


「よぉ、ヴィオラ」


 転生した私は、女騎士になっていた。


 本来、騎士である私には従者の一人くらい居そうなモノだが自分の装備を他人に預けるのがどうしても許せない。なので自ら鎧を磨いている。


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男どもが近づいてくる。騎士団の同じ隊にいるやつらだ。


「……なんだ」


 誇りとしている名前だが、呼ばれる人物によってこうも不快になるのかと新発見。


「うわ、ホントに自分で磨いてるぜ」


「まァ、従者も貴様にはつかんよなァ」


「女ふぜいが神聖な戦場に出ようとは」


 豪奢の鎧をまとった大柄な男が一人。

 その腰巾着のようについて回る男が数人。


 こういった構図は女も男も変わらないか……弱いくせに群れてイキがり、どんぐりの背比べ的に強い奴がいばりと散らす。


 前の人生でもよく見た光景。

 汚い嘲笑ちょうしょうがこだまする。


「……チッ」


「何だ、その態度は!」


 騎士団という男所帯に、私という女は異物でしかない。こういった嫌がらせを受けるのは日常茶飯事である。


「失礼。野戦食レーションのクズがまだ歯に挟まっていたようで」


 配られた戦闘食に対する皮肉を込めて、舌打ちを誤魔化す。


 戦闘前に配られる小麦と大麦の中間のような作物でつくられたカ●リーメイトのような食べ物。味は、粘土を食わされているのかと錯覚するほど。


「国王陛下からたまわった食料にケチをつけるとは何事か!」


 こんなからかい、上官に報告してしまえばいいのだろう。まぁ、私の目の前でツバを飛ばしているのが上官にあたる騎士なのだが。


「まともに戦えぬ女の分際で」


 この部隊の隊長にあたる男が放った一言。


「……あ?」


 聞き捨てならない言葉だった。


「聞こえなかったのか? これだから女は……」


「うるせえ、ダボが。今てめぇ、私がって言ったか?」


 貴族(一応)とは思えない汚い言葉が私の口から飛び出し、手は気付けばそばにおいてあった装飾の無い無骨な直剣ロングソードにかかっていた。


「貴様、何を?!」


 複数の腰巾着どもが腰の剣に手をかける。


「ハッ、さすがバスガルの狂犬だな。敵味方の区別無く吠えるとは、脚無しの貴様の兄もなげいているだろうよ」


 バスガル家。

 王直属の武家として、この国『アリスト王国』に仕える私の生家せいか。転生先、といってもいいだろう。


 幼い頃から、兄と一緒に父から死ぬほど鍛えられてきた。父の訓練は壮絶で、何度も死にかけた。兄は数年前の戦争で両足を失った。それでもなお、義足をしてこの国の筆頭騎士としてあり続けている。


 それをコイツは馬鹿にしやがった。


「……スーッ、ハァ~」


 落ち着け。

 深呼吸をして、精神の安定化を図る。


 こんなとこで問題を起こしたら、騎士団に所属してる兄さんに迷惑が……


醜女しこめが。醜い顔がさらに歪んで見えるぞ」


 やっぱ、こいつ殺すわ。


「ほ~う。そのようにおっしゃるからには、テレス隊長はさぞお強いのでしょうね?」


 あくまで、冷静そうに話しかける。


「当たり前だ。貴様なんぞとは比べモ……」


「じゃあ、決闘しましょうよ」


 一番豪奢な鎧を着た男に目を合わせる。うわ、こいつ肌きっしょ。


「何を言って……」


「逃げるんですか?」


 武勇を誉れとする騎士にとって、最大限の侮辱にしてあおり。


「フン、そこまで言うならやってやろう。生意気な部下をしつけるのも、隊長の役目だからな」


 よし、どうやって殺そっかな~。


 騎士達が囲み、簡易的な戦闘場所リングを作る中、磨いていた鎧を着込む。この世界における決闘とは、特に意味がある訳でもなく。ガキの喧嘩と似たようなもの。


 互いに装備を整え、私は直剣を。テレス隊長は剣身部分が、私の剣の二倍はあるかという大剣を手にする。両者とも盾は持たない。


「さて、宣誓文でも読むかね?」


 いちおう、騎士たちによる決闘ではそういった書面のやりとりもあるのだが。


「いりません」


 直剣のグリップを握る手に力が入る。


「そうか……では始めよう」


 両者ともに兜の面金を下ろす。

 隊長が大剣を構え、私も同じように直剣を構える。


「「……」」


 野次馬の騎士たちによる合図が聞こえた。


「シャァッ!」


 やかましい隊長の声と共に大剣が突き出される。


「ふぅ」


 直剣の切っ先で受け流し、様子を見る。


「ムン!」


 突き出した勢いそのままに、大剣が私の胴を断たんと迫り来る。


「よっと」


 横薙ぎをバックステップで躱し、踏み込む。狙いは隊長の鎧にある固定するための皮ベルト。


「それっ」


 重い大剣によりたいちょうは躱せず、振り払った直剣により皮ベルトが切り飛ばす。


「なっ」


 固定部分が無くなり、金属鎧の肩当て部分がずり落ちる。露出した鎖帷子チャインシャツもいくつか鎖が千切れてしまった。


「どうしましたか? たかが肩当てが外れただけでしょう?」


 今までの鬱憤を晴らすかのようにあおる。


「ヴィオラ。貴様……」


 その汚い口で私の名前を呼ばないでほしい。


「……」


 構え直した隊長が、一瞬。私から視線を逸らしたことに、もっと経過すればよかった。


 シュッという何か飛来物の音と、脚に蹴りをいれられたような衝撃。


「は?」


 右太もも部分に刺さっていたのは、クロスボウの矢。力を入れると鋭い痛みが走り、体勢を崩す。


「なんで……!」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる野次馬たち。クロスボウを手にした奴が、勝ち誇ったような声を上げている。


「馬鹿が。生意気ばかりで愛想の一つも覚えん貴様の味方など、我が隊にいるわけなかろう」


 肩で息をする隊長が、やれやれとばかりに


 あぁ、そうか。

 最初からここにいた奴……


 全員、だったのか。


「……じゃあ、いっか」


 直剣を浅く、握り直す。


「今から股を開いて命乞いでもすれば……ハァ?!」


 隊長の間の抜けた声が響く。


 生意気な子娘に、クロスボウを射撃した部下の頭には。先程、私が投げ放った直剣が刺さっている。


 左足で跳躍ちょうやくするように一気に間合いを詰め、


「オラァッ!!」


 手甲ガントレットで隊長の頭を思いっきり殴った。


「がッ!」


 全体重を乗せた一撃に、悲鳴とともに隊長の兜がグシャリとへこむ。


「意外とタフ……」


 腐っても訓練を積んだ騎士ということか。もうへこんだ兜は頭蓋にめり込み、何か変な汁が出てるというのに、まだ抵抗しようとする。


「死ん・どけ・よ・な!!!」


 倒れた隊長に馬乗りになり、言葉を句切るごとに一発。また一発と隊長の兜に拳をめり込ませる。


 私の鎧は、手甲ガントレットの拳部分が異常に硬く作られている。こういった野蛮な運用にも耐えてくれる一品というわけだ。


「あ、やべ」


 一心不乱に殴っていたら、隊長はなんかピクピクと弱々しくしか動かなくなった。


「あァ、あぁあ」


 野次馬の兵士、騎士たちの顔が青ざめる。


「隊長……隊長ぉー!」


「殺しだ!! おい、見回り兵! あの女を捕縛しろ!!」


 騒然となる陣中。

 とはいえ、ここは本陣からかなり離れた位置にある天幕なので。そもそも駐留する兵士の数は少ない。なんならこの陣の最高指揮官はさっき私が殴り殺した。


「えー、決闘って言ったじゃん」


 呆れつつ、心の中で迷惑をかけてしまう兄へ謝罪する。


 まぁ、『相手が味方でも、舐めてきたら殺して大丈夫☆』と兄さんなら言うだろうなぁ……


「とりあえず……逃げよ」


 追手の兵士は殴り飛ばし気絶させ、同じ隊の騎士なら金的を蹴り上げて何とか対応。怪我をしようが、このくらいは父に課された訓練に比べれば、屁でも無い。


 『大事なのは、生き残ること』と、父には教えてもらった。今こそそれを実行するとき。


「これでよし」


 倒した奴らから奪った食料を持てるだけ持って、私はその場を後にした。


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